良い人キャンペーン
次のバトルまでの自由な時間を手に入れた私達は、素材集めの為に墓場ダンジョンに来ていた。
ここに出現する大型のゴーストトレントから大量の木材と核をいただく為だ。大型と言っても雑魚扱いで、数カ所でウロウロしているので効率が良い。
私はシャモアとシュウの三人で、先ほどから墓場を周回していたのだが、ふと気がつくとシャモアの姿が見当たらなかった。
墓場は暗く見通しが悪いので、すぐにはぐれてしまう。また石ころでも拾っている内に迷子にでもなったのかな、と気配探知で居場所を探った。
少し離れたところ、魔女の噴水のところに気配を感じた。戦闘中だ。
「何やってんの、シャモア」
シュウと二人、慌てて駆け出した。連なる墓石を越え、不気味な枯れ木の林を突っ切った先に、シャモアの姿が見えた。
「シャモアどうしたの?」
声をかけながら駆け寄ったとき、シャモアの傍に立つ人物の存在に気がついた。
プレイヤーだ。
小さな身体に大きな斧を担いでいる。くりくりした瞳の女プレイヤーだった。
「……どう言う状況?」
先程感じた気配では、シャモアの対戦相手はレイスだったと思う。この子ではない。じゃあこの子は何だろう?
シャモアは憮然とした表情で、私にだけ聞こえるくらいの声で、
「良い人キャンペーンしてた」
と暴露した。
シャモアは女プレイヤーに向き直ると、顎で噴水のモチーフとなっている獅子の像を指した。
「そこ、獅子に触れるとレイスが出る。気をつけた方がいい」
「え、あ、はい! ありがとうございました」
「うん」
状況をみると、どうやらシャモアは襲われていたこの子を助けたようだ。なるほど、良い人キャンペーンだ。
シャモアもシャモアなりに、プレイヤーとの共存の道を実践しているのだろう。
そう考えると、自然と口元が緩んできた。
私は労いの気持ちを込めて、そっとシャモアの腰を叩いてシャモアを見上げた。
シャモアは小さく頷くと、踵を返した。
そのまま立ち去ろうとする私たちの背中に、女の子の裏返った声がかかった。
「あの!」
振り向くと、少女は真っ赤な顔でシャモアを見つめていた。もうシャモアしか見ていない感じだ。
「め、目覚めし者の方ですよね」
「うん」
「本当にありがとうございました。あの、お名前を伺っても良いですか?」
思わずシャモアと目を合わせた。
想像以上に良い人キャンペーンが成功したみたいだ。
少女からは、ハート形の好意が溢れ出している。
シャモアは少し引いた感じで戸惑いながらも、頷いた。
「シャモア」
「シャモア様ですね! あの、そちらの方は?」
やっと私も視界に入ったらしい。
残念ながらシュウはまだアウトオブ眼中だ。
私もシャモアの良い人キャンペーンの後押しをするように、姿勢を正した。カッコいいヴィランの私を召喚すると、ニヒルな笑顔を貼り付けた。
「アオだよ。お嬢さん、気をつけて戻りな」
「は、はい! アオ様ですね!」
「様じゃない。ただのアオだよ」
――――――――――
みんなと合流して、先程の良い人キャンペーンの話をすると、ブランがお腹を抱えて笑った。
「わー。俺もヴィランアオ見たかったさー」
「でも墓場ダンジョンに一人で来るなんて、腕の立つプレイヤーでしょ。わざわざ手を貸さなくても、一人で何とか出来たんじゃないの?」
リディスが冷静なツッコミを入れた。
あそこはレイスが同時に三体沸くから、一人では辛い筈だ。でも彼女はレベル99だったから、何かしらの算段があって来ていたのかもしれない。
そう思っていると、シャモアが胸を張って、余計なお世話ではない、と言い張った。
「ちゃんと、加勢は必要かと訊いた」
ドヤ顔だ。
「それって…」
聞き覚えのある台詞だ。
ピンチの時に颯爽とヒーローが現れる時の台詞だ。
