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以前の私は何故あんなにも王太子殿下に執着していたのだろうか。
確かに、殿下は王太子としての務めを第一とし、民のため国のために奔走される立派な方だ。しかもとんでもなく顔が良い。
あの穏やかな微笑みに私は勝手に舞い上がり、愛されていると勘違いしていた。
でも、今ならわかる。
あれ、ぜーったい愛想笑いでしかないわ。
よく思い返しても瞳の奥が笑ってなかったし、キャーキャー令嬢に囲まれている時と同じ表情してたし。
殿下に近づく女は全て排除しようとしていた自分が情けない。
しかも、同級生が光の精霊王の加護を受けて聖女認定された時、あれからの自分は今思い出してもひどいものであった。
聖女を虐め、あげく毒を盛ろうとするなんて。
そりゃあ、こんな女、将来の王妃になんて相応しくない。
殿下も聖女に対してだけは、自然な笑顔を見せていた気がする。私には婚約者の義務として週に一回30分のお茶会しか会話がなかったけど。
聖女とは、エルネストやシリルも含めてよく中庭で楽しそうに過ごしていた。
だからこそ、嫉妬に狂ったのだけど。
殿下の特別な女性は私だけだ、と。
今回は、私もこんな身体だし、殿下への恋情も過去にすっぱり捨ててきた。
よし、円満に婚約解消しましょう。
実は疎んでいる私が婚約解消を申し出れば、殿下は喜んで聖女との仲を深められるしね。
───コンコン
決意を新たにしている時、ドアが開き父が顔を出した。
「あぁ、ラシェル起きたんだね。殿下とエルネスト、シリル殿がお見舞いにいらっしゃってくださったよ」
サラが私の背を起こし、背中の後ろに大きなクッションを差し込んでくれる。
そして、父の後ろからはいつもと同じ微笑みを浮かべた殿下、そして、エルネストとシリル。
あれ、いつもと同じ。私の身体のこと聞いてない?
と疑問に思ったが、エルネストとシリルの顔は強張っていた。
あっ、聞いているな。
聞いていて表情をいつも通りにしてるなんて、流石は次期王だ。
ついつい殿下に感心してしまう。
「起き上がって大丈夫?」
「えぇ、力が入らないもので。ベッドの上からで失礼します」
「いや、顔を見たかっただけだからそんなに長居はしないよ」
「お忙しいところ、私のためにお時間を割かせてしまい大変申し訳ありません」
言外に早く帰れ、と言ってみたが殿下は素知らぬ顔をしている。それどころか「君たちは下で待っていていいよ」なんて父やエルネストたちを部屋から退出させてしまった。
サラにも「何かあれば呼ぶから部屋の前で待っていてくれ」と声をかける。サラは私を心配そうに一瞥するも、王太子からの言葉とあれば従うしかない。
部屋には私と殿下のみ。
うーん、なんか気まずいな。
殿下は近くの
椅子をベッドのすぐ横に置くと、そこに腰をおろす。
顔見たならすぐ帰ってもらっていいんですけど!?
なんて言えるはずもなく、私は力なく笑うしかなかった。
「侯爵から君のことを聞いたよ。残念なことになって、ラシェルもさぞ辛いことだろう」
「いえ、私はこうなって良かったとさえ思っているのです」
私の返答があまりにも意外だったのか、いつも微笑みを浮かべる殿下が目を見開き驚いた顔をしている。
おっ、珍しい表情だわ。こんな普通の顔もできるのね。なんて冷静に殿下を観察出来るあたり、本当に彼への恋心はなくなったのだろう。
「どうして?」
「こうなって感じたのですが。私は自分の力を過信していました」
「過信?実際、君は魔力がなくても地位もあるし、頭脳も明晰だ」
「いえ、そういったものではなく。人として足りないものだらけだと知ったのです」
「ふぅん」
殿下が笑みを消し、目を細めて探るような表情をする。そして、長い足を組んで座り直すと私に話の続きをするよう促す。
「私は殿下の婚約者でした。でも、殿下のことを表面しか見ていなかったんです。
国のこともそう、この国ではどんな人々が暮らし何を求めているのか。それを知ろうとしたことさえありません」
「それを悔いている、と?」
「えぇ。魔力もなく、思うように動かない身体となりましたが、私は人の優しさを見つけました」
「受け入れるのが随分早いんだね」
「魔力がなくなったのは直ぐに気づきましたし、原因も思うところがありますので。
といっても、両親や私の手伝いをしてくれる者たちには申し訳ないのですが」
「その原因は教えられない?」
「……申し訳ありません」
「そうか。なら、君が話したくなったら話してくれ」
殿下は煮え切らない私の言動にも何かを納得したのかひとつ肯く。そして、私は視線を上げて殿下の瞳をじっと見つめると意を決して唇をひらく。
「殿下におかれましては、私のような者を婚約者に据えておく必要はないかと考えます。
なので……今回の婚約をかい……」
「わかった。では、これからは頻繁にラシェルの所に面会に来ることとしよう」
「えっ?ですから、婚約を……」
「同じ学園に通えない現状は残念だけどね。まぁ、生徒会の仕事も王太子の仕事もあるから毎日とはいかないけど」
「あの、殿下」
「学園の様子なんかも伝えるよ。
さっきラシェルは私のことを表面しか見ていなかったと言っていたが、それは私も同じだな。これからは、仲を深められるよう沢山話そう」
私の話を何度も遮る様子は、過去に私のつまらない話を微笑みながら聞いていた、というか聞き流していた姿と一致せず、本当にこれが殿下なのかと目を疑いたくなる。
混乱する私をよそに、殿下は話は終わったとばかりに席を立ち、足早にドアの元へと向かう。
そして、ドアノブを持ちながら振り返った殿下は今までにない、楽しそうな心からの笑みを浮かべている。
「あぁ、そうそう。
さっき君は婚約者だった、と過去形で話してたけど、今も私の唯一婚約者だ。
解消などという、時期尚早な話は今後も聞く予定はないから覚えておくように」
そして、「ではまた」とあっさり部屋を出て行った。
残された私は、呆然とベッドに残されるのみ。
は?
婚約を解消しない?
はぁーーーー?