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烏兎匆々とマインちゃん

 翌日私たちは、二つにパーティを分けた。

 私とモス。ブランとリディスだ。


 最初にモスが二人をカエルにする。それからお互いに毒玉、痺れ玉、煙玉なんかを投げ合って、複数の状態異常にはめる。ブランは流石に耐性スキル持ちなので、異常のかかりが悪いみたいだ。


 ブランは回復薬を使って、その異常を解除して、リディスとモスはそのまま放置だ。痺れたままなので動けないで少し可哀想だ。


 二人が痺れてる間に、私がブランをもう一度状態異常にする。


 そんな繰り返しの中で、私は早速烏兎匆々(うとそうそう)を発動してみた。


 心持ちみんなの動きが少し早くなったような気がする。

 といっても、みんな痺れてるからあんまり動かないんだけど。時折ビクンッと痙攣する感覚が短くなったような。


 私は一旦解除して、唯一動けてるブランに声をかけた。


「ブラン。ちょっと手を上げ下げして」

「ん? こうか?」

「そうそう。そのスピードをキープしててね」


 ブランが短い手を上げ下げしているのを見ながら、私は烏兎匆々を再度発動した。


「おお。早くなった。二倍速までは行かないけど、一.五倍くらい」

「そうか? 俺の動きは変わってないぞ? というか、アオの口調が少し遅くなった気がするぞー」

「え? そうなの? 解除」


 解除すると、ブランの手の動きは元のスピードに戻った。

 

 そうしてる内に二人が復活したので、また最初から繰り返す。


「今度はアオが手を動かしながらやってみろよ。見ててやるからさー」

「分かった」


 ブランがしたのと同じように、私は手を動かしながらスキルを発動した。


「どう?」

「遅くなった」

「えー。これってみんなにヘイストをかけるんじゃなくて、私にスロウをかけるスキルなのかな」

「いやそれなら、俺たちの動きが早く見えることはないだろー」

「むしろ、アオだけ違う時間の流れの中にいるんじゃない?」


 リディスが復活したので、解除する。

 リディスは自然回帰がレベル2なので、少しだけ復活までの時間がモスより短い。


 二人に協力して貰って、今度はカウントをとりながらやってみた。


 二人の一分が私の四十五秒と同じだった。

 うん。私だけ、遅い時間の中にいる。


「意味ないわね」

「メリットが見当たらない」


 だよね。

 でもまあ、やる事もないし、取り敢えずレベルだけ上げておく事にする。

 みんなに毒玉を投げる隙間で、発動、解除をひたすら繰り返した。


 発動、解除。発動、解除。


 一秒に一回くらいのペースで、どんどんスキルを連発していく。

 みんなが用意してきたアイテムを使い切る頃には、烏兎匆々はレベル2になった。


【烏兎匆々】 レベル2 周囲の時間を上限二倍まで加速させる。加速時間は任意に設定できる。


 なんか機能が増えたけど、やっぱり使えない。


 アイテムを全て消費してしまったので、また素材集めからやらなくちゃいけない。

 脱兎でバトルを終了させて何となく採取ポイントに向けて歩きながらお喋りをする。


「これ。思ったよりアイテム消費するわね」

「あんなに用意してきたでござるが、もうなくなってしまったでござる」

「俺はレベル上がったぞー」

「あんたが一番アイテム消費してんのよ!」

「う。仕方ないさー」


 その時、私の気配探知に引っかかる音がした。

 周囲に目を走らせる。

 

