みんなの質問
食事を粗方食べ終わって、私達はのんびりカナッペを食べながら、お喋りを続けた。
話はみんなが桃奈に何を質問したかに移った。
「写真の女の子は、桃奈の双子の妹なんだって。もう死んじゃったって言ってた」
「貴重な権利をそんな質問に使ったのか」
「うん。後、初代はモモって名前で、実は桃奈らしい」
「は?」
私は桃奈から聞いた話を、覚えている限り話した。自分が理解できていない内容を人に説明するのは難しかった。
案の定、みんな頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。唯一、シュウだけはある程度理解出来たみたいで、手で口元を覆って、天を仰いだ。
「なんか、凄い話を聞いてしまった。葉山桃奈は一体何がしたいんだ?」
シュウの口調に、引っかかるものを感じた。
「もしかしてシュウ、桃奈を知ってるの?」
「有名人だからな」
葉山桃奈。十八歳。中学生でアメリカの有名大学に飛び級で入学し、次々と物理学の論文を学会に発表した才女。僅か二年で大学を卒業した後、どこの研究機関にも属さずに世間から姿を消した。
再び現れた時にはゲームクリエイターとなっていた。
そしてリリースされたのがこの[ベル・ウェスタリオ]。ベル・ウェスは葉山桃奈が個人で運営しているゲームだ。個人なのに全世界で最多のプレイヤー人口を誇っている。
「経歴もすごいが、あの見た目だろ。さらに言動もトリッキーとくれば、世間の注目は当然集まるよ」
有名なエピソードとしては、記者からの質問が妹の事に及んだ時「そんな事は半身切り落としてから訊け」と言い放った件。
「昨日は良く眠れましたか?」という質問に「その質問誰得?」と返した『誰得事件』など。
シュウはトリッキーと言ったが、桃奈の反応は至極当然のもののように感じた。
「シャモアは何を訊いたんだ?」
「蘇生方法あるかないか。蘇生を目的とするものはないって」
「あー、それプレイヤーも無理だからな。蘇生手段のないRPGってのもベル・ウェスの売りの一つなんだ」
蘇生はせずに、セーブポイントからのリスタートになるらしい。
「でも微妙な表現だね。蘇生を目的とする物はなくても、結果として蘇生に繋がる物はあるって言ってるようにも聴こえる」
「がーん。気づかなかった」
シャモアが自己演出の効果音付きでのけぞった。そんなシャモアの姿にノアは小さく笑ってモスに水を向けた。
「モスは?」
「小生は、知識の偏りについて訊いたでござる」
モスが言うには、目覚めし者はゲームの中だけでは知り得ない知識を持っている事があり、それがずっと不思議だったのだそうだ。
「例えばリディス姐さんの色に関する知識量。アオ殿の料理に関する知識。小生にしても、何故任侠の言葉を知っているのか疑問でござった」
「言われてみれば、確かに不思議だなー」
「以前からそういう事があったな。前にいた奴は、よく歌っていた。いくつもの曲を知っていた」
「それで、答えはどうだったんだ?」
モスは桃奈の説明を話してくれた。
桃奈はベル・ウェスタリオを作る時に、神の国のあらゆる情報を組み込んだのだそうだ。言語、文学、伝承、物理学、科学……。それらの情報は新ダンジョンや新モンスターなど、AI管理システムがベル・ウェスを進化させる時に使われる。
目覚めし者を構成する情報の中に、それらが紛れ込んだのが原因だろう、という事だった。
「邪魔な物でもないし、個性だと思っておけば良い、という事でござった」
なんというか。
モスはこう見えて頭脳派だ。そんな事、私は今まで気にもして来なかったのに。流石一人で生き抜いてきただけはある。
質問一つにしても個性が出るのは興味深い。
そうなると、他のみんなが過去に何を質問したのかも気になってきた。
「ノアの質問は何だったの?」
「どうしたらもっと強くなれるかだ」
「答えは?」
「頑張れ、だそうだ」
「……」
ノアこそ貴重な質問を何に使ってんの?!
脳筋にもほどがある!
「私はどうしたら神の国に行けるのか、ね」
リディスの質問はとても興味を引いた。
神の国に行く事は、目覚めし者なら多分誰しも一度は考える事だろう。でも現実的ではない話だ。空に浮かぶ月に行きたいと願う方が余程実現可能に思える。
「行けるのか?」
「無理だろうな」
否定的なのはシュウだ。
「願え、だそうよ。不可能を可能にするのは、強い意志と願いだと相場が決まっている、だって」
「何だか急に精神論が出たなー」
「否定するのを哀れに思ったのでござろう」
モスはそう言ったけど、桃奈ってそんな人だろうかと疑問だった。無理なら普通に無理って言いそうだと思う。
「ブランは?」
「俺はなー。目覚めてすぐだったから、何にも思いつかなかったんさー。で、保留にしてもらった」
ブランはそろそろ眠そうだ。目をしばしばさせながら、何とか話の輪に入っている。
「今回は? 折角来たんだから質問してみたら?」
「んー。まだいいさー。訊きたい事も特にないしなー」
そう言うと、コテンと後ろに転がった。
「もう無理さー。俺、寝るー」
どうやら今日はここまでのようだ。
私達は片付けを終わらせて、それぞれコロコロと床に転がって眠った。
シャモアはまた夜空を見に出かけ、シュウとノアはその後も暫く起きていて、二人でグラスを傾けていた。
今日はとても濃い一日だった。
この世界の根幹に触れた。この世界を作った桃奈は、私達を肯定している事が分かった。シュウというプレイヤーのフレもいる。
少なくともこの世界は、私達を拒絶してはいない。そう信じる事が出来た、そんな日だった。
満たされた思いで、私は睡魔に身を委ねた。
穏やかな夜だった。
私達は今までにない安心感に浸っていた。
だから忘れていたのだ。
私達は―――所詮狩られる側でしかないという事を。




