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目覚めし者たち

ゆっくりお付き合いいただけると嬉しいです。

……なんなんだっ


 広大な草原の中を駆け抜ける。


 当たる草木が腹の傷を叩くのも気にせずに、ひたすらに逃げる。

 落ちる血は、もはや致死量に達そうとしていた。



……いったい()()()はなんなんだ。不死身だとでも言うのか。


 確かに殺したはずだった。


 それも、つい十分ほど前の出来事だ。


 ()()()を引き裂いた感覚も、身体が消え去る瞬間もリアルに覚えている。それなのに、あいつはまた現れ、何事もなかったかのように殺戮を再開した。


 こうして逃げていても、楽しげに殺戮を繰り広げるあいつの顔が脳裏に浮かんできた。その度に私は、叫び出しそうになる恐怖に突き動かされるように、しゃにむに足を動かした。


 逃げ続けた私は、ついに地面に倒れ込んだ。

 身体がもう動かない。地面に広がる自分の血の温かさを感じながら、霞ゆく視界の中、空を眺めた。


……悪魔だ。あいつは……


 私は意識を手放した。




――――――――――――――――――――――――





 目を開けると、男が覗き込んでいた。


「気が付いたか。()()はあるか」


 褐色の肌に金の瞳。二十歳くらいだろうか。暗褐色の頭には獣の耳がある。


……私、生きてる? 助かった?


 そう思った瞬間、()()()の顔が脳裏に蘇った。


「あいつっ! 逃げなきゃ。あなたも早く逃げて。殺されるっ」


 飛び起きた途端、目がくらみ体制を崩す。それを獣人の男が支えた。


「安心しろ。今は安全だ。俺はノア。見ての通りのワーウルフだ。何があったか説明できるか?」

「安心なんかできるわけないっ。あいつは殺しても死なない。またすぐにやって来て虐殺を始めるっ」

「……同じ奴に二度あったのか?」

「そうだよ。確かに殺したのに」

「なるほど」


 ノアは頭をかきながら、周囲に視線を回した。

 そこで初めて、他に二体の生物がいることに気づいた。

 二体とも、羽を持っていた。


……ワーウルフのお伴が鷹に蝶?


 冗談のような取り合わせに、急に頭が冷えた。


 落ち着いて見てみると、ノアは精悍な野性味あふれる顔つきをしている。イケメンの部類に入るだろう。

 鷹は濃い目のベージュ色。やけに豪華なトサカ(?)がついている事を考えても、純粋な鷹ではなさそうだ。蝶に至っては全長三十センチはある巨大蝶だ。淡く光っていて綺麗ではあるけれど。


「その二回の戦闘以外に覚えていることはあるか?」

「覚えていること、ですか?」

「例えば、お前自身について、とか」


 変な事を訊くなと思った。


 私自身? そんなの当たり前だ。私は……あれ? 私、誰だ?


「分からないか?」

「……そうみたい。頭をやられたのかもしれない」

「違う。お前はその戦闘で生まれたんだ。ちなみにお前は『暴れウサギ』だ。」

「は? 私ウサギなの?」


 言われてみれば、先ほどから視界にちらちら見切れているものがあった。


……これ、耳? しかもピンクかいっ。


 手足ももふもふピンクだ。

 試しにつかんでみると、耳ももふもふだった。あ、ちょっと気持ちいい。


「……えっと、私がウサギで、さっき生まれた? んじゃ、()()()はなに?」

「おそらく『プレイヤー』だな」

「ぷれいやー?」

「ここベル・ウェスタリオとは違う世界の住人だ。奴等は身体は元の世界に置いたまま、意識だけベル・ウェスタリオに飛ばしている。いくら殺したところで、本体は別世界で無事なんだから無駄なんだよ」

「っなにそれ! 奴等ってことは、あんなのがいっぱいいるってこと?!」

「うじゃうじゃいるさ。ここは奴等が作った世界だからな」

「!!!」


 えーっと、えーっと。世界を作ったってことは神か? 神なのか? 創成神ってやつですか。

 ……神がうじゃうじゃ?


 考えをまとめようと耳をつかんで悶絶していると、目の前にひらりと緑色の蝶が舞い込んできた。


「ちょっとノア。もっとゆっくり説明してあげなきゃ、パニックを起こしてるわよ」

「蝶が喋った!?」

「あら、喋るわよ。失礼ね。あなただってウサギでしょ?」


 蝶はひらひら揺れながら、私の肢にとまった。

 蝶と思っていたが、よく見ると大きな羽をもった小さな人間だった。


 妖精……か?

