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カトリーナ様たちがこの学園を去ってから一か月。
様々なことが目まぐるしく起こり、考え込むことも落ち込む暇もなかったように思う。
何より、正式に闇の精霊と契約をしたこと、魔力枯渇の状態であったことを発表することで私の周囲は騒がしくなった。
だが周囲の反応については、概ね好意的といった様子だ。
ただそれも、殿下や両親、テオドール様たちが根回ししてくれていたことが大きい。
私自身も実際に闇の精霊の誤解を解くべく表に立って理解を求めた。
その結果、あっという間に学園全体に広まっていた悪意ある噂は聞こえなくなった。
それどころか、今まで距離のあったクラスメイトたちも謝罪してくれ、よそよそしかった距離が幾分近くなったように感じる。
「コロッと手の平を返したようなものね」
中庭のベンチにアボットさんと二人腰かけ、ほっと一息をつく。
すると隣に座るアボットさんは先程、食堂で私に対してうやうやしく挨拶した女生徒たちを思い出したのか眉を顰めながら呟いた。
彼女たちもついこの間までは、私を見るとヒソヒソと噂していた人たちだった。
「そんなものよ」
「あら、あまり気にしていないのね」
「えぇ」
貴族にとって状況を読む力は何よりも大事だ。
価値がある人、力ある者につく。それは良くあることだし、決して悪いことだとは言えない。
ただ今回のようにあからさまであると、さすがに信用されなくなるだろうが。
本当であれば、心の中で悪態をついていたとしてもそれを決して悟られてはいけない。
今だって好意的には見えてはいるが、本音はどこにあるのか。皆隠しているのだろう。
つい小さくため息が漏れてしまう。
ただ一つ確かなことはある。
「いちいち気にしていたら貴族子女なんてやっていられないわ」
アボットさんは私のあっさりとした物言いに一瞬目を丸くした。
その直後に噴き出すように声を出して笑いだす。
「えぇ、その通りね。間違いないわ。
⋯⋯それにしても、マルセルさんはいい顔するようになったわね」
「そうかしら」
「えぇ。吹っ切れた感じかしら」
吹っ切れた。
確かにそうかもしれない。
今まで心の奥深く、どこかで彼女たちと決別したいとは思っていたが難しいのではないかと考えていたところがある。
彼女たちと私は結局同じなのではないか。
また以前のように同じ未来を辿ってしまうのではないか。今思うとそれを恐れていた。
そして殿下にそれを悟られて、嫌われてしまうのではないか。
そんな気持ちさえあった。
それに殿下の婚約者としてもそうだ。
私みたいな間違いを犯した者が殿下の隣に立っても本当にいいのだろうか、しかも唯一誇ることが出来た魔力さえもないというのに。そう考えていた。
昔から私の中で魔力というものは絶対的なもので、それが私が婚約者に選ばれた理由であり、殿下の隣に立てる全てであったのだから。
だが殿下は今の私に対して、側にいてほしいと言ってくれた。
それが私に大きな力をくれたのだと思う。
「それは良かったわ」
私の表情を見たアボットさんは眉を下げ優しい笑みを私に向ける。彼女の言葉は心から良かったと思っていてくれるのだと分かる。
本音で話せる相手。それがどれだけかけがえのない、大切な相手なのかが今ではとても実感できる。
「アボットさんがいてくれたことも大きいの。アボットさんと友達になって、初めてこんなに学園生活が楽しいものなんだって知ることが出来たわ」
「マルセルさん」
一瞬ポカン、としたように私をじっと見つめるアボットさんは、徐々に口元を緩めて若干赤らめた頬を隠すかのように、そっぽ向いてボソっと呟く。
「もう、そんなこと言われたら照れるじゃない」
「だから、今日は約束していた本屋とカフェに行くのを楽しみにしているの」
そう。
今日はアボットさんと以前約束していた本屋へと行くことになっている。
そしてクラスメイトから教えて貰った、今女子に人気のカフェにも行く約束をしている。
「私も友達と行くのは初めてだから⋯⋯楽しみ」
アボットさんは眉を下げて照れたように視線は外したまま私の言葉に頷く。
そんなアボットさんの恥ずかしがり屋なところもとても可愛らしく感じる。
その時。
「えー、ラシェルさんカフェ行くんですか?」
頭上から驚いたような明るい声が聞こえ、私とアボットさんは思わずお互いの顔を見る。
誰?
聞いたことのあるような声だったけど。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはニコニコと笑っているアンナさんが立っていた。
「こんにちは」とアンナさんは元気にその愛らしい顔に笑顔を浮かべたまま私たちの前へと回り込む。
そして「勝手にお話を聞いちゃってごめんなさい。声かけようと思ったら話が聞こえて」と申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせている。
「いえ、全然⋯⋯気にしないで。気付かなくてごめんなさい。
あっ、彼女はアンナ・キャロルさん。えっと……」
「アンナ・キャロルです。クラスは隣の2-Bです」
「⋯⋯ナタリア・アボットよ」
アボットさんは戸惑いながら、にこやかな笑顔を浮かべたアンナさんの雰囲気に困惑するかのように挨拶を返している。
それに対してアンナさんは全く気にした様子もなく、「ところで」と私とアボットさんを交互に見つめる。
「そのお出かけ、私も一緒に行ってもいいですか」
可愛らしくコテンと首を傾げて私たちにそう告げた。
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