命の線引き
一つの命を奪うかどうか。そんな事で、決をとるまでに意見が割れるなんて考えてもみなかった。ここでもし多数決で負けたら、私はその決定を受け入れる事が出来るだろうか。
確かにムストは危険だ。放置しておいたら今後も出会った目覚めし者を殺し続けるのだろう。それだけの力がムストにはある。レベル90の目覚めし者なんて、私達以外確認されていないのだから。
でも命だよ。可能性の段階で、命を奪っていいのか。
どうしよう。
「わっ。泣くなー。アオー。俺も反対に一票さー」
「ううう」
気がつけば、涙が滲んでいた。
慌てたブランが袖先でゴシゴシと目元を拭ってくれた。
「ちなみに小生も反対に投じるでござる。あの場で見逃した命を、後から狩りに行くのは卑怯でござろう」
「ほら、もう反対に三票よ。議案は否決されました! ね、泣き止んで頂戴」
これじゃ泣き落としだ。最悪だ。なんてこった。
意思とは関係なく滲んでくる涙を、私は舌を噛んで引っ込めようと頑張った。こんな情け無い守護者ってある?
案の定、シャモアが口をへの字に曲げて、腕を組んだ。
「アオ、危うい。全ての命を見捨てれない。どこかで線引き、必要」
命の線引き? それはすごく傲慢な事だ。
「俺は、敵か味方かで分ける。アオも決めておくべき」
「……そりゃ、私だって向かってくる敵とは戦うよ。でもこちらから攻める必要はないんじゃ」
「ムストは向かってきた。それだけで十分」
食い気味にダメ出しをされた。
だってあれは、簡単に制圧できたから。生かしておいても脅威ではないのだから。あれ? これって、私の考えの方が傲慢なのかな。
「みんなは? どう線引きしてるの?」
みんなは微妙な顔をして考え込んだ。
「だってこの世界で厳密に命だと言えるのって、私達五人だけだったでしょう? 他のモンスターやプレイヤーを倒すのに心が痛むなんてなかったもの。そんな事考えたこともないわ」
「だなー。俺たち以外は、文字通り殺しても死なないのしかいなかったもんなー。敵対する命があるって、恐ろしいな」
全員、今まで遭遇した事のない難問に頭を抱えた。命の線引き。それは只管に生を追ってきた私達には、余りにも重たい命題だった。
「神の国ではどうなの? 沢山人間がいるんでしょ?」
「うーん。人が人を殺す事もないとは言わないけど、その裁量は個人には認められてないな」
人を殺すかどうか、自分では決められないという事か。それでは他人の命令で人を殺すのか。
「それって、どういう状況?」
「国と国の利益がぶつかった時だな。戦争って知ってるよな」
それなら知っている。大人数同士での戦いの事だ。
「あとは死刑だな。社会的に有害だと国が認めた奴を、法の下で殺す。基本的に二人以上の命を奪い、情状酌量の余地がない奴が対象になる」
数が合わない。どんなに危険人物だと分かっていても、二人殺すまでは死刑にはならないのか。
それはあまりにも、何というか、他人行儀なルールな気がする。今やらなければ、大切な人が殺されるという状況でも、手を下す事ができないのか。
いや、私はどんな命も奪うのは反対の立場だったはずなのに、考えがずれてきている。
難しいな。
百人いたら百通りの答えが出てきそうな問題なのに、結論は二者択一なんだ。
「少し考えたくらいで簡単に答えが出せる問題じゃないって事がよく分かった」
「だな。その時の心に従うしかないさー」
「……ベル・ウェスはバトルが基本の世界だからな。ここで生きる限り、いずれその問題に向き合う日が来るかもな」
その言い方では、神の国はバトルのない世界という事になる。あんなに強い人達の集団なのに、バトルをしないなんて。闘う相手はモンスターに限っていて、人同士の殺し合いが禁止されているのかな。
「神の国は平和なの?」
「ここよりはな。俺の住んでいる国では、大半の人間が命のやり取りを意識せずに一生を終えれるよ。まあ個人的な理由でルール無視して殺人を犯す奴もいるけどな。……そんな事より、掲示板見たぞ。何だあれ」
シュウが物凄く強引に話題を変えた。
多分気を遣ってくれたんだと思う。
突き詰めても正解のない討論に、終止符を打ってくれたんだ。
私は有り難く、その誘いに乗った。
「えへへ。だってシュウ込み六十六人でも快勝だったんだよ。私達はさらに強くなってるし、普通に戦うのは弱い者いじめみたいじゃない」
掲示板にはこう書いた。
『次はイベントを開催します。優勝者には私達への挑戦権と副賞を与えます。強者のみが優勝出来るようなイベントではないので、みんな奮って参加して下さい! 参加費、クリスタル五色のいずれか一つ」
武器はもう最強が揃ってきた。使わない武器より、集めるのが面倒な素材を効率的に手に入れる方が嬉しい。
プレイヤー達も、一生懸命作った武器を奪われるよりは、不要な素材で手を打てれば助かるだろう。
うん。ウィンウィンだ。