 黄緑の髪を高い位置で一つに結んで、薄い緑のシフォンのような服をまとっている。身長は二十センチくらいだからよくわからないが、人間の大きさなら、かなりの美人な気がした。


「私はウィリディス。リディスと呼んでいいわよ。あなたの同志。よろしくね」

「えっと、よろしく、です」


 リディスは微笑んだ。


「落ち着いたのなら、続きを説明するが、いいか?」

「はい。お願いします」


 ノアは一つ頷くと説明を始めた。


「ベル・ウェスタリオは『プレイヤー』達が娯楽のために作った世界。『AI管理型オンラインゲーム』と呼ばれているものだ。プレイヤーは冒険しにベル・ウェスタリオにやってくる。そんなプレイヤーを強化するために『経験値』や『アイテム』を渡す役として用意されたのが、俺たち『モンスター』だ。俺たちはやつらに殺され、やつらの糧になるために作られた存在だ」


「そんなめちゃくちゃだ……」


「そう。だから普通、モンスターには自我はない。機械的に戦闘をしてやられたら消え、一定時間でリポップするだけだ。だが稀に、俺たちみたいな自我を持ったモンスターが生まれる。AIの暴走だかバグだか知らないがな。自我を持ったモンスターを、俺たちはこう呼んでいる」



「『目覚めし者』と」




―――――――――――――――――――



 つまり、本来なら私はあいつ……プレイヤーにやられなくちゃいけなかったということか。

 殺されて、経験値を献上して、一定時間でまた殺されるために生まれ変わるのが与えられた仕事。確かに自我なんて持っていたら、やってられない。

 自我を持ってしまったことは、果たして良いことだったのだろうか。


「考え方次第だな。俺は良かったと思っているが。元に戻りたいなら簡単だ。一度やられればいい。そうすれば()()は死んで、次にリポップするときは、自我を持たない普通の暴れウサギになる」

「それ、完全な消滅じゃん」

「まあそうだな。どうする? 元に戻りたいか?」


 おぉ……。自我を持ったまま殺されまくるのかと思いきや、消滅ですか!

 そんなの迷う余地もない。


「絶対いや」

「そうか」


 ノアはそこで初めて少し笑った。

 目が少し弓形になった程度だけど、とても優しい笑顔だった。


「生き残りたいなら、お前は運がいい。俺たちに会えたからな」

「そうよ。一人で草原うろついていたら一日とせずに死んじゃうところだったんだからね!」

「プレイヤー、ものすごく強い。お前ラッキー」


 リディスと鷹も口をはさんできた。鷹は少し片言みたいな話し方だ。


「俺シャモア」

「シャモア、よろしく」

「まだ、よろしくじゃない」

「ん?」


 シャモアの拒絶に首をひねると、ノアが一つ頷いて、真剣な瞳で聞いてきた。


「で、お前、俺たちの仲間になるか? 生き残るためには仲間になるのがおすすめだ。だが、仲間になるためにはいくつかの掟を遵守することを誓ってもらう」


 なるほど。そりゃそうだ。

 彼らにしても、戦力強化のためには仲間は多い方がいいに決まっている。だけど信用できない仲間なら願い下げだろう。


「掟の内容は?」

「いくつもあるが、特に大事なものだけ言うぞ。まず仲間を大切にして助け合うこと。仲間内に争いはご法度だ」

「当然だね」

「次に、最優先するのは自分の命、ということだ。仲間は大事だ、助け合う。壊滅的な状況ではその限りではない。自分の命のことだけ考えて、全力で行動しろ。最も避けるべきは『全滅』だ」

「なるほど。分かった」


 ドライに感じるが、理にかなっている。

 でもこれから生活を共にして、情が移っていったとき、彼らを見捨てて逃げるのには、かなりな精神力が必要になりそうな気がする。

 そのような事態に陥らないように、強くならなくちゃいけない。強くなること。これが第一目標だ。


「最後にプレイヤーを恨むな」

「? だって、()()()らは……」


 殺したい放題なんだよ? めちゃめちゃ楽しそうに殺しに来るような残虐な奴等なんだよ?


「気持ちは分かるが、これも絶対だ。さっきも言った通り、ここは奴等が創った世界だ。奴等が遊ぶために創ったんだ。プレイヤーがこの世界に飽きたらどうなると思う? つまらないからここでは遊ばない、と見切りをつけたら?」

「平和な世界になる?」

「ならねぇよ。飽きたら、この世界は消滅させられる。サービス終了ってやつだ」

「えー」

「相手は神だからね」


 リディスが首をすくめて肯定する。


「プレイヤー、お客様」


 シャモア……、お客様って……。


「そうだ。プレイヤーには、毎日でも楽しく遊びに来てもらわなきゃいけない。いつまでも、だ。大きな掟はこの三つだ。他にも細かい決め事はあるが、主にこの三つを補足するものだ。仲間になるなら歓迎する。どうする?」


 言っていることは分かる。でも一度植え付けられた恐怖と憎しみはそう簡単に消えるものではない。しばらくは夢に出てきそうな恐怖だった。本気で死んだと思った。それに、やられ放題っていうのは気にくわない。私だって負けん気とプライドくらい持ち合わせているのだから。

 

 私は片手(前肢)をあげて叫んだ。


「プレイヤーはオキャクサマ!」


 安いプライドだった。

 だって、一人なんて無理だもの。

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