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初バトルと絶対時間

 一夜明けて、私は広大な草原の小高い丘の上に来ていた。

 遠くに森が見え、そのさらに奥には山も見える。

 隣にはノアがいる。


 朝起きたときには、すでにリディスたちの姿はなく、ノアたちに急かされるように拠点の穴から出された。ブランが穴から出ると一定時間で穴は元の地面に戻ってしまうらしい。

 なので毎日ブランはせっせと拠点を掘る必要があるそうだ。


 朝食として手渡されたサンドイッチを食べる。昨日の肉と違って、普通に美味しい。

 美味しい料理に、突き抜けるような青い空。ピクニックのようで気持ちいい。

 思いっきり伸びをしていると、ノアが不思議そうにこちらを見ていた。


 なんだろう?

 首をかしげると、ノアははっとしたように頭を振り、気を取り直したように、南の方を指さした。

 数キロ先に街が見える。石の壁に囲まれた、そこそこ大きそうな街だ。


「あそこが始まりの街『オラヒ』。プレイヤーたちはあの町からスタートし、まず設定されたストーリーを追いながらレベルを上げていく。それぞれのエリアは、ストーリーをこなすプレイヤーが、いい感じに倒せるように設定されている。つまりここツティーシニー平原はベル・ウェスタリオ最弱のエリアだ。基本モンスターのレベルは1から5」


 聞けば私のHPは、レベル1のプレイヤーの一撃もしくは二撃で死ぬようなHPらしい。一撃なのか二撃なのかはプレイヤーのジョブ次第らしい。

 ジョブって何だろう? と思い質問してみたら、無視された。まだ色々説明があるから、黙って聞け、ということらしい。

 ノアは親切だけど、話のコシを折られるのは嫌い。心のメモに書き込む。


「ツティーシニー平原は広いが、あの川から向こうはレベルが上がる。5から8だ」

 と街とは反対の北の方を指さした。

 丁度平原の真ん中辺りに、川幅五メートルくらいの小川が流れていた。向こう岸に渡る橋は三本あるようだ。


「アオの急務は、HPを300まで上げることだ。今DEFはいくつある?」


 言われてステータスボードを開く。


NAME アオ(暴れウサギ)

HP  72   MP  8

STR 25   DEF 12

VIT 20   INT 5

AGI 10


「12」

「まあまああるか。じゃあバンダナでいいな。あとはこれとこれ、チョーカーでHPをあげて、と。レベル1で装備できるのはこんなもんか」


 ノアがブツブツ言いながら、いろいろな装備を投げよこしてきた。


皮の丸盾     DEX+5

旅人の服     DEF+2

旅人のズボン   DEF+2

レザーブーツ   DEF+3

バンダナ     HP+30

村人のミサンガ  HP+5 VIT+5

シールドリング  DEF+5

旅人のチョーカー HP+50


 装備した結果、なんということでしょう!

 DEFは17増えて29に。あんなに心もとなかったHPは、なんと157になりました!


「すごいすごい! ノア天才! でも、見た目がひどいなぁ」


 自慢じゃないが、手も足もちょっとしかないのだ。そう控えめな長さなのだ!

 この短さ……もとい控えめさでズボンとブーツを履いたりしら、なんというか……。

 すごく混みあっているのだ!

 命には代えられないけどね。


「ステータスボードの装備の欄見てみろ。非表示のチェックボックスがあるだろ。それを押せば、見た目だけ初期装備のままにできるぞ」


 そんな素敵な機能が! 私の初期装備は……裸ですね。はい。いいよ! 裸で!

 ウサギに羞恥心なんかないよ!


「なんか一気に強くなった気がするよ。ノアありがとう」

「調子に乗るな、最弱のままだ。決して忘れるな、アオだけじゃなく、俺たちは弱い」

「私はともかくノアは、この平原じゃ敵なしでしょ」

「そんなわけあるか」


 ノアが、心底呆れたように髪をかき上げた。


「プレイヤーの最強はレベル99だぞ。そうじゃなくても、本当の初心者じゃないかぎり、プレイヤーの強さは次元が違う」

「でも、ここは始まりの街だから初心者しかいないんじゃ?」

「違う。クエストやら赤目狩りやら、別ジョブ育成中のやつとか、色々来るんだよ。いいか、絶対にプレイヤーに手を出すな。見かけたら逃げるか身を隠すんだ」

「え……じゃあ、私たちは誰と戦うの?」


 ノアの動きが少し止まった。その後無表情に顎で眼下に広がる平原を指した。


 平原にはたくさんのモンスターたちが歩いていた。みんな自分を中心に半径一メートルくらいの範囲をウロウロしている。その場から離れることができないようだ。

 さあ、殺しに来てくださいと言わんばかりの無防備さ。昨日までの自分もああだったのだろう。


「まさか?」

「ああ、俺たちの獲物もモンスターだ」

「昨日は私もあそこにいたんだけど」

「昨日遭遇しなくて良かった。アオを殺さずに済んだ。まあ、今までに何度かやり合ってるんだろうけどな。自我が生まれる前のことはノーカンだ」

「遭遇したモンスターの自我の有無はどうやって確かめるの?」

「確かめねーよ。そもそも自我があればあんな動きはしない」


 同じ場所をうろついているモンスターを見つめる。


「でも、生まれたてなら分からないじゃない」

「それこそ確かめようがない。ここを割り切れなきゃ、死ぬぞ」


 私は昨日同じ奴と二度戦った記憶がある。

 つまり一度目の戦闘で自我は生まれていたわけで。でも自分の意志で動き回れるようになったのは、二戦目の後からだった。


 自我の発生には、頭と体にタイムラグがあるんじゃないか?

