51 王太子視点
「おっ、ルイ。ついに王子業を辞めてデザイナーにでもなるのか?」
執務室の中央のテーブルに生地を並べて、デザイナーが先程置いていったデザイン画を眺めていると、ノックも無くドアが開く。
視線を上げることも返事をしなくとも、私の方へと近づいてくる足音に頭が痛くなる感覚がする。
「いつもノックぐらいしろと言っているだろう。誰かいたらどうするんだ」
「だから、誰もいないの知ってるから」
「本当にお前は規格外過ぎて常識が通じないのか」
持っていたデザイン画を執務机に置くと、視線を足音のする方へと向ける。
すると私の机⋯⋯というより今置いたデザイン画を手を顎に当てて興味深そうに眺めるテオドールの姿。
「何これ、ドレス?」
「あぁ」
テオドールは数枚のデザイン画を手に取り、それぞれをじっくりと見るとこちらに視線を向ける。
その顔は笑いが堪えきれないかのように、眉を歪めて口元は吹き出さないように我慢しているのか硬く噤んでいる。
「何だ」
「何これ、ここまでいっちゃう訳?」
その表情につい、自分の顔が不機嫌さを隠しもしていないだろうと想像がつく。だがこの男の前であえて取り繕おうとは思わない。
すると私の言葉に、ついに我慢の限界が来たようでプッと吹き出すとデザイン画を机へと戻し、腹を抱えて笑い出した。
「あー、やば。涙出てきた」と呟きながら、テオドールは私に背を向け、中央のソファーへと腰掛けた。
それを追うように立ち上がると、テオドールの向かいのソファーに歩みを進め、若干睨みをきかせつつドカッと座る。
「何がおかしいんだ」
「いや、だってこれラシェル嬢のドレスだろ?
それをお前、手配するだけでなくデザインから考えるなんてさ。
誰がルイがそんなことをするって考えつくかよ」
「⋯⋯そんなにおかしいか」
「だってあれだろ?
社交界デビューをする時のドレスは側にいられないのだから、自分が贈ったものを着て欲しい。
そもそも彼女を着飾るものは、彼女を最高に輝かせるものでなければいけない。
だったらいっそのこと自分の手で⋯⋯。
なんてヤバイ考えに至ったんだろ?」
⋯⋯一部誤解があるようだが、おおよそは合っている。
確かにドレスを贈りたいと考えたことが始まりだ。
白のドレスといえば、デビュタントの時か結婚式の時に着るものだ。
いや、確かにその時一瞬、未来の結婚式が過ぎったのは認める。
もちろんその隣には自分の姿を描いたことも。
だが今回は違う。
社交界とは煌びやかなようで、その実悪意渦巻く場所だ。
そんな場所に踏み出すラシェルに、今後輝かしい未来を送れるよう、そして周りの悪意からも守れるような力を⋯⋯自分自身が後押し出来れば。
そう考えた。
だからこそ、ラシェルを着飾るに合うドレスをデザイナーに頼んだが、なかなかイメージが合わない。
だから専門家の手を借りながら、自分がラシェルに一番似合うドレスを考えられないだろうか。そう思っただけだ。
そんな怪しい思考ではない。
「はいはい、で。何に悩んでるわけ?」
「⋯⋯頼りになるのか?」
「さぁ。まぁ、言ってみろよ」
テオドールは肩を竦めてみせるも、私の話を聞こうと顎で続きを促す。
ドレスのことは私でさえ流行りを知ることから始めたというのに。
テオドールは普段から魔術師団の制服ばかりを着て、服装に興味があるとも、拘りがあるとも思えない。
かといって私に相談する相手がいるか、と言われたら⋯⋯いない。
シリルにはこの事態に大きな呆れ顔をされ、相談しようにも「これ以上の面倒は持ち込まないでください」と釘を刺されてしまったのだ。
仕方ない。
頼りになるとは思えないが、悩んでいるのは事実だ。
「このデザイン、どう思う」
「あー、なんかラシェル嬢っぽい。大人っぽいし、スタイルよく見えていいんじゃない?
