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お父様とお母様が知人である伯爵夫妻に声をかけられ、和やかに会話をしている様子を見ながらすぐ側の窓際へと移動する。
久しぶりの舞踏会だからだろうか、少し肩に力が入りすぎているのかもしれない。
深呼吸をひとつして、遠くを見つめると殿下が踊っている姿が見える。
その時、コツコツという足音が聞こえ、誰かが私の方へと近づいてくる気配を感じる。
「宜しければ一曲どうですか」
その声に振り返ると。
「テオドール様! まぁ、見違えますね」
「俺だって一応侯爵家の嫡男だからね。こういう場ではちゃんとするさ」
そこには正装姿のテオドール様が立っていた。
青いリボンで結んだ銀髪がシャンデリアの光を浴びてキラキラと光り輝くようだ。
その姿はまるで絵本から飛び出てきたかのような、現実離れをした貴公子を思わせる。
そして何よりいつもの粗暴さを隠した微笑みと佇まい。
周囲にいる女性たちの視線を完全に独り占めしている。
「それでどうする? ここにいても手持無沙汰でしょ。
それに誰かしらとは踊らないといけないだろうし、俺と踊っといたら?」
「ふふっ、そうですね。ではよろしくお願いします」
差し出された手に自分の手を乗せて、ダンスフロアへと移動しテオドール様と一緒に踊り始める。
するとまた意外なことに、とても踊りやすいことに驚く。
「お上手なのですね」
「驚いた? 一応小さい時からやらされているしね。
それに好きなことをするには、周りを黙らせるぐらいは出来ないとうるさく言われるだろ。
それが嫌なんだよ」
「それはとてもテオドール様らしいですね」
「そういや、そのドレス。似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「ルイが悩んでいたかいがあるな」
殿下が悩んでいた? どういうことだろう。
私の不思議そうな顔に、テオドール様も一緒に不思議そうな顔をする。
そして「あぁ」と納得したようにひとつ頷くと、少し距離をつめて内緒話をするかのように私の耳元に顔を寄せる。
「それ、デザインしたのルイだよ」
え?
一瞬テオドール様の言っている意味が分からなく、ただ決まった足の運びをしながらも、私の頭の中は言われたことを理解するのに時間を要した。
殿下がデザインをした?
このドレス?
え?
じわじわとその事実が頭の中で整理されると、途端に私の顔は真っ赤に染まる。
「そ、そんな⋯⋯まさか」
「ほんとよくやるよな。俺もそう思う」
「では、本当に」
テオドール様の顔は嘘をついているようには見えなかった。心底不思議そうに、そして呆れた顔をしていることから、本当にこのドレスをデザインしたのは殿下なのだろう。
「あっ、ラシェル嬢その顔はまずいかも。ルイに気づかれた」
「え?」
「顔真っ赤⋯⋯。うわー、俺の事すごい睨んでくるんだけど」
テオドール様にどうにかしろと言われても、顔の赤みは増すばかりだ。
だって、殿下が私の事を考えてドレスをデザインしてくれただなんて。
こんなことがあっていいのだろうか。
そして頭の中でぐるぐると考えているうちに、いつの間にか曲が終わっていたらしい。
テオドール様に元の人の少ない窓際の位置まで連れられると、後ろから余裕のない焦ったような声をかけられた。
「ラシェル!」
「殿下⋯⋯よろしいのですか?踊ってらっしゃったのでは?」
「もう5人と踊った。だからいいだろう。
ところでテオドール、どういうつもりだ」
殿下がテオドール様に詰め寄るように距離をつめる。
するとテオドール様は不貞腐れたように唇を尖らせる。
「俺は何もしていないから」
「だったら何でラシェルの顔がこんなにも赤くなるんだ」
「⋯⋯お前のせいじゃん?」
すると殿下は心配そうに眉を下げて私へと向き直った。
「ラシェル、どうしたんだ」
「その、実は⋯⋯」
殿下の余裕の無さそうな心配そうな顔に、この顔をさせているのが自分だという事実にどこか嬉しさを隠しきれない。
紅潮した頬を隠すように顔を若干下へと向け、口を開いたその時。
「殿下!」
明るい声と共に白いドレスをなびかせてアンナさんがゆっくりと歩いてきた。
隣にいるエルネストの腕に手をまわしてダンスフロアの方から来たことから、彼女たちも先程一緒に踊っていたのだろう。
「殿下、お話し中に大変申し訳ありません。
先程のファーストダンスとても素晴らしかったです。
フリオン子爵、ご無沙汰しております」
エルネストは殿下とテオドール様に向かって深く礼をする。そして私に向かっても同じように頭を下げる。それに対して殿下も眉を寄せながらも頷くのみであった。
隣にいるアンナさんは他の人など目に入らないかのように、殿下のみをじっと見つめてニコニコと微笑んでいる。
「では私どもはこれで」
殿下の微笑みの中にある不機嫌さにエルネストが気づいたのだろう。
サッと顔を強張らせると、私たちに一声かけて向きを変えようとする。するとアンナさんはスルリとエルネストの腕から手を離して殿下の目の前にやってきた。
そしてとても優雅な綺麗な礼をする。
「殿下、今日は私もデビュタントなのです」
エルネストはそのアンナさんの行動に唖然とし、「キャロル嬢」と小声で咎めるように声をかけている。だが当のアンナさんは全く聞こえないかのように殿下にニコニコと何かを期待しているかのように微笑んだ。
だが声をかけられた殿下はそのアンナさんを冷たい目で一瞥するが、聞こえなかったかのようにまた私とテオドール様の方へと体の向きを変えた。
「あの、殿下?」
アンナさんは殿下のその行動に信じられないとでも言いたげに呼び止めるが、殿下はそれに応じる様子がない。
ハラハラと殿下とアンナさんの様子を見守っていると、隣のテオドール様が片手をおでこに当て、ハァッと大きなため息を吐く。
「さぁ、ラシェル。ここは騒がしいからね、向こうで話の続きをしよう」
殿下は私に優しげな微笑みを向け、私の腰を抱くとアンナさんたちが居る方向とは別の向きへと歩き出そうとする。
⋯⋯いいのだろうか。
チラッと後ろを振り返るとアンナさんが焦れたように「殿下は私と踊ってくださらないのですか⋯⋯」と小さく問いかけた。
すると隣にいる殿下からスッと表情が消える。
そして冷え冷えとした笑みを浮かべて振り向くと。
「何故、私が君と踊る必要がある」
とだけ口を開いた。
その声は底冷えとするような冷たさを孕んでおり、隣にいる私でさえ背筋が凍るようだ。
アンナさんの後ろにいるエルネストはあからさまに顔色を悪くしている。
だがアンナさんは気にも留めないように。
「デビュタントと踊ると⋯⋯聞きました」
「だからと言って君と踊るかどうかは私が決めることだ。
⋯⋯君の父親はキャロル男爵だな」
「はい」
「デビューが早かったのでは、と伝えておこう」
殿下のその言葉にアンナさんは目を見開き、信じられないものを見るかのように殿下を見つめ茫然と立ち竦んだ。
対する殿下は、「さぁ、行こうか」と私に声をかけて歩き始めた。
「⋯⋯どうして」
後ろからアンナさんの小さく呟く声だけが私の耳を掠めた。
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