ゴブリンの願い
「そんなところで何してるの?」
私が代表して声をかけた。
同じ平原出身の暴れウサギの方が、警戒が薄れると思ったからだ。台詞はリディスがブランの勧誘に使ったものをそのまま拝借した。
突然現れた私たちを見て、ゴブリンは怯えるように踵を返した。
「待って! ちょっと待って!」
私はその場でぴょんびょん飛び、宙返りをしてみせた。
私はただの無害なピンクのウサギですよー。怖くありませんよーっと笑顔を振りまく。
わざと戯けて見せると、ゴブリンは足を止めて振り返った。
「……あんた達、誰?」
警戒は解いていないが、会話には応じてくれた。
ほっとした。ここが一番の難所だったから。もうモスの時の二の舞はごめんだ。
「私はアオ。目覚めし者だよ。あなたと同じツティーシニー平原から来たんだ。あなたは?」
努めて親しみやすい雰囲気を出しながら問いかけると、ゴブリンは何度か逡巡したのちに、口を開いた。
「僕はフェルディナンド。ゴブリンだよ」
フェ、フェ、フェルディナンド?!
何その貴族みたいな名前?!
名前ってもっとこう、シンプルじゃなくて良かったの?
雑魚っぽくなくてよかったの?!
名前だけでマウント取られそう!
「そっか、……フェルディナンド。ここで何してるの? 今日はアンゲスリュートの夜だよ。危ないから良かったら私たちと来ない?」
私は何とか先輩らしさを失わないように、余裕ある雰囲気を保ちつつ問いかけた。
「兄を待ってるんだ。気にしないで」
「兄? 兄弟がいるの?」
目覚めし者に兄弟がいるなんて初耳だ。多分同時期に目覚めたから兄弟のように生きてきたのだろう。
「お兄さんはどこにいる? 今日は本当に危険なんだよ」
「兄は……ヤーミカッタに……」
そう告げると、フェルディナンドの瞳から、涙が溢れ出した。
「ちょっ、ちょっと、泣かないで。どうしてヤーミカッタに? 一人で行ったの?」
「起きたらいなかった。僕に内緒で行ったんだ。僕の……薬を取りに行ったんだと思う」
そう言うと、フェルディナンドは上着を持ち上げてお腹を見せた。フェルディナンドのお腹は紫に変色していた。かなりな面積、腹部の半分くらいは変色している。
「……壊死しているようでござるな。生きているのが不思議でござる」
「そんな……絶対時間でも完治しなかったってこと?」
「怪我ではなく病なのかもしれないでござるな」
モンスターも病気になるのか。そりゃ生きていれば有り得るだろうけど、今まで考えたこともなかった。
「それで、ヤーミカッタに行けば薬があるのか?」
「分からない。でもあいつはアンゲスリュートの夜に聖水の泉に咲く花があれば治るって信じてた」
先程のノアの説明では、採取ポイントも増えるって言っていた。病に効く花というのは、そんな中の一つかもしれない。
ヤーミカッタに一人で向かったなんて、自殺行為だ。
それにしても、どうしよう。
話を聞く限りではフェルディナンドだけを拠点に連れ帰るわけにもいかなさそうだ。これはちょっと、私たち三人では対応できそうもない。
「話は聞いた」
ノアの声がした。チャットからではなく背後からだった。
リディスやシャモアもいる。みんなで駆けつけてくれたようだ。
フェルディナンドは新しく増えた見知らぬ顔に、怯えたように青い顔でこちらを凝視している。
恐怖と、助けを求める希望とがない混ぜになったような表情だった。
「兄の名は」
「セレヌンティウス」
これまたゴージャスな名前だ。
個人的な感情で言えば、助けたい。でもそれは、仲間の命を危険に晒すことになる。
みんなはどう考えているんだろうと様子を伺うと、みんなが視線を交換しながら、力強く頷いていた。
私も頷く。
「助けるぞ」
「「「「「おう!」」」」」
ノアは満足げに笑うと、フェルディナンドの頭に優しく手を置いた。
「セレヌンティウスを助けに行ってくる」
「え? いいんですか?」
「守護者として、目覚めし者を見捨てるわけにはいかないからな」
「守護者?」
ノアは小さく笑うと、首にかけた鍵を外し、それをリディスに差し出した。
「リディスとブランはフェルディナンドと一緒にここで待機だ」
ブランが反射的に声を荒げた。
「嫌だね。俺も行く」
「駄目だ。今夜は全滅しかねない。誰かは残らないといけない」
「それが何で俺なんさー。アオでもいいだろー」
「アオの力は、今夜は必須だからな。同じレアならお前を残す」
私は残れない。今日は脱兎の連発になる筈だ。目的はゴブリンの保護。エンカウントした相手と態々戦う予定はないのだから。
ブランもノアが正しいと分かったのだろう。とても不本意そうに俯いた。
リディスが鍵を受け取らないので、ノアは手を伸ばしたままだ。その手をぐいぐい伸ばして、鍵をリディスに押し付けている。
「次はお前だって、ずっと言ってたろ。時間がないんだから早く受け取れ」
リディスはノアを思いっきり睨んでいる。少し目の端が赤くなっていた。涙を溜めた目で、鬱陶しそうにノアの手を払う。
「ノアじゃなくて私が行くのでは駄目なのかしら?」
「却下だ。俺が行く方が生存率が上がる」
「……俺、残ってもいいぞ。むしろ残りたい」
シャモアの申請は無言で却下された。
全ての知識を持ってる人が残らなきゃ意味がないのだから。
リディスは悔しそうに唇を噛むと、奪い取るように鍵を受け取った。
「必ず戻りなさい。命令よ」
「承った」
ノアは指の腹でリディスの顔を撫でると、表情を引き締めた。
私もブランとリディス、それぞれとハグし合った。
「絶対に戻ってくるから」
「待ってるぞ。必ずだからな」
「行くぞ」




