7 王太子視点
学園から侯爵家へと向かうと、侯爵自らが出迎えてくれた。どうやら、夫人はラシェルの病状が思ったよりも深刻で寝込んでしまったそうだ。
「つまり、今のラシェルには魔力がほとんど無いと?」
「はい、そういうことになります。王宮から派遣して頂いたドナルド医師が診察したことなので、間違いないかと」
「そうか、魔力が枯れる……ね」
「このような事態になり、大変申し訳なく」
「いや、いい。侯爵も娘がそのような状況になり心配であろうな。落ち着くまでは仕事も補佐を付けるが」
「いえ、それには及びません」
侯爵から聞く話は、私の考えていた以上に深刻な状況であった。
何だかんだで一つ年下の従姉妹に甘いエルネストは、心配からか表情が抜け落ちている。
シリルもいつも無表情な割りに動揺が見てとれる。
プライドの高い彼女はこの事実を受け入れていないだろう。
今すぐとはいかないが、状況をみて今回の婚約を見直す必要があるな。
薄情なものだ。
こんな状況でさえ、ラシェルの心配よりも彼女の魔力が失われることでの国の損失を考えてしまう。
国のことを第一に考える自分にとって、王太子妃の座というのは今の国の状況が何を求めるか、である。
魔力を失った彼女には、身体のことも含めて王太子妃など到底無理であろうな。
そうなった時の新たな候補のことを考えるとげんなりとしてくる。
まぁ、とにかく。
今はまだ婚約者であるのだから、顔を見にいくか。
ヒステリックに叫ぶか、これみよがしに悲嘆にくれるか。
♢
──これは誰だ
ベッド上の大きなクッションに凭れることで、辛うじて起き上がっていられるラシェルは力なくも視線のみで礼を表している。
瞳は若干潤みながらも光は失われておらず、吊り上がった目元は子猫のような愛らしさがある。
弱々しくも優雅に微笑む口元、緩やかに流れる艶やかな黒髪が色気さえ滲ませる。
庇護欲がそそられるとはこういうことだろう。
現に、エルネストとシリルが頬を少し赤らめソワソワし出した。
よし、今すぐ退出させよう。目の毒だな。
変わったのは見た目や雰囲気だけではない。
「これで良かった」と清々しく言う姿は、感情があまり揺れない自分にとってかなり衝撃的であった。
魔力が失われるというこの国では考えられない状況で、誰が本心からそんな言葉を言えるであろうか。
──興味深い。
貴族女性の代表みたいな興味のかけらもなかったラシェルをまじまじと見る。
何がこうも変えたのか。
さて、この変化はどう転んでいくのか。
女性に対してこんなにも強く興味を持つのは初めてかもしれない。
目の前の見知らぬものを知りたい。
周りからは卒なく何でもこなすイメージを持たれているが、本来の私は興味を持ったものはとことん調べ尽くさないと気が済まない。
どうやら、ラシェルは婚約解消したいらしい。
あんなに執着していた私からあっさりと離れようとするとはどんな心境なのか。
婚約解消など魔力が失われたことで適性無しとしていつでも出来る。今する必要などどこにもないだろう。
残念であったな。
こんな興味深いものを自分から手を離すなんて、私がするはずがない。
♢
馬車の中、シリルと2人王宮に帰る最中につい先程のラシェルの様子を思い浮かべて笑いが起きてしまう。
「珍しいですね」
「何が?」
「殿下がそんな子供のようにはしゃいだ顔をされるとは」
「ふふ、はしゃいでるか?」
「えぇ、13歳の時にベルモン子爵の隠された薬草園を見つけた時以来ですね」
急に笑い出した私にシリルは目を丸くしてから顔をしかめる。おおよそ「何を企んでいるんだ」と言葉にせず視線で訴えているのだろう。
「あぁ、あの薬草園は面白かったね。禁止のはずの毒草各種は揃ってるし、幻といわれた竜石樹まで小さく育ってたのだから」
「あの後のベルモン家は悲惨でしたね」
「仕方ないよ。あれが世に出回れば恐ろしいことになる。でも、子爵の命は奪ってないし」
「それは、彼の薬物知識と育成能力を手元に置こうと研究施設で子飼いにしているからじゃないですか」
「今は国のためによく働いてくれている」
「あなたがそうさせたんでしょ」
全く、人を悪人のように言うやつだな。
まぁ、今の私にとっては久しぶりに心躍る気分であるからシリルの小言なんて大したことではないがな。
さぁ、次に顔を見せに行った時どんな表情を見せてくれるか。
楽しみだな。
それにしても、魔力が枯れるとはありえることなのか。
……これもかなり興味深い。王宮に戻ったら調べてみるか。