シュウの決断
「おめでとう。下剋上達成だ」
カッコよくそう宣言したシュウは、そのままガクンと前に蹲った。
「う―――」
そして呻きだした。
「シュ、シュウ、どうしたんさー?」
「食うべきか食わざるべきか……」
何か葛藤している。見覚えがある光景だ。フラガラッハのレシピを入手した時と似ている。
きっと今、私の料理を食べる事でプレイヤーにあるまじきステータスに上がっていく事への罪悪感と戦っているんだろう。本当に律儀というか、人が良いというか。
「何を悩んでいるでござる?」
「食べたらもう他のプレイヤーとは行動できない。いくら何でも不自然すぎるもんな。チートしてると思われる。でも食べなきゃアオ達と一緒にいれない」
「食べなくても一緒にいようよ」
「そうはいかないだろ」
今までシュウは私達を見守っていてくれたけど、食べなければ自分だけ弱いままになってしまう。それを気にしているんだとは思う。でも食べなくてもシュウは十分強いと思うんだけど。どんなにステータスが上がっても、魔法を持たない私たちにとって、シュウの聖属性魔法は強力だ。
「シュウいなくなる、嫌だ」
「俺だって嫌だけどさ……」
シュウは力なく呟くと、チラッと食べ残された料理を見た。そしてシナモンロールに手を伸ばして食べた。食べる事に決めたのかな、と思っていると
「やっぱりかぁ」
と更に頭を抱えた。
リディスが肩を竦めた。そっとしておこうという事らしい。
しばらく待っていると、シュウがいきなり勢いよく立ち上がった。
「よし、決めた。もう一つアカウント作ってくる」
「ん? どういう事?」
「だから、このキャラは対外用に取っておいて、もう一つ、お前達と遊ぶためのキャラを作るんだよ。レベル1からのスタートだから、レベル上がるまでは思いっきり寄生させてもらうぞ」
アカウント? キャラ?
よく分からない。要は桃菜がしたように、シュウの分身を作るって事だろうか。
「レベル1に戻るの?」
「ああ。……いや、マインがあったな。あれでもいいか」
「マインちゃん?」
意外な名前が出てきた。シュウにあう直前に見かけた少女だ。
「ああ。アレ、俺」
「は? 女の子だったよ」
「何でもありなんだよ。女にもなれる」
「……意味が分からないわ」
分身って、本体とそっくりになるんじゃないの?
というか、なんで女の子になっていたんだろう。えー。
とにかく神の国の住人は、こちらの世界では何人にも分裂できるという事なのだろう。死んでも平気な上に、何人もスペアがいるなんて、本当に神は凄い。
「マインちゃんになったら、シュウは女の子になるって事?」
「そうだな。嫌か?」
「ううん。シュウなら何でも良い」
そもそも目覚めし者は雌雄は気にしない。リディスが女である事に誇りを持っているように見えるけど、あれは自分の興味の向きと性別が合致しているだけだ。
私なんか性別ないからね。
「私は嬉しいわ。お風呂仲間が増えるもの」
リディスが重ねた両手を頬に当てて、歌うように笑った。
「アオもモスも入らないから寂しかったのよ。シュウは神の国の人だからお風呂入るでしょ。仲間ができて嬉しいわ」
シュウがビシッと音が聞こえるくらい固まった。
そして
「うーーー」
と呻きながら蹲った。
見慣れてきたな。あれは何か葛藤している時のシュウだ。
「…………やっぱり一から作ってくるよ」
「そう? 残念だわ」
シュウは気合を入れるように、両手で自分の頬を強くバンバンと挟み叩いてから、立ち上がった。
「ブラン、今から少し付き合ってくれ。ノートゥングのレシピを手に入れる」
「それってこの間諦めてたユニーク大剣か?」
「ああ。もう新キャラは何でもありだ。最強を目指すぞ」
なんかシュウが吹っ切れている。
とても楽しそうに目を輝かせている。
なんにせよ、シュウとこれからも一緒にいられるのは良かった。
今シュウがいなくなると、もう立ち直れないと思うの。
シュウはブランを連れて疾風のように出ていった。
小一時間で戻ってきたときには、レベル1の新キャラになっていた。
見た目はほとんど変わっていない。
青い髪だったのが、胡桃色に変わったくらいだ。
「ジョブは大剣?」
「いや、最初はヒーラーから上げる。一番アオ達に必要なジョブだろ」
「最初はって事は、後から大剣もとるんだね」
「それがなー」
シュウがふふん、と得意そうに笑った。
そしてプレイヤーのスキル獲得について教えてくれた。
目覚めし者とプレイヤーは、スキルの取得方法がまるで違った。
プレイヤーはSPというポイントを消費して、自分で欲しいスキルを獲得していくのだという。SPはレベル99で200ポイント貯まるらしい。そしてヒーラーに必要なスキルを全て獲得するには188消費するのだという。残った12スキルでは一番下位の攻撃魔法を取るのがやっとなのだそうだ。
その為、複数のジョブを楽しみたい場合は、レベル1から『転生体』という分身を育てる必要がある。
以前のシュウはメインの大剣に、ヒーラーとメイジの二つの転生体を持っていた。別の転生体に切り替えるためには一旦ゲームから出てトップエリアに戻る必要がある。
つまり、一つのキャラが大剣を振るいながら大魔法を使う、なんてことは出来ないのだそうだ。
「ところがシナモンロールはSPまで五パーセント上乗せしてくれるんだ。つまり、一つのキャラで全ジョブ制覇だって可能だってことだ」
シュウはとても嬉しそうだ。
キラキラしている。
シュウの新キャラが成長したら、ヒーラーで攻撃魔法もバンバン使える大剣使いって事だ。それは考えただけでもワクワクする。




