プチブートキャンプ
翌朝、サンドイッチを食べ終えた私は、やる気満々で飛び出した。
ちなみに今日のサンドイッチはリディスと一緒に私も作った。
『サンドイッチ(ハム)』というのが正式名称らしい。
「ノア! あそこにハムがいる。あれやろう」
「プチブーだ」
「いいじゃん、ハムで」
ノアは盛大に溜息をついて、半眼で見てくる。少し視線が痛い。
「アオの最優先事項はレベル上げだ。その為にはプチブーよりもウルフの方が向いている。今日は川の近くまで行くぞ」
川の近くはウルフやイーグルが多く、街の近くはプチブーや暴れウサギが多い。始まりの街から離れるにつれて、少しづつモンスターが強くなっていく感じだ。
どうせノアの一撃で殲滅できるのだから、少しでも多く経験値をくれるウルフの方が効率がいいのは確かだ。叫んでいるだけの私は肩身が狭い。
「でもプチブーでも経験値は入るでしょ。ハムも狙えるし一石二鳥じゃない。やろうよプチブー攻略」
大きく手を振りながら訴えると、こちらを見つめているノアと目が合った。
ちょっと感情の読み取れない目で、じっと見てくる。
イケメンが黙っていると、それだけで迫力がある。
そう、ノアはイケメンだ。ワイルドイケメン。羨ましい。
「何?」
問うと、ノアは視線を外さないまま答えてきた。
「アオは変わっているな」
「……そう?」
変わっていると言われても、よく分からない。
……確かに少し緊張感が足りないかもだけど。
目覚めた直後は、プレイヤーに対する恐怖と憎悪が確かにあった。
けれど、そんなものはすぐに霧散した。憎悪はまだ少しあるけれど、恐怖はない。
今私の心を占めているのは恐怖心より好奇心だ。
この世界は面白い。
「きっと私、楽天家なんだろうね」
そう結論付けると、ノアは考えを打ち切るように、少し首を振って話を元に戻した。
「……HP300は無理でも、レベル5まで上げろ」
「ありがとう!」
私も考えるのを止めて、ノアに笑いかけた。
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川の近くでバトルすること小一時間。無事レベル5になった。
意外とすぐに上がった。多分もう少し、というところまで昨日経験値を稼いでいたのだろう。
HPは239になった。300には及ばないが、昨日の朝69だったことを思うと、格段の進歩だ。
「今からプチブー狩りをするわけだが……。今からはアオもバトルに参加しろ」
おお。ついに本当の意味での初バトルだ。ちょっとわくわくする。
「最初は俺がやる。一匹残すから」
「私がその一匹倒すんだね!」
勢い込んで言うと、ノアは少し眉根を寄せて、違うと否定した。何故だ。
「五分間ダメージを食らわずに避け続けろ」
「えー」
思わず出た不満の声に、ノアはまた大きく溜息をついた。
「上位者に引っ付いてサクサクレベルだけ上げても、基本的な立ち振る舞いが出来ないと、モンスターレベルが高いフィールドに行ってから苦労するだけだ。他人にバトルを押し付けて経験値とアイテムだけを手に入れる奴を『寄生』と言う。アオは俺たちに寄生したいのか?」
私は慌てて、ふるふると首を振る。つられて長い耳もぶんぶん揺れた。
私がなりたいのは、寄生じゃなくて仲間だ。
「ステータス差を活かしたゴリ押しなんて、すぐに頭打ちだ。今日からは全てのバトルが修行だと思え。レベルアップは修行の副産物くらいに考えておくことだ」
「最優先事項がレベルアップじゃなかったの?」
「本当ならHPが300になるまでは寄生させてやるつもりだったが、アオが言い出したことだ。プチブーを攻略するんだろ?」
「う……。分かりました! 師匠」
ノアは心底嫌そうに「師匠はよせ」と呟いて、説明を続けた。
「モンスターの攻撃パターンは決まっている。モーションを見ていれば、次にどの攻撃が来るか分かる。どんなモーションでどの攻撃がどのタイミングで来るのか身体に叩き込めば、全ての攻撃を避けることが可能だ。プチブーをマスターしておけば、上位種にも応用が利く」
