進化、そして深まる謎
「来た!」
何度目かのバトルが終わった時、私の身体の自由がなくなった。
「進化だ!」
「急げー」
小脇に抱えられて放り込まれた拠点は、いつもよりかなり大き目に作られていた。
二度目の進化だからボス級のものが現れる可能性も考えたという、ブランの親切設計だ。
「これが進化か。やばい。ワクワクが止まらない」
「何に進化するかは出てのお楽しみだぞー」
シュウが一番興奮している。
もちろん私も興奮中だ。今度こそ絶対に人型が欲しい。私が人型にならないと、みんなに迷惑がかかってしまう。
人型人型人型!
私は前回の三倍くらいの真剣さで人型を祈った。
前回同様、みんながカウントダウンを始めた。
「三、二、一!」
カッと視界が弾け、白い世界からいつもの拠点の風景に変わる。
みんなの唖然とした表情が、最初に見えた。
これも前回と同じだ。
え、何その反応。まさか、またウサギってことは……。
私は早る気持ちを抑えながら、そっと視線を下に落とした。
手がある。足もある。指はちゃんと五本あるし、これが一番大事なのだが、ちゃんと肌色をしていた。
私は頭に手をやった。そこにあるはずの物がなかった。そう、ウサ耳がなかった。
代わりに長い髪の毛が指の間をすり抜ける。ピンクじゃない。晴れた空のような青い髪だ。
「来た―――!! 人型―――!」
私は拳を高く突き上げて、大ジャンプをして大おたけびをあげた。
やったよ! ついにウサギともおさらばだよ。グッパイウサギ。こんにちは人型!
ほっぺもつるすべだし、手足も長くて健康そうだ。間違いない。
「……アオなの?」
私のテンションとは裏腹に、みんなは躊躇いを隠せずにいた。その戸惑いと驚きを含んだ顔に、急に不安になってきた。間違いなく人型だと思ったけど、……違うの?
私どんな姿してるの?
「みんなどうしてそんな顔してるの? ……私人型になれてるよ、ね?」
「……本当にアオ殿でござるな。ブラン殿、鏡を創造してはくださらぬか」
「え、あ、そうだな。ちょい待てなー」
ブランが鏡面のようにツルツルの黒曜石の板を作り出してくれた。
見るのが怖い。
とてつもなく変な生き物になってそう。人型だと思ったのに、ううう。がっかりだよ。
私は映し出される自分の姿を恐る恐る見た。
「え?」
人型た。どう見ても完全に人間だ。でも……。
……嘘。どういう事? この顔は……
「……桃奈?」
鏡面に映る私の姿は、記憶の中にある葉山桃奈の生写しだった。
一緒にお茶をした桃奈よりも少し幼い。でもどこから見ても、桃奈そのものだった。
「……どういう事?」
モモは桃奈を素に生まれたと言っていた。モモが亡くなって、桃奈がもう一度自分の分身を生み出そうとしたとしても不思議ではない。
やっと来たか。待っていた。
桃奈はそう言っていた。
「私、桃奈なの?」
「俺らに訊くなよなー」
なんとなく、私達はシュウを見た。
こんな話はシュウが一番理解できていると思ったからだ。だってシュウは神の国の人なんだから。
「そんな目で見られても、俺ただの引き篭もりだし」
引き篭もりって何だろう。よく分からないけど隠された存在って事だよね。序盤姿を隠していて最後に現れるヒーローみたいな感じかな。
視線を外したシュウは、何かを隠しているように感じた。口にすべきではないと判断して、呑み込んでいるような、そんな不自然さを感じた。
「……シュウ殿」
「ん? なんだ、モス」
うちの頭脳派が切り込んだ。
「葉山桃奈は神の国で有名なのでござるな?」
「そうだね」
「では、その妹君の事もご存知でござろう」
「……まあ、話題にはなったかな」
モスは何が訊きたいんだろう。桃奈にとって大切な人だったのは分かる。でも、もう亡くなっている人だ。何か出来るはずもないのに。
「妹君の名は、何でござる?」
「……」
シュウは明らかに動揺した。
目があった。シュウは一度困ったように笑ってから、小さく息を吐いた。
「青葉。葉山青葉だよ。十三歳で病死している。青葉の死から一年後、葉山桃奈はアメリカに渡った」
アオバ。
桃奈のDNAを持って生まれたのがモモ。
じゃあ私は……そういう事?
名前なんて、あの時何となく勢いで決めた。
別にイエローでも、グリーンでも良かった。拘りなんてなく、ただ響きだけで決めただけだったのに。
DNAに眠る記憶かなんかが、そうさせたのだろうか。
「桃奈は青葉を復活させたかったって事かしら?」
「現実の世界では無理だから、青葉が生きていける世界を作るために、ベル・ウェスを作った。そう考えれば葉山桃奈が目覚めし者を支援していた事も納得できる。でも推測でしかない。確かめようもない推測だ。だからあんまり言いたくなかったんだよ」
シュウは優しいからそう言うけど、多分当たりだ。
私は青葉をもとに生まれたんだろう。
でも、私は青葉じゃない。
もとは青葉なのかもしれないけど、別の人格だ。
「モモがモモとして生きたように、私もアオでしかないんだけど」
「それで良いんじゃないか? 完璧な青葉のコピーを作る事も出来ただろう。それをせずに青葉の復活を、ベル・ウェスが目覚めし者を生み出す偶然性に賭けたのには、葉山桃奈の想いが込められていると、俺は思う」
確かに、マザーハウスにいた桃奈みたいに、青葉のコピーを作る事もできた筈だ。それをしなかったって事は、桃奈は青葉に、青葉としてではなく、アオとして新しい人生を自由に楽しんで欲しかったという事に思えた。
「うん。深く考えるのはやめる。考えても仕方ないし」
いないと思っていた親の名前が分かった。
そのくらいのものだ。
「それで、種族は何なんだ?」
話が大回りして、やっと本来の進化の醍醐味に戻ってきた。私はワクワクしながらステータス画面を開いた。
「えっと、……ロキ?」
「ロキかー。そりゃ種族って言うより、一点物のボス的なもんだな。巨人の神だぞ」
おお。神様なのか。
「トリックスターだな。悪戯者で突拍子もない事をしでかす事で有名だな」
「アオっぽいさ! でもサイズは普通だなー。巨人じゃないさ」
改めて自分の体を確認する。
サイズは普通。そして、胸がぺったんこだ。
念のため、下も触ってみた。べったんこだった。
「性別、ないみたい」
「あー。ロキってそうなんだよ。男にも女にもなれるし、動物にもなれる。変身が得意なんだ。スキルにないか?」
「変身! 欲しい!」
慌ててスキル欄を見る。
【浮遊】 宙に浮かぶ事が出来る。
【拡縮】 身体のサイズを自由に拡縮出来る。
残念ながら変身は無かったけど、これはこれで嬉しい。
試しに小さくなってみた。
サイズだけでなく、見た目も子供のように変化した。更に小さくなると、子供の姿のまま掌サイズまで小さくなる事が出来た。
大きくなってみると、大人になった。更に大きくなると、二十代後半くらいのまま、三メートルくらいの大きさになった。
楽しいけど、使い道はなさそう。




