日課
二週間ぶりのベル・ウェスは驚きの連続だった。
アオ達がタオに狙われている事態にも驚いたし、そのタオに勝利したのも驚愕だ。
それに続く進化も、現実の面倒な悩み事を吹き飛ばすくらいに楽しかった。
今俺がいるのはベル・ウェス内の自室。
ベル・ウェスではいくつかの条件を満たせば、自室が与えられる。十畳くらいの狭い部屋だが、ベッドとコンテナと風呂、それに小さな転移クリスタルがある。
俺は転移クリスタルに近づくと、クローズクエストを呼び出した。
ベル・ウェスには蘇生手段がない。その救済策なのか、クローズクエストという練習場が設けられている。
経験値もドロップも手に入らないが、死亡のリスクなく大型と戦うことが出来るものだ。
いつくもあるクエストの中で、俺は『弔いの賛歌』に通う事を日課にしていた。
弔いの賛歌は、惑いの森というフィールドに、合計十一体の大型が配置されているクエストだ。森をぐるりと一周しながら、次々に大型を倒していく。
クローズクエストは、ある程度のレベルになれば、誰も利用しないシステムだが、俺はそれをソロでタイムアタックするのを日課にしている。
無駄な動きを廃して、効率よく倒していく修練だ。
こうした努力の積み重ねが、強さに繋がると信じている。
今のところ三十五分三十六秒が最短の記録だ。
二週間ぶりだから、四十秒台が出せれば良い方だろうな、と考えながら森を走った。
いつもより、若干力が入ってしまうのは仕方がないと思う。アオ達のあんな成長を見せられては。
進化以前の問題で、アオ達は物凄く強くなっていた。
以前は強いと言っても主に立ち回りの話で、レベル99のプレイヤーとは埋められない溝があった。
ところがいきなりその差が埋まっていた。いや、僅かながら追い抜いてさえいた。
普通スケルトンは一撃では崩れない。大剣か斧ならなんとか崩せるが、他の武器では二撃目が必要になる。
当然レベル60程度のみんななら、三、四回は打ち込む必要がある。ところがアオ達はみんな一撃で崩していた。
二撃目が必要なのは一番一撃が軽いアオだけだった。レベル60の装備をしているにも関わらず、だ。
この二週間でステータスが爆上がりしたとしか考えられない。
「このままじゃ、どっちが寄生してるか分からなくなるな」
それは困る。
そうなったら俺はアオ達と遊べなくなってしまう。強者にくっつく弱者にはなりたくないのだ。
俺は次々と大型を倒しながら、自虐的に笑った。
大型のモンスターは、プレイヤーの何倍ものステータスを持っているのが普通だ。アオ達もモンスターなのだから、プレイヤーと成長速度が違っていて当然だ。
「くそっ、ノア。お前本当にもう一歩だったんだぞ!」
多分境目はレベル60だったのだろう。
この二週間で爆上がりしたのだから、きっとそうだ。
ノアを失った夜の後悔を思い出しながら、俺はクエストを終えた。タイムを確認する。
「え? 三十四分五十三秒? マジか」
最高タイムが出た。久々だったし考え事をしながらだったのにも関わらず、まさかの記録更新だ。
「なんでだ?」
装備も特に変えていないし、普通に倒しただけだ。思い返してみれば、いつもより一撃少なくて済んだ相手もいたように思う。
俺はステータス画面を開いた。
「……んあ? ステータス上がってる」
ステータスが軒並み五から十パーセント上がっていた。
俺はレベル99だ。装備も最強と言われるものを揃えている。つまり新要素が実装されない限り、これ以上強くならない状態なのだ。それなのに、ステータスが上がっている。
装備に何かの補正が入ったのだろうか。俺は裸の状態でのステータスを確認してみたが、やはり上がったままだった。
上がったのは装備ではなく、俺自身のステータスだという事だ。
二週間の間に何か調整が入ったのだろうか。それなら今日訊いた時、カツオが何か言っていた筈だ。
「俺だけ上がったのか?」
俺が他のプレイヤーと違う点と言えば、ギルドに属していない事。後は……アオ達の存在を知っている事。
こうなると、モンスターの特性かと思っていたアオ達の急激な成長も気になってくる。
俺たち六人だけが、変な成長を始めているってことか。
俺たちだけしかしていない事なんてあるか?
いや、あるけれども。
その中の何がステータスを上昇させたんだ。
すぐにでも拠点に戻って、みんなと話したい衝動に駆られる。時計を見る。時刻は午前二時を過ぎたところだった。いくら何でも遅すぎる。アオ達も寝ている筈だ。
明日の朝一番に連絡を入れよう、そう考えてゲームを終えた。とにかく朝一番だ。俺はそそくさと布団に潜り込んだ。
そして目覚めた翌朝。意気揚々とインすると、一通のメッセージが届いていた。
リディスからだった。
『今日は一日お出かけなのよ。バトルはしないからシュウも私達を気にせずに遊んでてね!』
おおう。
俺は自室の床に両手をついて項垂れた。
何でこのタイミングなんだ。っていうか、お出かけってなんなんだよ!




