カラフルネーム
「プレイヤーはオキャクサマ!」
う……。少し恥ずかしい……。
ノアたちの視線が痛い、気がする。残念な子を見る目になっているような……。
思わずウサギ耳で顔を隠して俯いてしまう。
ん?
その時ふと、足元に違和を感じ視線を下げた。
もこもこもこ。
両肢の間の土が、少し動いている。
と思ったら、いきなり地面に穴が開いて、中からモグラが顔を出した。
「うぇ?!」
顔だけ出していたモグラは、丸っこい体をのそのそ動かして、穴から出てきた。
二足歩行だ。身長は百二十センチほど。デニムっぽいツナギを着ていて、ゴーグルをつけている。
モグラはポンポンと身体についた土を払うと、口を開いた。
「話は終わったのか?」
あ、やっぱり喋るよね。意外に高い声。ちょっと少年っぽいのんびりした喋り方だ。
「うん~。今終わったところよ。出来た?」
「おう! 一人増えるかもだろ? 少し広めに作っといたぞ」
「ありがと~」
リディスは軽く礼を言うと、ひらひらと穴の中へ入っていった。
「あ、えっと?」
「俺はブランジュ。ブランって呼んでくれ。お前仲間になったって事でいいんだよな?」
モグラ、もといブランが元気よく近寄ってきた。なんか、弟みたいでかわいいなこいつ。
「そうだ。続きは中でやるぞ」
ノアが不愛想に肯定し、顎で地面に空いた穴を指した。
飛び込む、んだよね?
リディスみたいに飛べないんだけど、怪我とかしないかな。
おそるおそる中を覗くと、穴の中には下へと続く階段があった。
「階段だ」
「すげーだろ? 今日は特別な。いつもは飛び込むんだぞ?」
「私の為?」
「初心者だからな」
へへん、とブランが胸をはった。
ゴーグルで表情は分かりにくいけど、たぶん今ドヤ顔だ。
「ありがとう」
「どういたしまして。さあ入れよ。そろそろ夜になる」
中は四角い空間になっていた。結構広い。十五帖くらいありそうだ。壁も床も土だから洞窟みたいな感じだけど、しっかりした居住スペースだった。
「すごい。ブランが掘ったんだよね?」
「そうよ~。ブランのおかげで夜ゆっくり眠れるの」
おぉ。それは有難い。寝ずの番とかしなくていいんだ。
でもさっきの穴が誰かに見つかったら? と思ったが穴はちゃんと塞いでいるとのことだった。
「ブランで仲間は全て?」
「そうよ。今は全部で四人。前はもっといたんだけどね」
リディスの声が少し沈んだ。前の仲間はどうなったんだろう。
聞くまでもないな。野良モンスターの本来のお役目を果たしたのだろう。
「話は飯を食いながらだ」
部屋の真ん中で、ノアが薪を組んで小さな焚火を始めた。
――――――――――――――――――――
食事は、肉だった。あと少しの野菜。
肉をただ、焚火で炙っただけ。調味料もなし。
正直、美味しくはない。というか不味い。
「とりあえず名前を決めなきゃな。希望はあるか?」
ノアが肉にかじり付きながら聞いてきた。
名前か。みんなは、ノア、ウィリディス、ブランジュ、シャモアか。
「ノアとブランは色なんだね」
「ああ。手っ取り早いだろ。だから特に希望がなければお前はピン……」
「嫌」
くい気味に拒否権発動!
「どうして? 可愛いじゃない、ピンク」
「可愛すぎる。とにかく嫌」
「言い方を変えれば素敵になるわよ。私もグリーンってダサくて嫌だったからウィリディスにしたのよ。素敵でしょ?」
「それも緑って意味なの?」
「そうよ。どこの言葉かは知らないけど。そうねぇ。ローズとかどう?」
「却下」
「どうして~? とっても素敵よ」
「ローズ、いい」
「いいじゃん、ローズで!」
「早く決めろ」
やばい。このままでは勢いに負けて、お花畑のような名前になってしまう。
そんな乙女な名前、冷や汗ものだ。うーんうーん。名前……。色……。
「アオ!」
苦し紛れに叫んでみたが、意外としっくりきた。アオ。うん。いいんじゃないかな?