 一定地点から動かないというだけで、自我はないと決めつけることはできない。

 確かめようもないけれど。


 「……善処する」


 割り切るしかないのは分かっている。今湧き上がってくる罪悪感は、慣れによる鈍感化が消化してくるのは待つしかない。


 ノアが気持ちは分かる、とでもいうように、私の頭をぽんぽんと叩いた。

 分かりにくいけど、ノアは意外と優しい。兄貴って感じだ。


「その装備は、新米プレイヤーが身につけているものと大差ない。つまり、このあたりのモンスターはその程度の防御力相手にダメージが与えられるように設計されているんだ。モンスターと戦う以上、プレイヤー並みの装備をしていないと一撃で死ぬぞ。情けをかけている場合じゃない。まあ、逆にこちらからのダメージは通りやすいがな」


 おぉ。そうか。調子に乗るところだった。反省反省。


「よし、説明はこれくらいにして、行くぞ」


 さっさと歩きだしたノアを慌てて追う。


「行くってどこへ?」

「あ? バトルに決まってるだろ。今日は盾を構えて防御に専念しろよ」

「分かった」


 ついに初バトルか。

 うぅ。ちょっとドキドキする。


 恐怖もあるが、モンスターと戦うというのも、まだ消化できていない。

 一声かけるのはどうかな? 「自我がある人手をあげて~」みたいな感じで。

 いや、もう少しカッコよく。「私はアオ、目覚めし者。自我を持つ者は投降しろ!」みたいな。

 うん。カッコいい。これで行こう。

 それでもって、防御しているだけでなく、私もちょっとは戦うんだ。なんでもノア任せっていうのは良くないよ。うん。


 考えている内に、ノアはしなやかな身のこなしで、五頭ほどで群れている黄色い豚モドキに近づいていく。私も遅れないように、必死で肢を動かす。私は二足歩行の方が楽だけど、四足歩行にした方が圧倒的に速い。急ぐときは四足だな。

 ノアは普通に二足歩行で走っていくんだけど。


「行くぞ」


 いよいよだ。

 私は気合を入れなおす。さっき考えた台詞をもう一度おさらいする。


 走りながら、ノアが背負っていた大剣を抜いた。

 私は盾を持つ手に力を込めて、大きく息を吸った。

 バトルが始まる!


「私はアオ! 目覚め…

 ズシャアアアアアア!!!!


 …………。


「え?」

「あ?」


 五頭いた豚モドキが、全滅していた。

 ノアの横薙ぎの一撃で。

 同時に視界も変化した。

 私たちを囲むように周囲に虹色の薄い膜ができたのだ。


「終わったの?」

「ああ。さっきなんか言ったか? 悪い、聞いてなかった」

「……ナンデモナイデス」


 なんだよ! めちゃくちゃ強いじゃん! 引くほど強いじゃん!

 さっきの脅しのような弱い発言はなんだったんだよ!

 っていうか、ズシャアアアアアアって、めちゃくちゃ怖かった。


「こっちに来い」


 呼ばれて豚モドキの死体に近づくと、死体の上に半透明のバーが出ていた。

 文字が書いてある。


【プチブーの肉】を入手しますか? YSE/NO

【プチブーの皮】を入手しますか? YSE/NO


「ドロップアイテムだ。取っとけ」


 YESを押すと、豚モドキことプチブーの死体が光の粒子になって消えた。


「周りを見てみろ」

「うん。膜がある。これは何?」


 薄い虹色の膜。

 シャボン玉の中にいるみたいで、ちょっとキレイ。


「外から断絶された空間だ。バトルが終わると常にこの状態になる。敵に遭遇する心配のない、貴重な時間だ。この間に素材の回収や休憩ができる。まあ七分間だけの楽園だ」

「意外と短いね」

「それがこのゲームのリポップタイムだ。俺たちはモンスターだから、一応リポップの対象なんだろうさ。どんなに傷を負っていようが、死にかけていようが、七分後にはHPもMPも完全復活する」


 素晴らしい! なんて素敵なシャボン玉!


 私はシャボン玉の膜に感謝のダイブがしたくなって、膜へと駆け出した。

 希望的予想では人を堕落させるクッションのように、ぼにーっとなる気がする!

 が、膜が逃げていく。


 むぎー! ダイブさせろー! きっと気持ちいいから!


 どの方向に追いかけても、膜が逃げて触れない。

 ぐるぐる走り回っていると、ノアが心底呆れた声を出した。


「俺たちを中心に膜も移動するから、触れないぞ?」


 先に言ってよ。残念無念だ。 


 ノアが言うには、一緒に移動できるのはメリットしかないらしい。

 どうしても強敵の横を通り過ぎないといけない場合などは、七分間の無敵時間を逆手にとって、少し手前で弱い敵とバトルして、無敵時間以内に強敵の横を走り抜けるという裏技にも使えるとのこと。


 このリポップタイムのことを、モンスターたちはこう呼んでいるらしい。


絶対時間(ゴッドタイム)』と。

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