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愛しきこの世界

前半は回想になってます。

「怪我はもういいのか?」


 岩に腰をかけて林檎を齧っているカーマに問いかけた。カーマは林檎と同じような、真っ赤な髪と瞳を持った男だった。


「絶対時間使ったんだから無傷に決まってるだろ。もう何ともないぜ」


 カーマは先ほどまで血を滴らせていた腹をポンと叩いてみせると、笑いながら林檎を投げてきた。俺はそれを受け取り、カーマの隣に腰を下ろした。


「……さっきのは何だ?」

「あ? ノアじゃまだ、あの攻撃は受け切れないだろ。俺は耐えれる。それだけのことだ」

「ボロボロになっておきながら、何言ってんだ」


 カーマは、そう言うなって、とギャハハと笑った。


「掟に反してる。仲間より自分を優先する、だろ」

「絶対時間で回復する程度の事は、掟の範囲内だろ。何をそんなにムキになる」


 先程のバトル。受けきれないと思った。死んだなと一瞬諦めた。だが血を流して倒れたのは、俺ではなくカーマだった。目前で、カーマの赤い髪が倒れ伏す姿を見た衝撃が、まだ去ってくれない。心臓が止まるかと思うほどの衝撃だった。それと同時に怒りが湧き上がってきた。


「ノア、お前一瞬諦めただろ」


 カーマは食べ終わった林檎の芯で人のことを指してきた。


「俺に庇われたくなかったら、簡単に諦めんな。生きるか死ぬかの瀬戸際では、結果を左右するのは意思の強さだ。もっと強くなれ、技も心もだ」


 くそったれ。

 諦めていたと気付かれた事も不愉快だし、正論で黙らされるのも面白くない。


「掟は絶対だ。今後俺のことは放っておけ」

「そりゃ無理だ。俺は愛に溢れる男だからな」

「愛?」

「そ、愛だ。俺にとっては、リディスもノアも、野に咲く花ですら等しく愛しい」

「気持ち悪い」


 カーマはこういう所があった。

 普段はがさつで思慮のカケラも感じさせないが、たまにこうして夢みがちな事を口にする。


「可愛くねぇなぁ。お前、カッコつけれてるの口だけだぞ。素直に、俺より先に死なないでくれ、カーマがいなきゃ生きていけないよーって泣いてみろよ」

「意味がわからない」

 

 論点がすり替えられている。俺はただ、俺なんかを庇うなと言いに来ただけなのに。いつもカーマの訳の分からないペースに持ち込まれてしまう。


「生きて行くのに愛なんて意味ないだろ。そんな事を考えてる時間があればバトル一つこなした方が余程建設的だ」


 カーマは出来の悪い弟を見るような目をすると、手を伸ばしてきた。大きな手で、俺の髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。


「あのな、そもそも人生には意味がない」


 唐突に話が変わる。これもカーマの癖だった。


「だから人は愛だの夢だのを探すんだ。無色の世界に彩りを与える為にな。そうすれば、少しはマシな人生だったと満足しながら死ねるだろ」

「この世界のどこが無色なんだ?」

「お前の世界は単純に過ぎるぞノア。愛が嫌なら絆と言い換えても良い。世界を広げてくれるものだ。とにかく俺は、お前からの素直な愛が欲しい」

「お前がかよ」


 カーマはまた、そう言うなって、とギャハハと笑った。


 何と言おうと掟は掟だ。

 ただ、俺より先に死なれるのは気分が悪い、と思う。ただそれだけだ。


「あんまり掟に縛られるな。俺はどうせ死ぬなら仲間を庇って死にたいくらいだぞ。惚れた女だとなお良い」


 赤い髪をなびかせて、カーマは快活に笑った。


 だがその一月後、カーマは死んだ。


 ワイバーンに襲われ、唐突に。

 リディスを護るでもなく、仲間の盾になるでもなく、呆気なく死んだ。


 

―――――――――――




 シュウのエクストラヒールがシャモアを包む。だが、シャモアが目を覚ます事はなかった。


 カーマは自分の死に様を選べなかった。

 シャモアは、どうだったろう。


 やっと世界の美しさに触れる事が出来たばかりだったのに。

 シャモアの人生は、これからだったのに。


 俺は唇を噛み締めた。


 俺は初代に感謝している。敬愛していると言っても良い。

 後継の心に風を吹き込むような、そんな存在に俺もなれたら、と憧れた。


 だが実は一つだけ。初代の遺した物の中で、同意できないことがあった。


 仲間より自分の命を優先する。


 カーマに言われてからずっと考えてきた。この掟はいったい何なんだ、と。


 もちろん全滅を防ぐ為には正しい。俺も最初は違和感もなく受け入れた。


 だがマザーハウスを訪れ、仲間との時間を共有するにつれ、重たいしこりとなっていった。

 世界を味わえと言ったその口で、この言葉を言うのかという想いが拭えない。

 カーマを失って、尚のことそう思うようになった。


 冴え冴えとした月光。この世界は美しい。

 俺たちを産み、育んだこの世界が俺は好きだ。愛しいと思う。


 でも世界とは何だ。


「シャモア! ノア!」


 アオが来た。遠くにはリディスやブラン、モスの姿も見える。


 すっかり逞しくなった仲間達。全身で俺たちを心配している余裕のない顔。

 あいつらは、仲間の危機に自分の身を優先するだろうか。


 しないだろう。


 世界を味わったからこそ、その選択肢はなくなった。


 どうせ死ぬのなら、空を見て死のうと思って来た。

 だが今この時、俺が見ていたいのはこいつらの顔だった。


 ああ、カーマ。


 分かったよ。


 俺にとっての『世界』は、いつの間にかこいつらになっていたんだ。本当にあの頃の俺の世界は単純だった。今はもう、こんなにも色鮮やかで賑やかしい。


 掟を作った初代の気持ちがようやく分かった。

 あんたは自分のために仲間に死んで欲しくなかったんだろ。

 それでいて、自分は仲間の為に死ねる奴だったんだろ。

 

 この掟を破って良いのは私だけだ、なんて考えてたんだろう?


 分かるぜ、その気持ち。


 シュウ、お前の言った通りだった。


 スキルは想いに呼応して現れるんだな。

 このスキルは、俺の心の結晶だ。


 俺がただのモンスターではなく、目覚めし者として心を育てた末に願ったスキルだ。


 この世界が好きだ。

 仲間が好きだ。


 空を見る。


 俺は愛するものに囲まれて生きる事が出来た。逝く事が出来た。


 悔いはない。


 みんな。俺のことは気にしなくていい。

 俺は自分の世界を守っただけなんだ。


 悪いなカーマ。俺は俺の最期を選べたぞ。

 どうだこの贅沢は。


 仲間の顔を見ながら、俺はスキルを発動する。


 レベル50で手に入れた糞スキル。


変替オールオートネイション】戦闘中、パーティメンバーの一人と、自分の状態を交換する事が出来る。

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― 新着の感想 ―
[一言] アニキィィ!! 「蘇生を目的としたものは無い」ってこういう事か。 結果的に蘇生になるものはある、と。 でも、悲しいです… どちらも生き延びて欲しい
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