「プレイヤーがいる!」

「どこ?!」


 私は手を当てて、耳を凝らす。


「三百メートル先くらい。二人組だ。こっちに来る」

「みんな木に登って! やり過ごすわよ」


 リディスが飛翔しながら、叫んだ。

 樹上でパーティを組み直し、チャットモードに切り替えた。私は忍び足を発動する。そうしている間に、プレイヤーが目視できるほどに近付いてきた。


「カイン君。ありがとー。おかげでやっとストーリー進められるわ」

「一人でやると結構苦労するからなー。まあヌルゲーじゃないトコロが面白いとこでもあるんだけどさ。次はすぐ進む?」

「そうしたいけど、まだレベルが足りないの。暫くはまたレベル上げだー」

「じゃあサクッとレベル上げようぜ。この先に賞金首いるから」


 どうやら男女の二人組らしい。

 女の方は駆け出しみたいだけど、男は聖騎士装備をしている。レベル99の装備だ。


 樹上でみんなと視線を合わせる。

 エンカウントしてしまったら、間違いなく瞬殺される相手だ。


「賞金首なんて私まだ無理だよ!」

「平気平気。マインちゃんは見てるだけでイイから。一気にレベルあげてやるからさ」

「そんな上げ方してイイのかな?」

「遠慮はいらないって。何でも頼ってくれていいよ。本当は設定とかイロイロいじってやりたいところなんだけど。……マインちゃんってどの辺に住んでるの? 俺は山梨」


 ヤマナシ。多分神の国の地名だ。


「あはは。えっと、レベルってやっぱり早めに上げた方がいいの?」


 あれ。マインちゃんスルーした。


「……そりゃそうさ。言っとくけどレベル99からが本当のベル・ウェスだぜ。レベルが上がれば装備も強くなるからな。雑魚なんて一撃になるし、ギルドのみんなも素材集め手伝うし。そうだなー。マインちゃんはヴァルキリー装備なんか似合うんじゃね?」

「そっかぁ。じゃあ頼りにしてるね?」

「任せとけよ」




「……」

「……」

「……ヴァルキリーって、エロいのよね」


 リディスが半眼で見下ろしながら溜息をついた。


「そうなの? マインちゃんは分かってなさそうだったね」

「あの二人って、神の国でも知り合いなんかな?」

「どうなんだろうね。住んでいる所聞いてたから違うんじゃない? でも後輩の育て方がノアとは全然違ってた」

「真逆だったな」

「あれが地雷製造機でござるよ」


 モスが生ゴミでも見る目つきで言い捨てた。

 前から思ってたけど、モスって仲間以外には辛辣なところあるよね。


「モス、プレイヤーを恨まず、だよ」

「分かっているでござる。小生が気に入らないのは、あのヌルイ考え方でござるよ」


 すっかり見た目だけ可憐な女の子になったモスが、樹上から唾を吐いた。


「モス! 気づかれる!」

「気付くわけないでござる。あの男の頭の中は、今花が咲いてるでござるからな」

「……モス」


 リディスがにっこり嗜めた。が、こめかみに青筋が立っている。笑顔で怒るリディス、怖い!


「はっ! ……面目ないでござる。小生、軽佻浮薄(けいちょうふはく)な男を見ると吐き気がするでござる。それだけでござる!」


 モスはしゅんっと項垂れて、悔しそうに唇を噛んだ。


「何より腹立たしいのは、あんなのに小生は歯が立たないという事実でござる」


 拳をぎゅうっと握りしめているところをみると、本当に悔しがっているのが分かる。

 モスは負けず嫌いなんだな。

 だからあんなに強いんだと思う。負けず嫌いは自分にも厳しいから。弱い自分を許せなくて、努力する。自分の限界を決めないしつこさが、一段上に自分を押し上げるんだ。


「まあ、そこはちょっと悔しいけどなー。でもよ。ああやって、ゲーム以外の楽しみを見つけてくれるプレイヤーのおかげで、このベル・ウェスタリオは繁栄出来てるんだからさー。感謝だぞー」


「そうよ。それにああ言った手合いは、あんまり雑魚に手を出さないのよ。大型とかクエストとかばかりだから、私達を見かけてもスルーしてくれる事が多いわ。まあ、お得意様ってところね」


 二人のプレイヤーは北に向かって、森の奥へと歩いて行った。

 マインちゃん達の気配が完全に消えてから、ブランは大きな伸びをした。


「俺はちょっと嬉しかった。プレイヤーって怖いだけの存在って気がしてたけど、ちゃんと自我のある生き物なんだって実感できたよ」

「そうね。さあ、私たち雑魚は雑魚らしく、素材集めでも行きましょう」

「そしていつか、カイン殿をぶっ倒すでござる」

「モス!」


 モスは悪びれもせずに、大きな胸を張った。


「敵が強いほど、ゲームは面白いものらしいでござるよ」


 モスが本気の下剋上を狙ってる。

 胆力あるな。流石次期エース。


 苦笑いするみんなの中にいて、私は一人、少しドキドキしていた。


 気配探知を持っている私だけが気付いた事実。


 去り際、マインちゃんは何度かこちらを振り返っていた。

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