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カトリーナ様の言葉に思わず唇をかむ。
実際に言われたことは本当のことだ。
私には今クロの力がなければ自分で歩くこともままならず、魔術だって簡単なものでさえ操ることは出来ないのだ。
自分でも分かっている。
いくら殿下が望んでくれているからといっても、自分が王太子妃、ましてや後の王妃としていかに力不足であるかを。
殿下の気持ちを疑う気持ちは一切ない。
そうではなく、問題は自分の自信の無さなのだ。
自信を持って殿下の隣に立てると、そう言えない自分に腹が立つ。
「もう十分でしょう?元々少しの間その席を貴方に貸していただけのつもりなのだもの。
そろそろ本来の持ち主に返してくださらないと」
何も答えない私にカトリーナ様は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「あら。図星をつかれて何も言えなくなってしまったようね。でも大丈夫よ。貴方よりも私はもっと国母として皆から慕われるようになりますもの。
そうね、すぐに貴方が殿下の婚約者だったなんてことは誰も覚えていなくなるわ」
「⋯⋯悪意ある噂を流すような人に国母が務まるとでも言うのですか」
「あら、私は本当の事を皆さんに教えてあげたのよ。闇の精霊だって、本当に国にとって必要かさえ分からないじゃないの。
それに⋯⋯闇なんて、響きからして邪悪じゃない」
「何てことを! 精霊を侮辱するつもりですか」
目の前のカトリーナ様は、「まぁ!」と口元に手を当てるとふふ、と我慢しきれないように笑い声を漏らす。両隣のウィレミナとユーフェミアも堪らずといった様子でクスクスと笑い始める。
精霊に何てことを。
笑い続けるカトリーナ様たちに、この人たちに何を言っても伝わらない、と悔しく感じる。
同時に、胸の奥深くでふつふつと湧き出るかのような怒りを感じる。
落ち着け、落ち着くのよ。
思わず耳を塞ぎたくなるような言葉に、ぎゅっと目を閉じて冷静さを取り戻そうとする。
一度、ゆっくりと深呼吸をしてもう一度目の前のカトリーナ様を見据える。
すると、三人の顔が徐々に蒼褪めて口をパクパクと動かしている。
何?
思わず眉を寄せて彼女たちをじっと見つめる。
彼女たちの視線は、私の更に後ろを見ているようだ。
振り返ろうとした、その時。
「興味深い話をしているね。私にも聞かせてくれるかな」
急に背後から冷え冷えとした声が聞こえ、ビクッと肩が上がる。
思わず振り向くと、氷を纏ったかのような微笑みでにっこりと笑う殿下の姿があった。
「殿下! 何故ここに⋯⋯」
「これは違うのです!」
「私は関係ありません」
殿下の更に深まった微笑みに目の前の三人は更に顔を蒼褪めると、瞬時に状況を察したかのようなカトリーナ様がハッとしたように口を開き、起立した。
それに続くかのように、双子たちは立ち上がって殿下に媚を売るかのように深く礼をすると、引き攣った笑みで否定の言葉を口にした。
私も続いて立ち上がろうとすると、殿下は私に座っているようにと手で制した。
「ラシェルは頭の悪い⋯⋯いや、頭の痛くなるような話で疲れただろう。
あとは、私がこの三人と会話をするとしよう。
さぁ、色々聞きたいこともあるし、君たちも座ったらどうだ」
殿下は隣のテーブルから椅子を一脚運ぶと私の隣に置き、そこへ腰かけた。
カトリーナ様達も殿下から座るように促されたら断ることが出来ないのであろう。
殿下の様子を窺いながら、恐る恐るといった様子で座った。
「さて、先程の会話はどのようなものかな」
「いえ、ただの友人同士の会話ですわ。
最近ラシェル様はあの噂のせいでお困りな様子でしたから⋯⋯私心配で。
何といっても幼い頃からの親友ですから」
殿下の問いかけに、カトリーナ様は眉を下げ悲しそうな表情を見せる。
その顔は彼女の裏の顔を知らなければ、簡単に騙されそうなほどであった。
そんな言葉をよく言う⋯⋯。
ずっと私のことを友人だなんて言っておいて、本当はずっと殿下の婚約者という立場から引きずり降ろそうとしていたくせに。
思わずテーブルの下で握りしめた拳に力が入ってしまう。
すると、その力を軽くさせるかのように、温かく優しい大きな手がふわりと乗せられる。
ハッと殿下へと視線を上げる。
殿下は私からの視線を受けて、安心感のある柔らかい笑みを浮かべた。
そして殿下は一つ頷くと、またカトリーナ様の方へと顔を向き直した。
「心配? よくそんな嘘が言えるな」
「嘘などでは⋯⋯」
「噂を流した元凶がよくもそのようなことを言える」
「まさか!私がそのようなことをするはずがありません⋯⋯」
「そうか?ではラシェルに聞けば本当かどうか分かるな」
殿下はにこやかな笑みを浮かべながらも、視線だけは厳しく追及するようにカトリーナ様を見る。
カトリーナ様は殿下には見えないように、私を一瞬睨み付けると、すぐに殿下へと優雅に微笑み「どうぞ」と伝えた。
「ですが殿下。婚約者の欲目などおよしになってくださいね。
失礼ながらラシェル様が本当のことを言っているのか、私が本当のことを言っているのか…どうか冷静に見極めてください」
「ラシェルが嘘をつくと?」
「その可能性もある、と言っているのです。
もし証言が必要であれば、このウィレミナとユーフェミアにも話を聞いてくださいな」
カトリーナ様のその言葉に、殿下は「その必要はない」とニヤリと笑った。
必要がない⋯⋯。
どういうことだろうか。
「シリル、先程の会話は保存してあるのだろうな」
殿下は視線を逸らさずに手を横に出す。
すると殿下の後ろからサッと現れたシリルが殿下の手の上に録音の魔道具を乗せる。
いつの間に⋯⋯シリルが。
全く気配が無かったのに。
私同様、カトリーナ様たちも驚いたようにシリルを見つめている。
それにしても、殿下は今何と言っただろうか。
会話の保存、と言っていただろうか。
会話の保存?
⋯⋯まさか。
殿下は私と彼女たちがどんな会話をしていたのかを知っている、ということだろうか。
思わず殿下をじっと見つめると、殿下は私の髪を優しく丁寧に一撫ですると、先程のカトリーナ様を見る瞳とは全く違う優しい笑みを向けてくれた。
その様子にカトリーナ様は「そんな⋯⋯まさか⋯⋯」と首を小さく振りながら否定の言葉を何度も小さく呟いている。
未だ怒りを通り越したかのような冷え冷えとした殿下の微笑みは深まるばかりで、「これが何か分かるか」とカトリーナ様に問うた。
「会話を保存とおっしゃいましたが…」
「あぁ、試作品ではあるが、これは魔道具だ」
「⋯⋯会話を保存する魔道具である、ということでしょうか」
カトリーナ様の言葉に殿下は微笑みを一切消し、無表情で見る価値もないものでも見るように、冷めた表情で三人を見た。
「察しは悪くないはずなのに、残念であるな。ヒギンズ侯爵令嬢」
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