「赤目にも?」
「そうだ。プチブーの攻撃が避けれるなら、赤目プチブーの攻撃も避けれる。まあ、上位種になると攻撃パターンも増えるから、全ての攻撃に対応はできる訳ではないが」
「生存の確率は上がる」
「そうだ。俺たちが生き残るためには、やらないよりはマシ、という程度の事を積み重ねていくしかないんだ」
言われたことを、ちゃんとこなそう。
危機感のないまま、気が付いたら死んでいた、なんてことにならないように、しっかりとノアに付いていこう。
五十メートルほど先に、四匹のプチブーがいる。
ノアはまた「行くぞ」と短く声をかけると走り出した。
ノアの初撃で左側の二匹のプチブーが沈んだ。
返す剣でもう一匹を切り伏せる。
実に鮮やかでカッコいい。
そして、とても生き生きとモンスターを屠る。
ふははははって高笑いが聞こえてきそうな笑顔で刀を振り回す。
多分、いや間違いなく、ノアは戦闘狂だと思う。
見惚れている内に、一匹だけになったプチブーがノアに飛び掛かった。
ノアはそれをスイっと避けると、私の方に誘導してきた。
「突っ立ってないで、とっととやれ」
私は慌ててノアとプチブーの間に身体を滑り込ませた。
「私はアオ! 目覚めし……ぎゃあ!」
言い終わらないうちにプチブーがジャンピングアタックしてきた。
横に飛んで逃げたが、右肩に衝撃が来た。痛い。結構痛い。
「黙って正面に構えろ。次が来るぞ。プチブーの動きに集中しろ」
少し離れたところから、ノアの叱責が飛ぶ。
私はプチブーを正面に見据え、動きを観察した。距離にして三メートル程。
プチブーは小刻みにおしりを振っている。
振っている内は、攻撃はしてこないだろう。多分。
僅かな動きも見逃さないように、注意しているとプチブーのお尻がほんの少しクッと下がった。
と思った瞬間、ぽーんと飛んできた。さっきと同じジャンピングアタックだ。
大きく左に避ける。今度は掠らなかった。
それにしても、たったあれだけの動作で、なんでこんなに飛べるんだろう。
さっきは三メートルくらいだった。
あれがプチブーの間合いなのだろうか。私はさっきより長めに距離をとる。
五メートルくらいになったとき、プチブーが身体を後ろにぐっと引き、お尻を高く突き上げた。
猫みたいなポーズだ。
そのまま数秒タメて、いきなり突進してきた。
ジャンピングアタックの比じゃない速さだ。避ける暇もなく、脇腹に体当たりを食らった。
後方へ弾き飛ばされる。
着地したプチブーは、さらに距離を詰めてきて、転んでいる私に回転しながら蹴りの追撃を入れてきた。
「いったーい!」
かなりの激痛だ。痛い痛い痛い。
プチブー可愛い顔して、容赦ないなコンチクショウ!
「立て! 早く体勢を整えろ」
言いながらノアが何かを投げた。
ノアが投げたものが私の頭の上で弾け、緑色の光が降り注いできた。
なんだろう、と思った時には、先ほどの痛みが消えていた。
「ポーションだ。気にせずそのまま続けろ」
立ち上がり距離をとって、盾を構えなおした。
痛かった。だけど今ので一つ仮説が立てれた。
距離によって攻撃のパターンが変わるのではないか。
突進は怖いので、三メートルの距離で構える。まずは一番見切りやすいジャンピングアタックをマスターしよう。
仮説通り、この距離ではジャンピングアタックばかりだった。
前動作はお尻の下がり。
見極めながら最小限の動きで避けれるように、何度も回避を繰り返す。
プチブーはジャンプでこちらに飛んできては、すぐにジャンプで元の位置に戻るので、位置取りは簡単だった。
たまに、その場で追撃の回転キックを入れてくることもある。
これは、前動作がまだ分からないので避けれない。反射神経だけを頼りに盾で受け流すのが精一杯だ。
ジャンピングアタックを確実に避けれる自信がついたら、距離を詰めて回転キックを誘ってみようか。
そんなことを考えている内に、五分が経過したことを告げるノアの声が聞こえた。
止めはノアが刺してくれた。




