邂逅
俺は松坂修吾。
大学生という名の引き篭もりだ。
中学高校は黒歴史。
本気で大学デビューを目指すなら、やっぱり地元の大学は避けるべきだったと気付いたのは五月早々だった。気付けばもう三年。
最低限の講義に出る他は、一日中家に閉じこもっている二十一歳男子。彼女なし。
家での時間は全てゲームに費やしている。
『ベル・ウェスタリオ』
俺の世界は現実よりも、このゲームの中にあると言っても過言ではない。
だが、ゲーム中でも俺はボッチだった。
ソロ専と言えば聞こえが良いが、ギルドに馴染めず結果一人で行動しているだけだ。
数日前、別アカの低レベルの女キャラで遊んでいたら、頭に花を咲かせた馬鹿が近寄ってきた。気晴らしにネカマに徹っしているが段々ウザくなってきた。
が、先日は興味深いことがあった。
女キャラで馬鹿の相手をしてヤーミカッタを歩いていたら、樹上に女の子がいたのだ。
木登りなんてスキルは聞いたことがない。
不人気職の鋼鎖なら可能かもしれないが、彼女はテイマーだった。
側にウサギとモグラ(ディクナル)がいたから間違いない。
「何のスキルだろう。また未知のスキルが実装されたって事だよな」
パソコンを立ち上げ検索するも、そんな情報は上がってなかった。
そもそもベル・ウェスタリオはAIが運営している。
知らないうちに新しいスキルやアイテムが、ガンガン実装され、何のアナウンスもないなんてザラだった。
寧ろ、その新要素を探して見つけるところに面白さがある。
新要素を見つけた奴が、律儀にネットに情報を流すとは限らない。
「まあ俺も、新要素見つけても態々広げたりしないもんな」
あの子もきっとそうなのだろう。
一人で見つけて、一人で楽しんでいる。
「ソロ専かな」
本当は声をかけたかったが、馬鹿が邪魔だった。
聞けば教えてくれる相手だろうか。
息を潜めていたところを見ると、スキルのことは隠したがっているのかもしれない。
「……見に行ってみるか」
――――――――――
メインキャラに変えてヤーミカッタに入った。
先日の場所に近付くと、先客がいた。
ソロプレイヤーが野良雑魚に絡まれてる。
たどたどしい動きを見るに、ルーキーのようだ。
うーむ。
邪魔だ。
このままじゃ数分でヤられるのは目に見えている。
それまで待てばよいだけの話ではあるけれど……。
「……仕方ない。ウインドカッター」
放った風の刃は、真っ直ぐにディグナルの頭部を吹き飛ばした。
プレイヤーが驚いてこっちを振り返る。おいおい。背中ガラ空きだぞ。
「ウインドカッター」
残りの数体を屠り、バトルを終了させる。
目礼だけして横を通り過ぎようとした俺に、プレイヤーが頭を下げてきた。
「ありごとうございます」
「いえいえ。ヒール」
ついでに回復してやると、深々としたお辞儀が返ってきた。
「返す返す、ありがとうございます」
「いえいえ。では」
こちらから別れの言葉を口にすると、プレイヤーはもう一度頭を下げてから立ち去って行った。
よくあるベル・ウェスの風景だ。
「さて」
プレイヤーが完全に立ち去ったのを確認して、俺は樹上に視線を転じた。
……いた。
少し離れた場所で、先日の少女が木の上からこちらを見ていた。
キレイな少女だ。実に上手にキャラクリしている。巻角なんてアタッチメントは初めて見たけど、健康的な彼女にはよく似合っている。
視線があうと、少女はひどく狼狽した。
そんな不審者に見えるかな。いや、木登りスキルを隠しておきたいのか?
