48 カトリーナ視点
「お前がカトリーナを唆したのだろう!」
「貴方だってカトリーナは王太子殿下の婚約者に相応しいと言っていたじゃない!」
「とにかく、こんな事態になった今、もうカトリーナを庇うことは出来ない」
「そんな、もう一度⋯⋯そうだわ、陛下に掛け合ってきてください。そうでなければ、カトリーナはどうなると言うのです!」
うるさい⋯⋯うるさい⋯⋯うるさい!
毎日毎日。
お父様もお母様も勝手なことばっかり。
わたしを部屋に閉じ込めて、一歩も外へ出さないなんて。
私が何をしたって言うのよ。
私は間違っていない。
間違っていないのに。
⋯⋯あぁ、殿下。
殿下、殿下。
何故このようなことに。
私はただ、あなたの妃になるべく生まれてきたというのに。それが在るべき未来なのに。
生まれた時から、両親は兄よりも私を可愛がってくれた。好きな物は何だって手に入れられたし、それが当然だった。私が望んで叶わないことはない。幼い頃からそう考えることは普通であった。
だから私が殿下に恋したことを両親に伝えると、両親は大喜びで『それはいい! カトリーナの将来は王妃様だ』と言って頭を撫でてくれた。
その日から、私の中で未来は定まったのだ。
だからこそ、座学だってマナーだって、ダンスだって頑張ってきた。
社交だって、同年代の子とは積極的に関わった。特に同じ侯爵令嬢の彼女は、私と同様殿下の婚約者候補なんて言われていたから、特に気にして距離を縮めた。
もちろん、私が選ばれるのだから可哀想、そう思う気持ちが無かったとは言わない。
それなのに。
全てはあの日、十四歳の日に変わってしまったんだ。
あの女が殿下の婚約者に選ばれた日に。
『お母様、何故ラシェル様が選ばれたの! 私に決まっているのではなかったの』
『お母様もあなたが相応しいと分かっているわ。⋯⋯魔力だけで選んだそうよ。あの子、魔力だけは強いそうだから。他は貴方の方が全て優れているというのに、忌々しいわ』
『私、他の人に嫁ぐなんて嫌! 殿下の妃になれると思っていたのに』
『えぇ、もちろんよ。お母様もそう思っているわ。
あの子が妃に相応しくない、そう殿下が気づけば⋯⋯必ず貴方を選んでくれる筈だわ』
そうか、殿下は魔力だけで彼女を選んだのか。
だったら、彼女が相応しくなくなれば私が選ばれる。
そう、なんだ。
簡単じゃない。
だったら彼女と今まで通りに仲良くして、時期を見ればいいのだわ。
彼女はお人好しな部分があるから、機会を逃さなければチャンスは来るわ。
そうね、その時まではせいぜい殿下の婚約者なんて過ぎた立場を貸してあげましょう。
そう思っていた。
⋯⋯それが。
⋯⋯それが、どうしてこんなことに。
何故、あの女が殿下に優しい顔を向けられるのよ。
何故、私があんな目で殿下に見られなければいけないのよ。
もうどれぐらいこの部屋に閉じ込められているのかも分からない。
あの女に最後に会った後、王城に連れられてきてまるで罪人かのように、一人個室に入れられて問い詰められた。
私は何も話はしなかったが、もしかしたらあの双子が何かを言ったのかもしれない。殿下の乳兄弟であるシリル・ヴァサルが後から来て、私が流した噂や伝えた相手を次々と正確に口にしていた。
⋯⋯あの双子も落ちぶれかけた伯爵家のくせに。特別目をかけてあげていたものを、それを裏切るようなまねして、ただじゃおかないわ。
そして数日後、見たことも無い鬼の形相をしたお兄様が迎えに来て、私をそのまま屋敷のこの部屋に閉じ込めたのだ。
しかも監視まで付けて⋯⋯。
それからは毎日両親の喧嘩の声しか耳にしていない。
使用人も今までは私を褒めそやしていたのに、無言で食事の用意をしたりと何も喋らない。
何故このような対応をされなければならないの。
苛立ちのまま思わず爪を噛むと、手入れをしていたはずの綺麗な爪はボロボロになっていた。
──ガチャ
急に部屋のドアが開く音に、視線をドアへと向ける。
そこにいたのは。
「カトリーナ」
「お兄様」
この年の離れた兄は私に甘い両親と違って、小さい時から口煩かった。私が避けていたからか、気がついたら向こうから話しかけられる事もなくなっていた。両親とも気が合わないのか、いつでも私や両親に素っ気ない。
学園卒業後は文官として城で働いており、屋敷も別館に住んで普段顔を合わすことも無い。
その兄が、普段よりも更に眉間に皺を寄せ、苛立ちも隠さずに部屋に入ってきた。
「本当に余計なことをしたな」
⋯⋯私があの女を追い落とせなかったことを怒っているのだわ。
「殿下はあの女に騙されているだけですわ。今回は失敗しましたが、次は必ずあの女を追い落として必ずや私が⋯⋯」
「いい加減現実を見たらどうだ」
「は?」
現実?
