新しい生活
二章スタートします。
よろしくお願いします!
ノアを失ってから三ヶ月が過ぎた。
私の首にはノアから受け継いだ鍵がかかっている。
そしてもう一つ。黒曜石のように黒く光るクリスタルが、鍵の横で揺れている。
ノアが消えた時、ノアを抱え込んでいたシャモアの腕の中にこれが残っていた。
両端が尖った矢尻のような形。無骨なそれはノアの心の結晶のように感じた。
私達は相変わらずだ。新しい仲間は増えていない。今も五人で行動している。
私達は毎日笑って過ごした。
蹲り立ち止まる事は、ノアへの冒涜だと思えたからだ。
そうすると不思議なもので、無理やり作った笑顔でも、気持ちが軽くなっていき、その内自然と笑えるようになってきた。
たまにふと、失ったものの大きさに、目眩を覚える事がある。
けれど、心を叩いて前を向いた。まだ見ぬ先へと足を進めた。そうして行く他、仕方がなかった。
シュウは頻繁に訪ねて来てくれる。ノアの抜けた穴を埋めようと、気を遣ってくれる。
シュウは日中を共に過ごし、拠点に入るのを見届けて去っていく。一緒にご飯を食べる機会は激減した。多分私達に時間を使っているので、忙しいのだと思う。
「行き止まり、でござるな」
「うん。これでおしまいだ。全フィールド踏破おめでとう」
少し離れた場所でバトルを見ていたシュウが、拍手をくれた。
ここはフィーザダルク火山、その最奥の火口。正直かなり暑い。ピンクの毛皮が今は恨めしい。出来れば早く退散したい、せめて火口から遠ざかりたい。
「ってことは、さっきのデカブツがラスボスかー?」
「ああ。経験値以外何の旨みもない相手だけど、記念になるかと思って」
「そういうの、先に言おうよ」
ラスボスにしては、手応えがなかった。
私達のレベルは今60手前だ。リディスが59、ブランが57、残り三人は58だ。
気がつけば、リディスは今や目覚めし者の最高到達点を絶賛更新中なのだ。その事をリディスはあまり喜んでいない。「年寄り扱いされているみたい!」なのだそうだ。
「ここで最後なら、ここから先はどうやってレベルをあげていくのでござるか?」
「頑張る、しかないな。ここからレベル85くらいまでが一番上げにくいんだ。85を超えればダンジョンで一気に上がるんだけどな」
「レベルが低いダンジョンはないの?」
「70くらいのが一つあるけど、そこは通路が狭いからな」
「あーそれは駄目だね。プレイヤーを避けれない」
気配探知でプレイヤーに気付いても、通路が狭ければやり過ごせない。後ろに下がっても挟み撃ちになったりして、面倒だ。同じような理由で、リュージイ山の北側も、立ち寄らないようにしてきた。
「今のアオ達なら、ダンジョンでもギリギリ行けると思うけど。……嫌なんだよな?」
「だね。シュウの見立てを信じてない訳じゃないけど、慢心はしたくないから」
ここから先はダンジョンがメインになるらしい。ダンジョンといっても、倉庫程度の小さな物から、何階層にも及ぶ広大な物など様々で、基本的に高レベルプレイヤーはそこで遊んでいるらしい。つまりダンジョンに行けば高レベルプレイヤーとの遭遇率があがる。
フィールドもあるにはあるが、ダンジョン経由でしか辿り着けないらしく、今の私たちでは無理だ。
先程シュウが言っていた『全フィールド』というのは、ストーリーのファーストシナリオで行けるフィールドという事なのだ。
「じゃあ賞金首を狩って素材集めしながら経験値を稼ごうか」
「分かったわ。最初は……ツティーシニーのサイクロプスあたりかしら?」
全体の方針を決めるのは私の仕事だ。決まっている訳ではないが、なんとなくそうなってきた。みんな新しい守護者である私を尊重してくれているんだと思う。
「俺、火蜥蜴、少しやりたい。炎のエレメント、いる」
「おけ」
回廊にちょうど火蜥蜴を見つけて、私は駆け出した。
「私はアオ! 目覚めし者! 自我がある人手をあげてー!」
返事がないのでそのまま突進する。
「強奪!」
『盗む』の発展系、『強奪』を発動する。
目の前の火蜥蜴から、緑色のオーラが滲み出し、球体となって浮上した。緑の光る球体は私の元に飛んできて、胸の辺りに吸い込まれて消えた。
火蜥蜴が倒れた。
「相変わらず、反則級のスキルなー」
「えへへ。頑張って育てたからね」
強奪は敵のHPやMPも盗める。火蜥蜴くらいなら、一発で根こそぎHPを奪う事が出来る。おかげで回復魔法要らずだ。
この調子でどんどんやっちゃおう、と張り切った私の後ろで、リディスの明るい声が聞こえた。
「幻惑」
リディスの撒き散らした五色に輝く鱗粉が辺りに降り注いだ、と思ったら残った五体の火蜥蜴がフラフラと目を回した。
「捕縛」
シャモアの操る、糸のような鋼鎖が一斉に伸びて、ふらつく火蜥蜴の自由を奪った。みんな糸に絡まって固定されている。
「創造!」
ブランが地面に両手をつくと、巨大な土壁が競り上がってきた。
「回旋脚!」
その土壁をモスが回し蹴り一発で、粉々に砕く。砕かれた何十という土の塊は火蜥蜴に直撃し、四体を一瞬で昇天させた。
「む―――! 私が全部やろうと思ってたのに!」
全部とられた!
「おいおい。雑魚相手に大人げないぞ」
「ボスがあれでは、消化不良なのでござるよ。シュウ殿、少々お待ち頂きたい。解体してから戻るでござる」
モスは可憐に微笑みかけながら、残った一匹の頭を笑顔のまま踏み抜いた。
……モスには逆らわないようにしよう。
ちなみにシャモアは、マザーハウスの後しばらく解体が出来なくなった。まろび出る内臓がリアルすぎて辛いと拗ねた。敵を切り裂く感触も、気持ち悪いと震えていた。五感が豊かになると、こんな弊害も生まれるのだ。
「命を奪うのだから、当然でござろう。その程度の覚悟もない者に倒されたくもないでござろうよ」というモスに
「命じゃなくて単なるデータだけどなー」
とブランが、それを言っちゃおしまいだよ、というツッコミを入れていた。
ともあれ、ノアを失ってから三ヶ月、私達はまあまあ強くなった。
少なくとも、同レベルの敵相手では、雑魚にも大型にも手応えなく勝てるほどに。




