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両親と話をした後、私は学園に通いながらもブスケ領へと旅立つ準備を着々と進めた。


まずは一緒に行く者の選定だ。


前の事があったから、サラを連れて行くのではなく、他の侍女に同行をしてもらおうと考えていた。

勿論、サラがいれば心強い気持ちが大きい。それでも、同じことが起こる可能性はゼロとは言えないのだから。


だが、譲らなかったのはサラの方であった。

確かに今のサラは過去、ブスケ領へと向かう道中に何があったのかは知らない。

だからこそ、サラは私の専属侍女として、そして理解者として『絶対に一緒に行きます』と譲らなかった。


本当は連れて行っていいのか、と今もずっと葛藤がある。それでも、そんなサラの気持ちが嬉しく感じるのもまた事実であった。




もう一つ、忘れてはいけない事。

それが護衛だ。前回は貴族子女ではあったが、聖女を害した罪人と言う見方が強かったため、公に護衛を連れて行く事は両親も出来なかったのだろう。結果として、賊に襲われて命を落とすことになった。

ただ、今回は違う。父からは、マルセル侯爵家の私兵の中でも腕の立つ者を選ぶと言われている。


だが、調べているうちに意外な事実を知る事になった。

危険は少しでも排除したい為、ブスケ領とその手前のミシリエ領を繋ぐ森。そこにいる賊について調べていた時の事だ。


ブスケ領に入る為に進む森。

そう、私が修道院へと向かうため、サラと御者と共に賊に殺された地。

そこは、通常ブスケ領とミシリエ領の兵士達が常に警備している場所であった。と言うのも、ブスケ領とミシリエ領を繋ぐ道はその森だけであり、その森を通らないと遠回りになる事から商人たちがよく利用している道だったためだ。

その為、そこは何十年も前に、賊に襲われる事件が何件も続いた為、現在では兵士が配置されているのだ。


それからというもの、賊の被害は報告されていない。

この報告を聞き、あまりに動揺した私は父からとても心配された。だがそれを何とかごまかしながら、部屋を退室し一人きりになった所でようやくその事実を冷静に受け入れる事が出来たのだ。


という事は、私が襲われた事は意図されたものであった⋯⋯?




思いもよらない真実に、背筋が凍る思いだ。

だとしても、その過去を知る者は私だけ。そして、何故、誰が、どのような目的で兵士の警備を外し、賊に私たちを襲わせたのか。




そして、そのような事をした人物とは誰なのか。






真実が見えているようで、見えない。

また、知ることを恐れる気持ちに胸がざわめく。

それでも、過去を知ることを恐れるわけにはいかないのだ。そう自分を叱咤する。

きっと、自分が今後向かう先には望む答えだけが用意されている訳ではないのだ。だからこそ、自分の気持ちが負へと引っ張られないように、どんな結果が待ち受けていようと受け入れなければいけない。



準備が進むにつれて、あの時の事を夢に見てフラッシュバックする事も増えた。

それにより夢見が悪く、寝付けない事も多い。




それでもようやく、旅の流れについて父と納得する答えを見つけられた頃、私は大教会を訪れる事が叶った。


「ラシェルさん、お久しぶりです」

「えぇ。アンナさん、もっと早く伺おうと思っていたのに遅くなってごめんなさいね」

「そんな! いつも手紙をありがとうございます。ラシェルさんからの手紙、いつも本当に嬉しくて⋯⋯」




私の家で会った時以来でアンナさんと顔を合わせた。

だがアンナさんは以前の陰鬱とした様子は消えていて、はつらつとした明るい表情を私に見せる。

聞く所によると、必死に教会での学びを吸収しており、最近は沢山の人と会話する事が楽しいそうだ。



大教会内を目的の場所まで、アンナさんと並んで歩いている間、アンナさんは最近の様子を楽しそうに語ってくれた。

そして少しの沈黙があった時、私は心配している点をアンナさんに聞いてみることにした。



「記憶の方は⋯⋯どうかしら」

「そうですね。やっぱり徐々にアンナに寄ってきている気がしますね。杏の記憶も忘れないように紙に書いているんですけど。⋯⋯最近その日本語が。あっ、前世の文字が所々読めなくなっていて」



表情は明るいが無理していないだろうか、とアンナさんの顔を覗きこむ。すると、アンナさんはやはり寂しそうに笑う。だが「でも」と前置きをすると。


「誠くんの事だけは覚えていますから。その大切な思い出一つさえあれば、それで私は大丈夫です!」

「⋯⋯そう」

「それに、アンナの記憶を取り戻しているから、今の両親が訪問に来てくれた時も会話がちゃんと出来るようになったり、この世界を大切にする気持ちを取り戻せている気もして。

だから、私はもう一人で立っていられますから」


アンナさんは私を心配させないようにと、明るい声で楽しそうに話している。

でもその明るさは、やはり空元気にも見える。

⋯⋯やはり、彼女もまたまだまだ葛藤が残っているのだろう。それでも、立ち上がって前を向いている事が分かる。


「それに、私を見て『聖女様』なんて涙を流す人もいて⋯⋯。何も持っていない、名前だけの私に⋯⋯。

だから、そんな人たちの期待を裏切らないように、とにかく頑張りたいと思っています」

「そう。⋯⋯あなたならきっと出来るわ」


アンナさんのその心情の変化に嬉しくなり、並んで歩いている足を一度止めて彼女を真っ直ぐに見ながら伝える。すると、アンナさんは一瞬泣きだしそうに顔を歪めると、両手で顔を覆う。