「殿下は随分マルセル嬢に夢中な様子だ。お前は何も見えていない。それどころか、この家を丸ごと潰す気か」
「そのような事は⋯⋯」
家を潰す?
そんな事をしたら私は殿下の妃になれないじゃない。
「お前は甘やかされて育ったからな。我慢を知らずに育てた父上と母上も悪いが⋯⋯。
こんなにも馬鹿だったなんて、な」
お兄様は掛けていた眼鏡を外し、目元を指で軽く押さえて大きく息を吐いた。
よく見ると普段は眼鏡に隠れた目元に隈がくっきりと見える。
「あぁ、そうだ。お前は暫くシャントルイユ修道院に行くことになった。
殿下の怒りが収まることがあれば、どっか田舎の後妻にでも貰ってくれるとこを探してやるから安心しろ」
シャントルイユ修道院ですって!
犯罪を犯した貴族の夫人令嬢が行く、監獄のような監視と厳しさで有名なところじゃない!
「そんな! お父様とお母様が何と言うか」
私は思わず立ち上がると兄に詰め寄った。
だが兄は私の行動など目に入らないかのように腰に片手を当てると、ツリ上がった目を更に厳しくし険しい顔になる。
「王家に睨まれたんだ。下手したら家ごと潰されていたんだぞ。お前のせいで!
父上と母上も何も言えるものか。彼奴らは領地に隠居して貰い、余生を過ごしてもらうことにする」
「お父様とお母様が⋯⋯隠居? 何故?」
そんな⋯⋯。
親になんてことを。
信じられないものを見るように兄を見ると、それに気づいた兄は呆れたように一つため息を吐いた。
「邪魔だからだ。
陛下にも了承を得て、数日で俺が侯爵を継ぐことになっている。今回のことも社交界中に広がっているんだ。
⋯⋯お前のせいで俺も妻も息子も、これから後ろ指を指されることになるんだ。監視される可能性だってあるんだぞ」
「そんなつもりは⋯⋯」
兄の言葉に、体の力が抜けるように足元がフラフラと覚束なくなる。
そしてボスン、と元のベッドの上へと座り込む。
「そうそう、最後に教えておいてやる。
殿下はマルセル嬢が闇の精霊と契約した事について、正式に発表された。そして一時の病により魔力枯渇の状態となったが、それを闇の精霊が助けた、と。
極めて異例な病状ではあるが、それを克服したとして貴族も表面上は好意的な反応だ。
教会も貴重な存在である闇の精霊と契約したマルセル嬢を支持するそうだ」
「そんな⋯⋯魔力枯渇なんて⋯⋯受け入れられるはずが」
「お前の働きがなかったら貴族も受け入れなかったかもしれない。だが今回のことで殿下はマルセル嬢への悪意ある噂は王家を敵に回すことだ、という考えを周囲に植え付けることに成功した。
それに精霊との契約で健康上の問題が無いと王宮医師も発言しているのだから、彼女の侯爵令嬢という身分からも批判は出にくい」
なんていうことなの⋯⋯。
だったら、私のしたことは⋯⋯。
今の私の惨めな状況は何だと言うのよ。
何故、私ばかりがこんなことになるのよ!
あいつのせいで⋯⋯。
私の全てを、殿下を奪ったあの女。
悔しい、悔しい、悔しい。
目の前が真っ赤に染まるかのようだ。
そして、いつの間にか立ち去っていた兄に気づくことなく、私は声を上げて泣いた。
泣いても喚いても⋯⋯それでも、誰かが声を掛けてくれることも無い。
ただ一人、ひたすらに声を上げ続けた。
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