シャモアはシュウを見て、自信たっぷりに太鼓判を押すように頷いた。
「これが一番カッコいい。経験済み」
「おい…シャモア」
シュウが頭を抱えた。
そんなに照れなくて良いのに。本当にあの時のシュウはヒーローだったよ。
そう言ってあげたいけど、余計にシュウの何かを削ってしまいそうで自重した。
何だかシャモアがシュウの信者になりつつある、気がする。その内大剣にジョブチェンジしたりして。
その時、採取ポイントで鉱石を掘っていたブランがツルハシを持つ手を止めた。
「なあ、あれって変じゃないか?」
視線の先にはグールとワイトがいた。
暗闇で見え辛いが、グールがワイトに襲いかかっているようだ。
「モンスターがモンスターを襲ってる?」
「そんな事ある?」
「いや、ないな。普通なら」
シュウは普通なら、に力を入れて言った。
普通はない。モンスターを襲う私達は例外だ。つまりワイトとグール、どちらかは私達の同胞ということだ。
「どっちだろう」
「分からないでござるが、急を要するでござるよ」
バトルの決着が着くまで待つわけにはいかない。負けた方が目覚めし者なら取り返しがつかない。
モンスターである私達は手出しできないけれど、こっちにはシュウがいる。バトルに横入り出来る本物のヒーローが。
私は言い慣れたあの言葉と、言いたかったあの言葉を、大声で叫んだ。
「私はアオ、目覚めし者! 貴方と同じ、モンスターだ! 加勢は必要か!」
私の声が二体に届いた、そう確信した次の瞬間。グールの拳がワイトの胸を貫いた。
「……え」
崩れ落ちるワイトの姿に、一瞬頭の中が真っ白になった。
グールは腕をワイトから引き抜きながら、視線だけをこちらに寄越してきた。
「目覚メシ、モノ?」
「……え?」
「オマエ、何ダ?」
グールの言葉は、少し篭って聴こえて、何処となく不気味な響きがした。
アンデッドだからね。そう考え直して、私は気を取り直して無理やりに笑顔を作った。
「うん。私達もモンスター。敵ではないよ。貴方と話がしたい」
「モンスターガ何故、人間ト共ニイル」
グールの視線は真っ直ぐにシュウに向かっていた。
どうしてシュウだけがプレイヤーだと分かったんだろう。刺すような視線には、ゾッとするほどの憎悪が込められていた。
「……その説明もする。私は守護者。だから警戒しないでほしい。絶対時間が明けるまで、ここで待ってる。必ず戻ってきて」
「……」
グールは視線をシュウに当てたまま、ワイトにとどめを刺した。
「あ…!」
グールの姿が消えた。絶対時間に入ったのだろう。
何故か胸がざわめく。
久しぶりの仲間だというのに、この胸を締め付ける物は何?
「……グール君、ちゃんと来てくれるかしら?」
「そう願うでござる」
私は胸のつかえを口に出した。
「随分と警戒されてたよね」
「そういうものよ。最初は敵対心剥き出しの人も珍しくはないの。アオが異常だったのよ」
「異常って言った!」
リディスもブランも、何も気にしていないようだった。
私だけかな。
「俺はいない方が良さそうだな。今日は帰るよ」
「シュウ。……うん、そうだね。気を遣ってくれてありがとう」
「いや。仲間になれるといいな」
シュウは淡く笑うと、私の頭を撫でてから転移で消えていった。
「アオ」
シャモアが手を繋いできた。
その手は少し震えていた。
いくらイケメンのアイドルになっても、私達の中ではシャモアはいつまでも闇深い臆病者の甘えっ子だ。
私はシャモアの震える手をぎゅっと握り返した。
シャモアも気づいたのかもしれない。
ちらっとだったし、見間違いだとは思う。
でも一瞬見えた光景が頭を離れない。
いや、見間違いに決まっている。そんな事、ある訳がない。
……私の呼びかけに反応したのは、ワイトの方だったなんて。