「……こんにちは」
リアルではコミュ症でもゲームの中なら、俺だってこれくらいは言えるのだ。
返事はこない。ただ酷く警戒しているのは分かった。
「……テイマーですよね。どうやって木に登ってるんですか? 新スキルですか?」
かなり不躾だが、それを聞きに来たのだから仕方ない。
これで無視されたら、頭を下げて帰ろう。
そう考えていると、少女がオドオドした感じで首を傾げた。
「テイマー?」
「うん? だってモンスター連れてるから」
「ああ」
少女はモンスター達と視線を合わせてから、
「……何か御用でござるか?」
と言った。
「……」
俺は営業スマイルをキープしたままフリーズした。
ござる。
うん。中身は男で決定だ。
キャラ設定に凝るタイプの人らしい。
このタイプは理想の女性像をキャラに投影している場合が多いから、キャラに関して触れることはタブーだ。
触らぬキャラに祟りなしだ。
「突然すみません。俺はシュウ。前に君が木に登ってるのを見かけて、気になっていたんです。それスキルですか?」
「……」
返事はない。というか、木から降りてくる気はなさそうだ。
「良かったら、木登りの仕方を教えて貰いたくて。もちろん、君が知りたいことがあれば、交換で何でも教えます」
ベル・ウェスでは情報が何より大事だ。重要な情報は売り買いされる。リアルマネーでもだ。一時期それが問題になったこともあったほどだ。まあそんなのは一部の奴らで、情報やゲーム内のアイテムと交換したりするのが普通だ。
なので俺のこの提案は、決して失礼な物ではない筈だ。
少女はまたモンスター達と視線を合わせた。余程ペットを気に入っているらしい。まるで話でもしているように見える。いや、本当にそういうキャラ設定なのかもしれないな。
ここもスルーだ。
「……本当に、何でも聞いて良いござるか?」
「俺の知ってる事なら答えますよ」
「……モス」
「はい?」
「小生の名でござる。君、ではござらん」
モスは少し頬を染めて、唇を突き出した。
ふむ。これが本物なら可愛い。だが騙されるな。これは養殖だ。ガチガチの作り物だ!
「じゃあモス。何か質問はありますか?」
「さっきプレイヤーを助けていたのを拝見したでござる。あの者とは知り合いだったのでござろうか?」
「ん? いや、ただの通りすがりですよ」
「……でもパーティを組んでいたのでござろう」
「いや?」
何でこんな事を聞くんだろう。意味がわからない。
そう思っていると、モスは何故か、物凄くショックを受けた顔をした。
「パーティを組んでいなくても、バトルに途中から参加できるのでござるか?」
「そうだよ。……知らなかったんですか?」
モスがのけぞった。
ガーン、という効果音がつきそうなほど、青ざめている。
多分あれだ。中身は子供だな。パーティ絡みで前に嫌なことでもあったんだろう。
でもこの調子なら、無理に敬語を使う必要もないか。
「あー、で、聞きたいことってそれでいいのかな?」
「あ……そうでござる。木登りの仕方、でござったな」
「うん」
「木の節目に足をかけて、登るだけでござるよ」
それが出来れば苦労はしない。
一応、言われたように節目を見つけて足をかけようとしてみたが、全然ダメだった。
どう考えても、登れる仕様になってない。単なるマテリアルだ。
「難しいなら、蔦をよじ登れば良いでござる。そこに丁度良い感じの蔦があるでござるよ」
蔦はある。
うん、びくともしない。
「無理っぽいな。やっぱりスキルなんじゃ?」
「多分違うでござる。小生は初めから出来たゆえ」
嘘をついているようには見えない。
「そっか。よく分からんが、モスの特性っぽいな。諦めるよ」
「申し訳ござらん。役に立たなかったようでござる」
モスがしゅんとした。
うん、騙されるな。中身は男子中学生だぞ。
でもなんか、やけに保護欲を刺激する子だな。
このまま一人でプレイし続けると、嫌な目にあったりしないか心配だ。
うーん。
俺は、テキストチャットを呼び出すと、個チャを送った。
「これは?」
「俺のID。何が困ったことがあったらメッセして。レベル上げに付き合って、とかは駄目だぞ」
モスが目を丸くした。
「ここは順番通りに進めていけば、きちんと強くなるよう設計されてるからな。面倒くさがらずちゃんと攻略していけば、人に頼らなくてもソロでそこそこやっていけるようになるよ」
「そう……でござるか」
「ソロのネックが情報不足だからな。分からないことがあったら頼ってくれて良いよ」
なんか俺、イタくないかな。
急に上から目線になって、気持ち悪くないかな。
いや、だって中身中学生でしょ。
自問自答していると、モスは初めて穏やかに微笑んだ。その目には先程までの警戒や嫌悪ような物が消えていた。
「感謝するでござる。シュウ殿。では、小生はこれにて」
モスは樹上で一礼すると、蔦を伝って、あっという間に飛び去って行った。