「全然青くねーじゃん」
「紛らわしい」
「そうよ~。もっと可愛い方がいいわよ」
「アオ! もう決めた。ほら、目が青いでしょ?」
適当に言ってみる。
「……いや、金だぞ」
そうなんだ。まぁ、鏡も見てないしね。
無事に「アオ」という名前を勝ち取ったことに満足している私の前で、ノアが「ステータス」とつぶやいた。
次の瞬間、ノアの前に半透明の四角い画面が現れた。
「何それ?」
「名前がついたから、アオにもできるぞ。ステータスと唱えてみろ」
「ステータス」
唱えた途端、私の前にも同じ画面が現れた。青味がかったガラスのような感じだ。
何か書いてある。
一番上の文字は
NAME アオ(暴れウサギ)
おぉ。ちゃんと名前がある。
他にはどんなことが書いてあるんだ? ふむふむ。
画面の文字に視線は走らせようとしたとき、ポンっという機械音がして、目の前にポップアップウィンドウが現れた。
《ノアさんから貴方にフレンド申請が来ています。フレンド申請を受けますか? YES/NO》
わぁ。なんか嬉しいぞ。もちろん『YES』だ。
ポンッ
《ノアさんとフレンドになりました》
ポンッ
《ウィリディスさんから貴方にフレンド申請が来ています。フレンド申請を受けますか? YES/NO》
ポンッ
《シャモアさんから貴方にフレンド申請が来ています。フレンド申請を受けますか? YES/NO》
ポンッ
《ブランジュさんから貴方にフレンド申請が来ています。フレンド申請を受けますか? YES/NO》
「わわわ。ちょっと待って。えっと、YES、YES、YES!」
フレンド登録を終えると、フレンド欄にみんなの名前や情報が記載された。
ふむふむ。ノアはレベル42なのか。リディスが36、ブランが18、シャモアが9か。結構バラバラなんだな。で、私は……1ですか、そうですか。よわっ。HP69か。一撃で死ぬな。プレイヤーに襲われて生き残った私、マジラッキーラビット!
「私、弱いね」
「だな。レベルをあげてHPを増やすことが急務だな。だがその前に」
言ってノアは、自分がつけていた細いチェーンで出来た首飾りを外した。ペンダントヘッドのように、先端にレトロな鍵がついていた。
差し出された首飾りをまじまじと見つめる。
黄みがかった金属の鍵だ。持ち手の先端部分はクローバーのような形状になっていて、透かし彫りで、唐草模様が施されている。とてもきれいな、けれど古ぼけた鍵だった。
だがこの鍵は、何とも言えない違和感があった。これだけ妙にリアルというか、重量感や質感、表面温度まで、全てが精巧で異質だった。十二色で描かれた絵の中に、一つだけ二百五十六色で描かれた物がある。というような感じだ。
不思議と神聖さを感じた。
「それを両手で持って、今から言う言葉を復唱しろ」
見回すと、ノアだけでなくみんなもどこか、神妙な顔をしてこちらを見ていた。
私は言われたとおりに、、両の掌で包み込むように鍵を持つと、自然と目を閉じた。
「私は仲間を守り、信じ、決して裏切らない」
「私は仲間を守り、信じ、決して裏切らない」
「プレイヤーを恨まず」
「生を諦めず、世界を味わい」
「この知識を紡ぐことを誓う」
復唱を終えて瞼を持ち上げると、優しく笑う仲間の顔があった。
「歓迎する」
ノアの端的な言葉の後に、みんなが陽気に全身で歓迎の意を示してくれた。
「やったぜ! よろしくなアオ!」
こちらこそ、ってちょっと重い! おいモグラ上から降りて! 首絞めないで!
「うふふ~。女の子の仲間久しぶり。仲良くしましょうね」
私、やっぱり女(雌?)なのかな? ウサギだし、よくわかんないな。
「子分、はじめて。待ってた」
いや、子分じゃねーよ!