お宅訪問
ちゃんと仲間になれただろうか。
俺は先程会ったグールを思い出していた。
俺に向けて放たれた、ゾッとするような憎悪。相当プレイヤーを恨んでいる事が分かった。
アオ達ばかりを見てきたから鈍っていたが、普通に考えればわかる事だ。
モンスターがプレイヤーを恨まないはずがない。
あれが本来の目覚めし者の姿なのだろう。
そう考えると、初代の残した業績がいかに大きな物だったのかが心に染みた。
「うーー」
俺はゲームを終わらせると、現実で大きく伸びをした。
身体のあちこちが痛いし、喉も乾いている。
机の上の缶は、すでに空になっていた。
「よいしょっと」
俺は部屋の掃き出し窓から外に出ると、一足だけ置いてあるサンダルに足を突っ込んだ。
俺の家は昔ながらの一戸建てだ。俺の部屋は一階にあり、窓からは最寄りの自動販売機が見える。
玄関から出て回るより、部屋から直接出た方が自販機に近い。ゲームを終えると窓から出て自販機に行く。これは最早ルーティンだった。
エナジードリンクを二つ買い込み窓から部屋に戻る。
時計は午後一時を指していた。
グールとの邂逅のせいで、こんな陽の高い時間に現実に戻ってきてしまった。
「……今から行けば三時には着くな」
横浜までは車で一時間程だ。
俺は不意に出来た時間を、今までやろうとしてやらずにいた事に使おうかと逡巡した。
ぶっちゃけ気が重い。行ったからと言って、何かが起こるとも思えない。単なる自己満足の徒労に終わるに決まっている。
それでも一度くらいはチャレンジしておいた方が、後々の精神衛生上良さそうだ、そのくらいのもんだ。
しばらく往生際悪くスマホを扱ったりした後、俺はエナジードリンクを一気呑みして気合をいれ、身支度をする為に立ち上がった。
葉山桃奈の家は、一時期何度かテレビに映った。既に特定されていたものを調べるのに大した労力は必要なかった。
天才物理学者の家と聞いて想像する物とは違って、ごく普通の何処にでもある二階建ての民家だった。
俺は数分前からインターホンの前に立ち尽くしている。
れっきとした不審人物だ。
ベル・ウェスのプレイヤーです、なんて自己紹介した瞬間警察を呼ばれそうで、なかなかインターホンを押す指が動かない。
留守だったらいいな、と訳の分からない事を考える。じゃあ何しに来たんだよって話だ。
そうだよ。そもそも既にここには住んでいないんじゃないか?
むしろ日本にすらいないんじゃないのか。
そうだ、留守なら問題ない。
インターホンを押して一分待って、満足して帰れば良いんだ。
「よしっ」
声に出してみるが、やはり手が動かない。
くぅ。なんてチキンなんだ。
自分の不甲斐なさに涙を噛み締めている時、ガチャリと玄関の開く音が聞こえた。
チェーンをかけたまま、隙間から金髪の美女がこちらを覗いていた。
「葉山桃奈、か?」
思ったよりアオと似ていない。
年齢差や髪の色もあるが、表情や纏う雰囲気がまるで違う。
桃奈は毛虫でもみるような目つきをしていた。
「何? 変態?」
まさかの本人登場に加え、話しかけてきた!
一気に頭に血が昇る。
「いや! 俺、シ、シュウというです! 松坂、修吾!」
「ストーカー?」
耳が熱い。絶対に顔が赤くなってるし、どもっている。もう死にたい。
「い、いや! ストーカーじゃなくて! 俺、ベル・ウェスでアオと一緒にいる者です」
「病院に行きなさい」
「いやだから、アオってのはモンスターで! あ、と、フレなんだけど。ともかく! 話があって……来ました」
桃奈は可哀想な者を見る目つきで、小さく何度か頷いた。
「つまり、ストーカーだな。私の美しさに舞い上がるのは当然だけれど、身の程をしりなさい。そのまま後ろに下がり、肩を落として帰りなさい。私という至高の存在に拝謁できた幸運を噛み締めながら、今夜は幸せな夢を見ると良い。そして目が覚めたらハローワークに行きなさい」
「違うって!」
「分かった。私が自ら電話をかけてやる。警察と病院、好きな方を選べ」
俺、立ち直れるかな。
アオ達といるようになって、人との会話が増えたから、何となくコミュ症が治った気でいたが、全然ダメだ。というか、リハビリに桃奈はハードルが高すぎた!
俺はなんとか、単なるストーカーとは違うと分かってもらえるワードを探した。
「マザーハウス!」
「?」
「あんた、ベル・ウェスにマザーハウスを作ったろ? 目覚めし者達の消滅を防ぐ為だ」
桃奈は訝しむように眉根を寄せた後、ドアの向こうに消えた。
……。
ダメだったか。
まあ良い。俺は頑張った。尻尾を巻いて帰って、良い夢を見よう。
そう思った時、再びドアが開き、桃奈が出てきた。
今度はチェーンが外されていた。
「何をしている。早く入れ。そのまま騒いでいたら、私がしなくとも近所の者が通報するぞ」
「え、いいの?」
「二度とは訪れない幸運だと思え。だが身の程を弁えた言動を心がけろ」
あ、はい。失礼します。
変な気なんて起こさないよ。怖すぎる。いくら綺麗でも普段アオを見ているから耐性は付いている。こっちはプロだぞ。




