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ヤーミカッタの森へ

 私のレベルが上がったので、次のフィールドに進むことになった。


 私は慌ただしくゴブリンブートキャンプを終わらせて、次のフィールド、ヤーミカッタの森を目指す。ちなみにシャモアもしっかりレベル15になったらしい。


 平原の終点には、前回も見た大きなクリスタルが鎮座していた。


「アオ、シャモア、触っとけ」


 言われるがままにクリスタルの根本に触ると、電子音が響いて


〈ツティーシニー平原を登録しました〉


 というメッセージが流れた。


「これは転移クリスタル。一度触れたクリスタルには、どこにいても一瞬で転移できる。見かけたら忘れずに触っとけ」

「転移? すごい便利!」


 私が飛び上がって喜ぶと、ノアが冷静に付け足した。


「単なる便利な移動手段としてだけじゃなく、危険からの脱出時にも利用できる。今後仲間とはぐれたり、どうしようもない危機的な状況に陥った時は、ここに転移しろ。最弱のフィールドだからな。この世界で一番安全だ。あ、バトル中は転移できないからな」


 その最弱のフィールドですら、一度死にかけた。

 これから先に進めば、危険はさらに強くなっていくのだろう。そう思うと、背筋の伸びるものがあった。


 私は特に買う物もなかったけど、何となく行商人に声をかけた。


「蛙の涙は買ったかい? ここから先は強力な敵が出てくる。準備はしっかりしておきな」

「はい。頑張ってきます!」


 ビシッと敬礼で応えると、ブランが呆れ顔をした。


「だから、返事しても無駄なんだって」

「いいんだよ。激励してくれていると思うと、ヤル気出るじゃん」


 私たちはこれから、レベルを上げながら、フィールドを渡り歩いていく。ツティーシニー平原とはこれでお別れだ。


「見納めになるかもしれない。よく見ておけ」


 ノアも目を細めて、朝日に光る平原を眺めていた。


「また戻ってこれるよ。生きてさえいれば」

「だな」


 私は平原の風を胸いっぱいに吸い込むと、身体を二つに折ってお辞儀した。


「長らくお世話になりました。行ってきます!」


 生まれ故郷を後にして、いざ、新しい世界へ!

 れっつごー!



――――――――――



 小鳥の囀りが聞こえ、木漏れ日と共に優しい風が吹き抜ける。そんな想像は裏切られた。


 ヤーミカッタの森は、鬱蒼としていて、薄暗くじめっとしていた。あちこちに泥濘(ぬかるみ)があり、自慢のピンクのもふもふを汚される。


「なんか、恐ろしげな場所だね。本当にブランってここ出身なの?」

「そうなんだよなー。モグラの他は、ヒルとカエル、あとゴロツキだぜ。まともなの俺だけだよなー」


 ゴロツキとは人間タイプのモンスターらしい。人間なのに、モンスターなんて変なの。早く倒さなければ、お金を盗まれるのだそうだ。


「今日はどうするの? 引っ越し当日だから、採取だけにしてバトルはやめておく?」

「えー。バトルしようよ。私早く強くなりたいもん」

「バトルは良いけど、アオ。あの開幕早々の『私はアオ!』っていうのはどうにかならないの?」


 五人でパーティを組むようになって、私の名乗りもみんなが知る所になった。ドン引きされている。けど辞めるつもりはない!


「自己満足なの。我慢して」

「自己満足って分かってるならやめろよなー」

「あれを言わなきゃ、わたし戦えないもん。相手に自我があるかもって考えながら戦えない」

「気持ちは分かるけどね」


 リディスがひらひらと飛んできて、私のほっぺにキスをした。


「アオは優しいのね。仕方ないから我慢してあげる」

「えへへ。ありがと」

「じゃあ、シャモアとアオにマップを説明しながら、エンカウントした敵は倒していこう」


 森には結構大きな沼があるエリアと、洞窟、それにキャンプができる広場があった。


「あそこを見ろ」


 ノアが沼の奥に浮かぶ小島を指さした。半分水に浸かるようなカタチで、ぽっかり穴が空いている島だった。


「あの中に、ストーリー上の最初のボスがいる。オープンクエストでボスが配置されることも多い場所だ」

「だから沼には結構プレイヤーが来るのよ。あんまり近づきたくないわ」


 ヒルはブラッディという名前で火弱点。『吸血』という気持ち悪いスキルを使ってくる。

 カエルはゲコゲターといって、雷弱点。舌を使った攻撃が厄介だ。


 森の木には蔦が伸びているものも多い。結構頑丈そうな、ロープみたいな蔦だ。

 試しに引っ張ってみたが、途中で切れたりしそうになかった。


 うずうずする。


 いや、ダメだよね。分かってるよ、周囲への警戒を怠ったらダメだよね。……でも、ちょっとくらいなら、良くない?


 冒険心に逆らいきれず、私はぴょんぴょん木を登った。枝に立つと、いい感じの蔦を握り込む。そして数メール離れた木へと思いっきりダイブした。


「アーアアー!」


 振り子の原理で、蔦をロープに別の木に飛び移る。気持ちいい!


「何やってんだ?」

「ジャングルに来たら、普通やるでしょ?」

「いや、森だからね!」

「いいなそれ! 俺もやるぞ!」


 ブランもヨジヨジ木を登ってきた。


「アーアアー! おお! これ楽しいな」

「でしょ? さいこー! アーアアー!」


 木から木へ、飛び回っている私たちを、ノアが冷めた目で見ている。


「何やってんだ、あいつら」

「まあまあ。考えようによってはいい移動手段かもよ? ここには飛行系のモンスターはいないから、エンカウントの心配もないし」

「確かにな。俺も練習しておくべきか」

「……ノアも実はやりたいだけでしょ」


 空を飛べるリディスとシャモアを樹上に待機させ、私達徒歩組はみんなでアーアアーの練習だ。そう、練習。断じて遊びではない。


「アーアアー! あ、あそこに池が見えるよ」

「聖水の泉だ。採取しに後で行くぞ」

「はーい」


 風を切るスピードが堪らない。目まぐるしく動く景色も心が躍る。


「いやっふー」


 笑顔全開で飛んでいた私の右側に、動く影が見えた。ブランかな、と思ってなんとなく顔を向けると、すぐ真横に私同様に蔦にしがみついてアーアアーをしているカエルがいた。


「へ?」


 空中で、一瞬時間が止まったような気がした。

 止まった時間の中で見つめあう。カエルは大きく目を見開いて、冷や汗を流していた。


「ケロ」


 カエルはすぐに別の蔦に飛び移ると、反対方向に飛んでいった。


「え? え? ちょっと待って!」


 カエルって飛ぶんだっけ?

 私は呆然と、カエルが飛び去った方角を眺めた。

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