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「レオニー様、何度も付き合ってくださってありがとうございます。
レオニー様とロジェには迷惑ばかりかけてしまって、本当に申し訳ありません」
「いや、気にしないでください。前回は旅の途中であんなことになってしまい、こちらこそ申し訳ありません」
「そんな! レオニー様に謝っていただくことなど何もありません!」
「では、僕も……それにロジェも。あなたに謝ってほしいとは思っておりません。
だから、そんな悲しそうな顔をしないで。あなたには笑顔が似合いますよ」
ミリシエ領とブスケ領の間の森。
本来であれば、前回ブスケ領を訪問した帰り道に時間をとって探索する予定であった。
だが、それが叶わなかったため、今回はミリシエ領主館に着いた翌日である今日、この森へと向かう事に決めた。
今回も前回同様、レオニー様とロジェは私の護衛として同行してくれている。
そんな道中、馬車で同乗しているレオニー様に対して頭を下げようとすると、レオニー様は優しく私の肩を抑えて、微笑みながら首を横に振った。
「ありがとうございます」
「それから、黒猫ちゃん」
『ニャ』
「君は、もう急に脱走したら駄目だよ。ラシェル嬢が心配してしまうからね」
『ニャー』
レオニー様は私の言葉にニッコリと笑い頷くと、視線を私の膝の上にいたクロへと向けた。
クロはレオニー様の言葉に分かったといわんばかりに明るい声で鳴く。
クロは王都の館で再び姿を現してからというもの、また私の側にずっといるようになった。
森の中で起きたあの不思議な体験について、クロに尋ねたりもしたが、その質問には答えないとばかりに顔を背けられてしまった。
そんなクロは、森の中に近づくにつれて、また嬉しそうに窓の外を眺めたり、私の足元をグルグル回ったりと忙しなく動き回っている。
「そういえば、テオドール様はブスケ領に滞在しているのですよね?」
「えぇ、そうですよ。昨日連絡が来て、ブスケ領の用事は落ち着いたから、今日の森探索に合流すると手紙に書いてありましたよ」
「……そうなのですね」
テオドール様とは、私が王都に帰ってからも、未だ顔を合わせていない。
早く会って色々と聞いてみたい気もするし、反対に何を聞くべきなのかを計りかねているのもまた事実だ。
思いの外、沈んだ声が出てしまっていたのか、レオニー様が不思議そうな顔をして私へと視線を向ける。
「テオドールと何かありましたか?」
「いえ……そんなことは……」
「そうですか。杞憂ならいいのです。浮かない顔をしていましたから」
「あの、レオニー様はテオドール様と仲が良いのですか?」
「そうですね。まぁテオドールは従兄弟ですから、顔を合わせる機会は多いですよ。
あぁ、でもそうだな。十年ぐらい前……テオドールが12歳の頃から数年は会ってないか」
レオニー様は少し考えると、ふと思い出したといった様子で独り言のように呟く。
「12歳?」
「僕が15歳の頃ですかね。まぁ、テオドールの反抗期ってところですよ。引き籠っちゃって、誰とも話そうとしない時期があったのですよ」
「テオドール様が? 意外ですね……」
「僕も軟弱だからだと思って、部屋から無理やり引きずり出して鍛錬に付き合わせようと思ったんですけどね。ほら、兄弟とか仲間とか、大体のことは拳で分かり合えるでしょう?」
「こ、拳? いえ、それは……」
拳で分かり合うとはどういうことなのか。
想像もつかない私は、思わず顔が引きつっていたのであろう。
それに気がついたレオニー様が、「我が家や騎士団の話でしたね。お耳汚し失礼しました」と心底悔いた表情をして眉を下げた。
私は全く気にしていないと伝えるために顔の前で手を横に振ると、「それで……」と話の続きを促した。
「でもテオドールは無駄に魔力が強いから、魔術を使われたら、流石に僕も太刀打ちできませんから。それに、カミュ家は仲が良いけど放任な所があって、叔母……テオドールの母からも放っておけば良いと言われたので。
であればいいか、と。数年ほどすっかり忘れておりました」
「ま、まぁ。そうなのですね」
「で、数年ぶりに会ったら、以前のように。いや、以前よりももっと癖の強い従兄弟になっていた。という所ですね」
すっかり忘れていた……。
レオニー様の口ぶりからすると、本当に忘れていたのであろう。
それにしても、あのテオドール様が引き籠るとは、私にはとても想像がつかない。
だが、10年も前の話だ。
様々な経験を経て、今のテオドール様がいるのだろう。
「そんな話をしているうちに着きましたね。
あぁ、噂をすればテオドールもいますよ」
『ニャー!』
「黒猫ちゃんはテオドールが好きなんだね」
『ニャ』
レオニー様の言葉で、窓の外を覗くと、確かに道の少し先にテオドール様が乗ってきたであろう馬の手綱を握りながら立っていた。
ゆっくりと馬車の速度が落ちて、静かに止まると共に、レオニー様が先に降りようと馬車のドアへと手を伸ばす。
だがレオニー様は少し考えるように手を伸ばした手を止めると、私のほうへ体を向けて「先程のことですが……」と前置きをした。
「ラシェル嬢。テオドールはつかみどころが無いし、人をからかうことが好きだし、適当な奴です」
「……えぇ、そうですね。でも、テオドール様は仲間思いで精霊を大切にしていて、とても優しい方ですよね」
そう。
確かにテオドール様は強力な魔力を持ち、それを操る。それに急に現れたかと思うと、ふらっといなくなることも多くてつかみどころが無い。
それでも、私がクロと契約したばかりの時に魔力コントロールが上手くできなかった時も、丁寧に何度も根気よく付き合ってくれた。
それにクロを見る瞳はとても優しくて、クロが誰よりも懐いているところを見ると、本当に優しい方なのだと分かる。
私の言葉にレオニー様はほっと胸を撫で下ろすと、にっこりと笑った。
「それなら良かった。あなたはテオドールの大事な女の子ですからね」
「え?」
「いえ、何でも。さぁ、探索に行きましょうか」
小さく呟くレオニー様の言葉が微かに耳に届き、聞き返すが、レオニー様は微笑みを浮かべたまま首を振る。そしてそのままサッと馬車を降り、私に手を差し出した。
対する私は疑問が残りながらも、レオニー様の差し出す手を借りて馬車を降りる。
草の上に足を下ろすと、前回も感じたような穏やかな風が、私を包み込むのを感じる。
春の爽やかな風や森の空気を全身に入れるように、目を閉じて深呼吸をする。
「ラシェル嬢、久しぶりだな」
ゆっくりと瞳を開け、声を掛けられたほうへと体を向ける。
そこには、ローブを纏い、一つに纏めた長い銀髪をフワッと風になびかせた、テオドール様の姿があった。
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