「もう、ラシェルさんは甘いですね。もっと憎まれてもおかしくないのに。あなたを苦しめた私に救いの手を差し伸べちゃうんですから……」

「いえ、私は手を差し伸べてはいないわ。あなたは自分で立ち上がって、その場にいるのですもの」



そう伝えると、アンナさんは覆っていた手を外して私へと視線を向けた。眉が下がり、大きな目は若干潤んではいるが、それでも嬉しそうに微笑んでいる。

だって、これは本心。

彼女は沢山苦しんでいる。その上で、私は彼女の苦しみを取る事など出来ない。ただ黙って、その頑張りを見守る事しか出来ないのだから。



「それが救いなんですってば」

小さく呟いたアンナさんの声は私には届かず、聞き返すもアンナさんは首を振って「いいえ」とにっこり微笑む。



そして、再び並んで廊下を歩き始めた。

アンナさんが一つの部屋の前で止まると、「ここです」と私に告げた。



「一時間ぐらいは大丈夫かと思います。

私はこの部屋と続いている隣室で、えっと、サラさん?と一緒に待っていますから。話が終わったら部屋の中の扉から隣室に来てくださいね」

「えぇ。……アンナさん、ありがとう」

「いえ、お礼なんて……。こうなった原因は私ですから。

二人が会うお手伝いしか出来なくて、本当に申し訳ありません」

「いいえ、助かったわ」


そう伝えると、アンナさんは私に深く礼をし、私の後ろにいるサラに視線で合図した。サラもそれに従って、二人で隣室へと入っていった。



アンナさんは、殿下との婚約を望まないと陛下に伝えたが、陛下から色よい返事を貰えなかったようだ。

その事を自分のせいだと悔いているアンナさんに、『気にしなくて良い』と伝えたが、やはり気に病んでいたようだ。

せめて、殿下と私が一緒に過ごせる時間を作る事ぐらいは協力したいと申し出てくれたのだ。



当初殿下は、アンナさんからの申し出に懐疑的であった。

アンナさんも『自分の行動が原因ですから。信用してもらえるようになるには、それ相応の行動が必要ですね。それでも、出来る事は何でも協力したい』と言ってくれていた。



今も殿下はアンナさんの変化に納得はいっていないようであるが、私と殿下が今顔を合わせる場を作る事は、陛下の目もあって難しいのだ。だからこそ、アンナさんの申し出は私にとって有難い事であった。




そしてこの部屋。

目の前の茶色いドアをジッと見つめ、ここにいるであろう殿下を想うと、いつまでたってもドキドキと胸が高鳴る。


いつだってそうだ。

殿下に会う前は、いつも心臓の音が耳に届くのではないかと感じる程。

早く会いたい、でも少し緊張する。

自分のドレスはおかしくないか、髪型はどうか。


いつもそう。会う直前になって、気になって仕方が無くなる。


視線をドレスの裾へと向け、皺が無いかどうかを確認する。

そして、右手を左手でギュッと握り込むと、大きく深呼吸する。



意を決して、コンコン、とノックをする。


すると、中から「どうぞ」と殿下の声が聞こえてきた。


それだけで、更に心拍は早まり、それと同時に自然と口元が緩んでくる。

そしてドアを開けると、部屋の奥で二人の騎士と共に立ち話をしていたであろう殿下の視線が私へと向く。



殿下はハッとした表情のあと、表情を穏やかなものに変え、そして優しい微笑みで私を見つめた。


声は届かなかったが、その唇の動きで私の名を呼んだ事が分かり、綻んだ口元が更に緩んでしまう。



殿下の元へ行こうと、自然と早くなりそうになる歩幅を心の中で制し、意識して優雅に見えるようゆっくりと足を前へと出す。殿下の方も、こちらへと足を進めようとしている。



だが先に動いたのは殿下の隣に立っていた赤髪の女性騎士であった。



緩やかなウェーブした髪を一つに結び、騎士団の制服を格好よく着こなした彼女は、私の前まで颯爽とやってくる。


そして彼女が目の前に来ると、女性の中では長身の自分が見上げる程の身長に驚く。



そんな彼女は、私にその睫毛が長く切れ長な瞳を向けると、スッと膝をついた。

思わず驚いて殿下へと視線を向けると、殿下は額に手を当てて深い溜息を吐いている。




そしてもう一度目の前の騎士へと視線を向けると、彼女はニッコリと私に微笑んだ。





「僕はレオニー・ミリシエ。お会い出来る事を楽しみにしておりました」





と幾分低めで色気の含むアルトな声色で私に声を掛ける。

名乗った彼女は手袋をした手で私の手を取ると、手の甲に触れるか触れないかの距離で口付けをした。




何が起きているのか分からず、ジッと目の前のレオニーと名乗った騎士を見るが、彼女は嬉しそうにニコニコと微笑むだけ。



ただ戸惑う私に、不機嫌さを隠しもせずに近づいてきている殿下の姿が視界の隅に映った。


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