理解不能なパーティ
件のウサギは、盗人ウサギだと思うが、よく見ると野良のものとは少し違うようだ。最初はテイムされていて装備が野良と違うからかと思っていたが、それだけではない。
色と良い、体型といい、俺の知っている盗人ウサギとは違う。聞いた事もないが、上手にキャラクリすればほぼウサギに出来るのか。
考え難いが、それが一番納得のいく答えだ。
いや取り敢えず、ウサギの謎は後回しだ。バトルが終わってからモスに聞けばいい。
俺はサンダーボルトを放ちながら、戦況を確認する。
取り敢えず、体勢を立て直す事は出来たようだ。与ダメージは微々たるものだが、四人ともちゃんと被ダメを避けながら攻撃ができていた。
「へぇ。これはなかなか……」
四人の動きを見ながら、俺はまた感嘆の言葉を漏らした。
四人とも、きちんと動けている。とてもレベル20そこそこだとは思えない動きだ。
彼らはアラクネは初見の筈。それなのにこの短時間でもう対応し始めている。普通レベル20なんて、闇雲に剣を振り回している内に通り過ぎているものなのに。
モスは技のキレがやばい。速さがあるのに一撃一撃にちゃんと体重が乗っている。蹴り技を入れる度にチラリと覗く太腿もヤバいな。
他の三人に比べると見劣りするが、イケメンもまあ冷静だ。常にダメージを喰らわない位置取りをしながら、パーティ全体のHPに気を配っている。欲を言えばもう少し攻撃に回って欲しいところだが。
あのウサギも、なかなかやる。
おそらく目が良いのだろう。ギリギリのタイミングを既に掴んでいるようだ。
四人ともうまく立ち回るが、特に圧巻なのは獣人の彼だ。状況把握、対応力、先を読む力、視野の広さにおいてはパーフェクト。今ベル・ウェスの上位を占めるプレイヤー達と比べても遜色無い。いやナンバーワンと言われている聖騎士ハヤトにも匹敵するかもしれない。
使っている大剣はレベル38からのものだ。これでレベル40程度というのが恐ろしい。
彼らは一体何者なんだろう。
もしかしたら、別のゲームで名を馳せたパーティなのかもしれない。
そんな事を考えている内に、アラクネのHPの半分ほどが削れていた。
もし全員がレベル99なら、とっくに討伐が終わっているだろう。どんなに上手く立ち回っても、一撃のダメージが低すぎるのが悲しいところだ。
ここまでは何とかなったが、問題はHPが四分の一をきってからだ。
さて、何人生き残れるか。
修羅場を前に、俺はみんなに今後の対応を説明することにした。
「戦いながら聞いてくれ。もう少し削ったら、アラクネの腹の魔石が紫から赤に変わる。そうなったら速度と攻撃力が上がり、大技や範囲攻撃を連発し始める」
死を目の前に半狂乱になって暴れ出すのだ。さらに小さな蜘蛛を八体程産む。普通は雑魚は無視して本体を速攻で倒すのだが、今回は速攻とはいかない。それに雑魚とは言え、今の彼らにとっては遥かに格上の相手だ。囲まれてしまったら秒で死ぬ。
「早めに本体を倒すために、俺は大魔法を連発する。三発で倒せる。だが大魔法は詠唱に時間がかかるから、タゲを持ったままでは無理だ。魔石が色を変えたら、俺はタゲを切る」
そうなればタゲが誰に行くか分からない。ターゲットにされた人が生き残れるか。このレベル差で生き残る可能性は限りなく低いと思われる。
「ノックバック付きの範囲攻撃を持っている人はいるか?」
「持ってる」
獣人だけが持っているようだ。
「じゃあ君は小蜘蛛に囲まれたらそれで吹き飛ばして行くといい。残りの三人は逃げ回るしかない。下手に攻撃したらダメだぞ。囲まれて終わるからな」
「承知した」
「ノア、囲まれたら、だからね。無闇矢鱈に敵を惹きつけちゃダメだからね。均等に相手するのが一番なんだから」
「分かってる」
「全然分かってない顔でござるよ」
真剣な顔で獣人を嗜めている。首を捻りたくなる程の真剣さだ。ゲームなんだからもう少し気楽にやってもいいと思うが。不死の縛りプレイでもしているのだろうか。
「大魔法の詠唱に五秒。それが三回だ。インターバルも考えて討伐まで三十秒だ。三十秒なんとか耐え切って欲しい」
三十秒は短いようで長い。それだけ時間があれば簡単に全滅出来る。でも彼らなら、一人や二人は生き残れるかもしれない。そんな期待を込めながら、俺はアラクネが使ってくる攻撃を手短に説明した。
もうすぐ四分の一を切る。俺は修羅場を前にバフデバフを全てかけなおした。
紫だった魔石が短く点滅した。
「来るぞ!」
「了解!」
「承知でござる」
「生き残るぞ!」
「当然」
アラクネの甲高い咆哮が響いた。
俺は自然同化を発動し、ヘイトをマイナスまで戻してタゲを切った。詠唱を始める。
アラクネが状態異常の黒煙を周囲に撒き散らす。
四人ともちゃんと回避できたようだ。今は回復してやる余裕が俺にもない。
黒煙が収まったと同時に、小蜘蛛が溢れ出して来た。
さあ、こここら踏ん張ってくれよ、と内心エールを送った次の瞬間、信じられない事にイケメンがスクロールを発動した。アラクネに向かって。
アラクネのタゲがイケメンに行く。
自己犠牲か?! 顔だけじゃなく心もイケメンか!
驚く俺の目の前で、ひらりと舞い散る一枚の羽。
何故ここに羽がと訝しんだ途端、信じられない現象を目の当たりにした。
イケメンの姿がイーグルに変化したのだ。
イーグルはタゲを持ったまま空へと飛翔した。
「メギド!」
大魔法を発動し、すぐにまた自然同化をかける。
一瞬俺に来たタゲが、またスクロール攻撃でイーグルに向かう。
目の前の出来事が理解できない。
何故イーグルに、何故変身した?
なんなんだっこのパーティは! 理解不能すぎる!
俺はもう思考を放棄して、戦局だけを見る事にした。
なんだか、考えたら負けな気がする。
うん。戦況を見よう。うん。これはいい作戦だ。タゲが空中に固定されていれば近接の三人はフリーだ。小蜘蛛に専念できる。専念できる、と言っても四人が三人に減った分かなり厳しそうだ。
三人は三十秒持ちそうにない。先に小蜘蛛をやるべきか。イーグルがアラクネを釣っている今ならばそれも可能だ。そう考えた矢先、アラクネの血管が光り、網目状に輝いた。
やばい。この攻撃は空中のイーグルに届く。
第二形態のアラクネは、魔石から魔素集波というビームが出せるのだ。
警告したいが詠唱中だ。
魔素集波がイーグルに向かって発射された。太い赤紫の光のエフェクトが、イーグルを襲う。
「シャモア殿!」
「根性で避けろ!」
モス達が叫ぶ。
だがもう光はイーグルの目の前に迫っていた。
駄目だ。これは間に合わない。
そう思った時。
また訳の分からない事が起こった。
魔素集波の光が、ピタリと止まったのだ。
いや、止まってはいない。ゆっくりだがイーグルに向かって動いてはいる。
いったいこれは何なんだ?
読んでくださってありがとうございます。
次は月曜日に更新します。