しかも裾のとこの刺繍⋯⋯これ金色指定って⋯⋯」
「そこは外せないだろう」
「じゃあ、それでいいじゃん」
「⋯⋯き過ぎだろう」
「あ?聞こえない」
「胸元が開き過ぎだろう!これでは」
そうだ。
私が何にこんなにも悩んでいるのか。
それがラシェルが似合うドレスが大人っぽい、身体のラインが出るようなものだと結論付けたからに他ならない。
似合う、確かに似合う。
女性の割には長身であり、肌は白く、しかも黒髪。
白いドレスはまさにラシェルの神秘さを極限に引き出すことが出来る。
デコルテが大きく開き、腰回りを絞ったシンプルなAラインドレス。
それが最有力候補だ。
だが、本当にこれでいいのだろうか。
これを着る⋯⋯ということは。
この胸元の開きを他の男共が見るというのか。
そんなの許容しろというのが無理だろう。
だがデザイナーは頑なに肩と胸が開いた形が良いと勧めてくる。
はあ、と大きくため息を吐く。
「もちろん虫は排除する。だが視線を排除することは出来ないだろう。
それにあのラシェルだ。皆の視線を一気に集めることぐらい分かりきっているだろう?」
「うん、なんかごめん。思った以上に下らない悩みだったようだな」
私の悩みに対してテオドールは一瞬遠い目をし、その表情だけで、《本当にどうでもいい》と言いたげな顔をしている。
そして見本としてデザイナーが置いていった生地を何枚か探ると、その中からレースのものを取り出す。
「これで首元から腕まで隠せばいいじゃん。ほら解決」
全く、人の悩みに適当に⋯⋯。
だが、レースか。
考え付きそうで全く浮かばなかった。
よくよく考えればこれはいい考えかもしれない。
「そうか⋯⋯だとしたら⋯⋯」
頭の中で思い浮かぶものを完成形へと持っていくべく執務机へと戻ると、デザイン画に書き足していく。
後ろでテオドールが「おーい。俺いるの忘れてる?」と手を挙げて振っているが、そんなことに構っている余裕はない。
一刻も早くデザイナーを呼び寄せて相談しなければならない。
それにしても。
ふと机から頭を上げて、隣にある窓の先を遠く見つめる。すると視線の先には綺麗な青空と点々と白く浮かぶ雲。
その景色を見て、ふと不安が過ぎる。
自分のやりたいようにしているが、そもそもラシェルは私のこの行動に対して、どう考えるだろうか。
⋯⋯喜んでくれるといいが。
ラシェルへはドレスを贈ることだけは伝えている。
だがデザインまで関わっているなど、引かれてしまう可能性もある。
そうだ。
よく考えたら普通引くだろう。
ふと思い至った結論に思わず青ざめてしまう。
これはまずい。
ラシェルには喜んでもらいたいが、私に対して嫌悪感を持つことは何としても避けたい。
最近は徐々に距離が近づいているとも感じ取れるが、ここで一気に離れてしまうことなど望んでいないのだ。
⋯⋯隠そう。
これは一流デザイナーによりデザインされたドレスだ。
そう、それ自体は間違っていない。ただ私が関わっているとは伝えていないだけだ。
伝えないことは罪ではない。
そう結論付けた。
そして作業を続けていると、いつの間にかテオドールはいなくなっていた。代わるように入室したシリルに「仕事をしてください」とこめかみに青筋を立て、ドンッと大きな音を立てて書類を積みあげられてしまった。
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
昨日は更新お休みしました。
今日からまた毎日更新していけたらと思います。
続きも楽しんでお読み頂けるように頑張りますので、お付き合い下さると嬉しいです!
そして、今回は久々テオドール出したかっただけかもしれない⋯⋯という。
さて、ラシェルの反応はいかに。





