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伝説の鍛治師

 くりくり目玉に、大きな耳。

 ふわふわの毛に覆われた姿はハムスターのようにも、犬のようにも見えた。身長は五十センチくらい。額に小さな角があった。


 何だろう。

 とても愛玩動物っぽい。


「か、カッコいいでござる!」


 モス、可愛いって言いかけたでしょ……。


「初めて見るモンスターだわね! 隠しボスっぽいわ! 実は最強みたいな!」


 リディス苦しい。無理がある。


 とうのブランは、微動だにせずに私達を見上げていた。


「確認だけどさ。お前たち、デカくなったか?」

「前のままだ」

「……だよな。アオ。俺が作った鏡、出してくれ」


 ブランは鏡に写った自分の新しい姿を確認すると、だよな、と呟いた。


 鏡に向かう背中が丸まっている。

 切ないけど、かわいい。


 リディスみたいに騒いでくれたらいいのに。そうしたら私も心置きなく慰めれるのに。

 っていうか、自己消化せずに慰めさせて欲しい!


 そのままブランは淡々とステータス画面を呼び出した。


「シュウ、グレムリンって知ってるか?」

「ああ。ドワーフのペッ……相棒だな。戦う相手じゃないけど、ベル・ウェスでは馴染み深いモンスターだぞ」


 シュウ、ペットって言いかけたでしょ。


「やっぱ、ボスじゃないんだな。そっか。戦わねーのか。そっかー。こりゃ、スキルも期待できそうにないなー」


 ブランは短い手足をちょこちょこと動かすと、焚き火の前に移動して座り込んだ。


 みんなも焚き火を囲んだので、私はそっと夕ご飯の支度を始めた。


 フィールドを制覇したので、色んな食材が手に入った。中でも大きかったのが大豆で、それを材料に味噌と醤油、豆腐を作った。


 作れる料理も増えたけど、特にブランのお気に入りは『鍋焼きうどん』だった。


 お祝いの日にしてはかなり渋めのチョイスだけど、今日は鍋焼きうどんにしよう。後はシュウと会えたのも久々だったから、シュウの好きな唐揚げも作る事にした。


 私が料理している横で、ブランのスキルの発表が行われた。


「【解析】物の構造や素材等が分かる。なんだこれ?」

「レシピが分かるってことかしら?」

「それ今更要らなくないか?」

「鍛治師以外のものでも分かるのではござらんか?」


 ブランは試しにマジックバッグ(∞)を解析した。これは布製品なので、本来であれば裁縫師でなければレシピが分からない。


「お。確かにレシピが読めるな。……このスキル、何の意味があるんだ? アオ、なんか使い道思いつかないかー?」

「え? 何で私?」

「こういう思いつきはアオの得意分野だろー」


 例えレシピが分かっても、ブランは裁縫師じゃないからクラフト出来ない。プレイヤーなら喜ぶスキルかも知れないけど。


「今は何にも思いつかないけど、何か閃いたら直ぐに相談するね。シュウは何か思いつかない?」

「そうだなぁ。グレムリンって機械への造詣が深いって言われてるんだ。だからドワーフの相棒が務まるんだ。グレムリンの知識とドワーフの技術で、色んなものを生み出してるんだ。ブランはそれ、一人で出来るって事だよな」

「レシピのない新しいものを作り出せるかも?」

「だとすごいな」


 ブランには【創造】もあるし、ものを作るという観点に立てば、ブランは最強の鍛治師だ。

 新しい物が作れるのなら、マザーハウスで見た鉄の鳥や海を渡る船なんかも、いずれ作れるようになるかも知れない。それに比べると水陸空制覇なんて小さい話ってことになる。

 おお。なんかワクワクしてきた。


「夢のある進化だったね」

「生活がとても便利になりそうね。ブランの奉仕精神が反映された進化だったわね。素敵だわ」

「それにしても北欧神話に和、ワイトにグレムリン。出典がバラバラで節操がないな。ほんと葉山桃奈は手当たり次第に情報を組み込んだんだな」


 鍋焼きうどんを食べながら、もし作れるなら何が作ってみたいか、という話で盛り上がった。


 ブランはマザーハウスの映像にあった鉄の乗り物―――シュウが言うにはバイクというらしい、を作りたいと喜んだ。私はマザーハウスにあった板状のもの―――パソコンと言うらしい、が欲しいなと思った。


「俺は温泉だな。こっちの世界ないからさ。景色が綺麗だし露天風呂が出来れば最高だな」

「お風呂ね! 私も欲しいわ!」


 シュウの案にリディスが食いついた。


「そう言えば、みんな風呂ってどうしてるんだ? 見たところ風呂場は無さそうだけど」

「入らないよ?」


 私達にお風呂の必要性はない。

 汚れても汗をかいても、バトルをして絶対時間を通せば綺麗な状態に戻っているんだと思う。だってお風呂なしでも全然臭くも痒くもならないもん。

 リディスだけは、拠点に個室が出来てからは、大きめのお碗みたいな物にお湯を張って入っているのをたまに見かける。


「鍛治師と言えば。ブラン、転移クリスタルのレシピをもう一度教えてくれないか?」

「いいぞ。何かに書くか?」

「あー、なんかあったかな」


 シュウはマジックバッグを漁って、白紙のスクロールを取り出した。


「こんな物しかないけど」

「おう。ちょっと待てな」


 ブランはステータス画面を見ながら、スクロールにレシピを書き写しだした。初めて見るブランの字は美麗で、予想外のことにビックリした。


「美文字」

「そうかー? ん! 何かスキル獲得したぞ! ユニークだ!」


 変なタイミングだ。という事はこれは行動に起因する獲得だ。なんで? 文字を書いたから?


「えっとな。【編纂者】クラフトレシピのスクロールが作れる。あーレシピをスクロールに写すのが条件だったんだな」

「確かに他の人はしないね」

「ブラン! ちょっとそのスクロール貸してくれ!」


 シュウが飛びつくように言った。


「お、おお。もともとシュウのもんだろ」


 手渡されたスクロールを読んだシュウは、興奮したようにステータス画面を見た。


「おお。クリスタルのレシピを獲得できた。素材さえ揃えれば、俺でも作れるってことか。ブラン、これ売れば大儲け出来るぞ」


 レシピはその内容を知っていても、クラフトメニューにレシピの記載がない限り、作る事は出来ない。目覚めし者なら現物に触れなければならないし、プレイヤーなら店やクエストでレシピ本を手に入れなければならない。


 そのレシピ本を、ブランが自作出来るようになったって事だ。


 これって結構凄いことな気がする。


 解析同様、使い道は上手く思いつかないけど。


「なんかブラン、伝説の鍛治師一直線だね」

「ドワーフの街に行けば、里長になれそうでござる」

「弟子、沢山」

「複雑さー。強くなりたかったからなー。でも鍛治も漢らしいし、満足するさー」


 ブランは満足げに、唐揚げに手を伸ばした。


 今回の進化は、よりそれぞれの個性が強く出た結果になった。


 武器や拠点を作っていつもみんなを支えてくれるブランに、強さを求めるモス。闇の住人シャモアに、女王様なリディス。そして私はトリックスター。


 私そんなにトリッキーじゃないと思う。まあ思うところはあるけれど、与えられたスキルの中で、精一杯出来ることをしていこう、そう思った一日だった。


 そしてやっぱり考えてしまう。

 ノアだったら、何に進化したのかな、と。

 イフリートとか?

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