ムストの問題
再開します!
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下拵えの効果が判明してからというもの、シュウは可能であれば朝食を取るべく朝早くから拠点に来るようになっていた。
今日も「いただきます」を言った直後にやってきた。
「おはようシュウ。今日は目玉焼きトーストだよ。シュウの分もちゃんと用意しておいたからね」
半熟のベーコンエッグを乗せたトーストを差し出すと、シュウは何故かマジマジと私を見下ろしてきた。
「?」
何の間だろう?
と思っていると、シュウはしみじみとため息をついて、私の頭を撫でた。
「いやー、和む。やっぱりアオはこうじゃないとな」
「? 私はずっとこうだよ?」
「いや、リアルの話。気にしないでくれ」
「そう。分かった」
変なシュウ。
きっとまた、神の国で面倒なことがあったんだろう。
朝食の皿を受け取ったシュウは、拠点を一眺めして、気遣わしげに微笑んだ。
「駄目だったんだな」
「……昨日の事?」
シュウは頷いた後、頭を下げた。
「俺のせいだな、ごめん」
「違う。ムストに問題あっただけ。シュウ悪くない」
「ムスト?」
私は昨日の顛末を話して聞かせた。
名をつけた事、拒絶された事、そしてバトルに至った経緯を。
「人間も同じだよ。良い奴もいれば、どうしようも無い奴もいる。種族全体が善良なんてありえないんだから」
「一つの命を奪うのに、あんなに抵抗がないなんて寒気がしたよ」
「殺し合いが基本のゲームの世界で育ったんだ。他者の命が軽くなるのも仕方がないことかもしれないな」
シュウは私達が落ち込まないで済むように、言葉を選んでくれている。ムストの言動自体には、さほど拘っていないようだった。
災難だったな、という態だ。
シュウだけでなく、ムストとの邂逅に対するみんなの反応は、バラバラだった。
モスとシャモアは怒っていたし、私は落ち込んでいた。ブランは悔しがっていたが、あまりこの事に関して発言する事はなかった。
リディスは一番楽天的で、こんな事もあるわよ、と受け流そうとしていた。
「気にする必要はないわよ。アオ達は初めてだろうけど、拒絶される事は前にもあったの。まあ、襲ってくるほどのお馬鹿さんは初めてだけど」
「アオ殿がいたから無事に済んだだけでござる。もう一発殴っておきたかったでござるよ」
いやあれ以上やってたら、殺してたからね。
でもモスが言うように、脱兎がなければ殺すしかなかったのだと思うと、鳥肌が立つ。
「でも結果は同じでござろう。アレは長生き出来ないでござるよ」
「レベルは高いから平原にでも行けば、そこそこ安泰だろうけど。リディス、グールって昼間活動できるの?」
「知らないわよ。何で私に聞くのよ」
だってアンデット仲間じゃん。
リディスは普通に太陽の下を歩いているから、問題ないのかな。
でも、レベルが高いと言うのも良し悪しだ。
ムストはおそらくレベル90を超えている。だとすればもう進化はない。モスや私のようなボス級のモンスターになると言う一発逆転の夢がない。
それどころかレベルが10上がる度に手に入る、新しいスキルもないと言う事だ。
ムストの伸び代は、限りなく少ない。
「手は伸ばしたんだ。選んだのはムストだぞー」
「振り払われてまで、追い縋る必要はないわ。もう忘れる事ね」
そう言いながらも二人とも少し元気がなかった。
「ムストが恨みを募らせる前に見つけてあげる事が出来てたら」
「小生も目覚めて暫くは一人だったでござるよ。その理屈で行けば小生も邪智暴虐になっている筈でござる。どんなに不条理な経験をしようが、己の心の向きを決めるのは己だけ。つまりムストの問題でござるよ」
「私達と出会うのが更に一月遅かったとしても、同じだったと言える?」
「論じるまでもござらん。恨みなんて何の役にも立たないでござるよ。そんな物に縛られる時間があれば、生き抜く為の方法を一つでも多く試すでござる。要は、ムストは考える事を放棄したのでござるよ」
そんな事をきくなんて侮辱でござる、とモスが可愛く睨みあげてきた。そのとんがった口元が可愛くて、思わず口元が緩んだ。
経験はないが、多分恨みは中毒性の高い薬のような物なのだろう。浸ってハイになっていれば他の事は頭から締め出せる。
そしてそれがなければ、生きていけなくなる。その為に生きるようになる。
「なんなら、俺が倒してこようか。そいつ、ちょっと嫌な感じがする」
「シュウ?!」
急にとんでもない事を言い出した。
温厚と無害を絵に描いたようなシュウまでも、シャモアと同じ事を言い出した事に驚いた。
「どう考えても、これ、プレイヤーである俺の役目だろ」
「命だよ?!」
「まあそこは、考えないようにするしかない。無心になってグール狩りしてたら、気づいた時には倒してるって感じでいけば出来るだろ」
「駄目だよ」
「決をとればいい。俺、倒すに一票」
シャモアが食後のコーヒーを飲みながら、しれっと恐ろしい提案をしてきた。




