アリシュタ戦
沼に浮かぶ島まで泳いで行く。
島の側面は岩盤になっていて、その一部が丸く口を開けていた。
穴を覗き込めば、暗い洞窟が奥へと続いているのが見えた。殆ど水没していて、辛うじて人の肩から上くらいが通れるような感じだ。
頭だけを水面に出し、泳ぎながら洞窟へと入った。
狭く、真っ暗な洞窟を進んで行くのは、まさに今から冒険が始まるよ、という雰囲気がして、自然とテンションが上がってきた。
水からあがると、前方から明るい光が見えてきた。
説明では、あの光のある場所がアリシュタの寝床らしい。
私はブルブルと身体を震わせて、水を飛ばす。
「ノア、悪い笑いしてる」
「そうか? まあ、久々だしな」
「マズイでござる。ドキドキしてきたでござるよ」
「わ、私も。頑張ろうね」
手を繋いで進んだ先には、洞窟の中とは思えないような、明るい広場があった。
そしてその中央に、大きな牛のモンスターがいた。
水牛のような大きな角に鋭い蹄。四つ足でも高さはノアの倍くらいある大きさだ。金色の瞳がギョロっとこちらを見た。
直前にみんなでホットドッグを食べて防御力を底上げする。
一番緊張しているのはブランだ。
「心配するな。俺とリディスで速攻でHP削ってやるよ。ブランはタゲをキープする事に集中してろ」
「わ、分かった」
大きく深呼吸する。
「じゃ、行くぞ。みんな頼むなー」
緊張したら面持ちで、一番槍を取りに走り出したブランの背を追いかける。
開戦だ!
ブランが挑発を一発入れる。タゲが固定されたのを確認して、私は攻撃を開始した。
今回の主力はノアとリディス。リディスはみんなの支援はせずに、後方からの攻撃に専念する。
私は勢いよく、ダガーをアリシュタの前脚に振り込んだ。
―――攻撃が通る! 赤目ゴブリンよりずっと柔らかい!
私はどんどんダガーを振り回す。
その時、アリシュタが身震いした。
「引け!」
ノアの号令で一斉に数歩後ろに飛ぶ。
次の瞬間、アリシュタは大きくのけぞって、前足を持ち上げた。
ドォン!
その場に勢いよく、前足を叩きつけた。通常攻撃の一種だけど、食らうとダメージと一緒にスタンにされるやつだ。
―――ちゃんと避けれた。うん。動けてる!
どんどん攻撃を叩き込む。
少し余裕の出てきた私は、横目でチラッと皆を観察した。
ノアは、もう悪役としか思えない笑顔になってる。
一番大ダメージを与えているのはリディスだ。脚しか狙えない私たちと違って、リディスは直接頭を打てるからだ。
DPSはノアが上だけど、一撃の重みはリディスの勝ちだ。
二人がガリガリ削っていくから、ブランはタゲをキープするのが大変そうです。顔にいつもの余裕がない。
お二人さん、少しはブランの事も考えてあげて。
モスは……めちゃ強い。
モスの武器はナックル。攻撃スタイルは全身のバネを使った空手技だ。全然普通のゲコゲターっぽくない。
ノアのバトルもカッコいいけど、モスは違ったカッコ良さだ。連続で拳を叩き込む姿は修行僧みたいで、惚れちゃいそう。
「来たでござる!」
モスの叫び声で我に返ると、アリシュタが後ろ足を蹴っていた。
―――やばい! 突進だ!
慌てて距離を取る。
ギリギリで避けた視線先でブランが転がっていた。が、すぐにシャモアがポーションを投げた。
「シャモアごめんな!」
「問題ない」
ブランが剥がれたタゲを取り返すのを待って、私はさらに追撃を加える。
どうやら半分削ったようだ。ここからは大技の連発になるらしい。回避と回避の間に、コツコツと削っていくしかない。
出来れば大ダメージを与えられるような大技が欲しいけど、残念ながら私は攻撃スキルを持っていない。
唯一『烏兎匆匆』という、周囲の速度を上げるという意味不明な物はあるけど、意味不明過ぎて使っていない。
自分が早くなるなら分かるけど、敵も含めて自分以外が早くなってどうするって話だ。そもそも攻撃じゃないし。使えない。
「連撃・水蓮!」
「縦一文字!」
「ウィンドアロー!」
みんな何やら厨二っぽい技名を叫びながら大ダメージを狙いに行ってる。
う、羨ましくなんかないんだからね!
私は一人寂しく通常攻撃でチクチクやるしかないの。
アリシュタが身震いするのを見止めて、距離をとる。次の瞬間、アリシュタが視界から消えた。
「上だ!」
アリシュタが宙に飛び上がっていた。物凄い跳躍だ。あの高さからダイブしてくる巨体は脅威だ。
私は教わった通りに、空中のアリシュタと、地面に落ちる影から落下地点を予想して逃げ回る。
ドオオオオン!
「今だ全力で叩きこめ!」
落下したアリシュタは、少しの時間ダウン状態になる。ほんの少しの間だけど、頭部への攻撃が出来る貴重な機会だ。このチャンスに一気に追い込む! チクチク。ううう。私はここでも役立たずだ。
「ちょ、お前ら少しは手を抜けっての。タゲがとれねー」
「もう少しだ、このまま押し切れ!」
「無理だろ?!」
ブランが必死に挑発を連発して、何とかタゲを取り返す。
が、すぐにノアに取られる。タゲを取ってしまったノアは、アリシュタにぼこぼこ殴られながら、嬉しそうに攻撃を続けている。ブランが慌てて挑発を連発する。
もうこれは、アリシュタ戦じゃないよ。ノアとブランとの戦いだ。
「これで最後だ!」
ノアが高らかに宣言しながら、スキルを叩き込もうとした時
ビシイイイイ!
アリシュタの額を、矢が貫いた。
瞬間、絶対時間に入る。あれ? 一番おいしいトコロ、リディスが取っちゃった。でもリディス、グッジョブだ。ノアは少し頭を冷やした方が良いと思う。
「……」
「……」
留めを逃したノアが、恨みがましくリディスをねめつけた。
「全く、熱くなっちゃって。ブランに謝りなさいな」
「そうだぞー! ちっとは火力差を考えろよなー」
ノアは白けたように大剣を背中に戻した後、
「良い練習になったろ」
とニヤリと笑った。
私に脳筋って言葉を教えてくれたの、ノアだったよね?




