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「お久しぶりです、ラシェル様」


そのふわりと柔らかい声色にドキッとする。


長い金髪はキツくカールがかけられ、元々は垂れ目である筈の目元はしっかりとメイクされている事で、そうとは思えない。

そして真っ赤なリップが塗られた唇は、分かりやすくニッコリと微笑んでいる。


そう、目の前にいるカトリーナ様は間違いなく、前回一番仲の良い友人だと思っていた人物だ。



そして、伯爵令嬢のウィレミナとユーフェミアの双子が後ろに控えている。


「⋯⋯お久しぶりですね。カトリーナ様」


私は思わず冷や汗が出るのを顔に出さないように留意し、カトリーナ様と同様にニッコリと笑みを浮かべた。

するとカトリーナ様は気を良くしたように一つ頷くと、眉を下げて気遣うように私の顔を覗き込んだ。


「随分心配したのですよ。

連絡もくださらないし、私のことを忘れてしまったのかと⋯⋯」

「いえ、まさか」

「そうですわよね。私とラシェル様は親友ですものね」


親友⋯⋯だったのかしら。


未だニッコリと微笑んだままのカトリーナ様は、後ろの双子を振り返ると「そうでしょう?」と声をかけた。

すると二人は、「「えぇ、勿論です」」と声をそろえてカトリーナ様に追随する。



やはり彼女たちは今回も一緒にいるようね。


それにしても⋯⋯何だか違和感を感じるわ。

前回までは私が言ったことをこの二人は、どんな発言でも同意する様に答えていたはず。

それが今やカトリーナ様の顔色を伺っているかのよう。


やはり私が通常通りに入学しなかったことで、少し友人関係にも変化があるのかもしれない。

 




カトリーナ様との出会いは、まだ十歳の頃であった。我が家で開いたお茶会にカトリーナ様が参加した時からの付き合いだ。

それからも様々なお茶会で一緒になることが多かった。徐々に会話も増え、お互いの家に訪問したりもしていた。

あまり友人がいなかった私にとって、ヒギンズ侯爵家はいつでも歓迎してくれることが嬉しく、いつの間にか誘われるがまま毎週のように訪問していた。



ただその関係性が僅かに変化したのは、殿下の婚約者の話題が出始めた頃だった。

私とカトリーナ様は同じ侯爵令嬢であり殿下とも年が近いため、どちらかが殿下の婚約者に選ばれるだろうという噂があった。


結果私が選ばれた。

ただ選ばれた理由は、やはり魔力の高さに他ならないだろう。

とは言っても、カトリーナ様の魔力が少ないという訳ではない。貴族子女としては平均よりも多いぐらいだ。


それでも、ヒギンズ侯爵家としてはあまり喜ばしいことではなかったのだろう。

特に殿下の婚約者に娘を、と望んでいたカトリーナ様のお母様は、私に会うと嫉妬の表情を隠し切れていなかったように思う。


そんなこともあり、入学までの一年は疎遠がちになっていた。



つい過去を思い出していると、カトリーナ様はポンっと胸の前で手を合わせて、長い睫毛をパチパチと瞬かせる。


「そうだわ、ラシェル様。放課後は空いているかしら」

「放課後ですか?」

「えぇ、私たちは放課後は大抵カフェテリアで過ごすことが多いのよ。宜しければご一緒にいかが?」



忘れていた。

確かにあの当時、放課後はカフェテリアの窓際の決まった席で小一時間おしゃべりをすることが日課であった。


今となっては何故毎日のようにあんなに話すことがあったのか、と思ってしまう。


でも放課後か。

先程の殿下とのやり取りを思い出す。

放課後に迎えに来てくれると言ってくれていたわ。



「申し訳ありません。放課後はちょっと⋯⋯」

「あら、何かありました?」

「えぇ、殿下に校舎を案内して貰う予定でして」


申し訳なさそうに目を伏せると、カトリーナ様は殿下の名前が出たことが意外だったのであろう。僅かにその瞳を見開きハッとした表情をした。

だがそれは本当に一瞬のことで、すぐにまた微笑みをその顔に浮かべる。


それでも瞳の奥は全く笑っておらず、むしろ苛立ちの色が浮かんでいる。


「殿下に案内⋯⋯流石婚約者ですわね。

でも殿下もお忙しいでしょうし、宜しければ私たちが案内しましょう」

「流石カトリーナ様!」

「えぇそうしましょう!」


カトリーナ様が、良いことを考えた!と言わんばかりの顔をすると、双子がそれに賛成の言葉を口々にする。


「いえ、有難い申し出ですが⋯⋯」

「折角久しぶりに会えたのですから!」

「もう約束しておりますので」

「遠慮なさらずに。殿下とは、婚約者同士でしたらいつでもお話する機会があるでしょう?

でしたら⋯⋯」


やんわりと断っていても、カトリーナ様は全く聞き入れる様子がない。それどころか殿下の名前を出す時は僅かにトゲを含んだ物言いをしている。

そういえば、前もこんな感じであったと苦笑いになる。


だが前回はカトリーナ様の思うままに物事を動かされていたが、今はそうではない。

やはりハッキリと断ろう。


意を決して口を開いた瞬間、隣から凛とした声が聞こえる。



「その辺にしておいたら如何ですか、ヒギンズさん。

マルセルさんが困っていますよ」



え⋯⋯。

思わず隣へと視線を移すと、隣に座っているアボットさんが教科書をパタンと閉じる。

そして厳しい声でカトリーナ様を嗜めた。


言われたカトリーナ様は眉をひそめて「勝手に話に入らないでちょうだい」とアボットさんを睨み付けている。

だが、睨まれたアボットさんは全く気にする素振りもない。


「ヒギンズさん、もう授業が始まりますよ。お喋りが好きなのは分かりましたが、そろそろ席に着いたらどうです?」

「言われなくても分かってるわよ!」


カトリーナ様はキッともう一度アボットさんを睨み付けながらも、渋々と言った様子で席へと戻っていく。

一瞬遅れて双子もアボットさんをひと睨みした後、席へと戻っていった。




はぁ、思わず小さくため息が出る。

この分だとまた何か言ってくる可能性があるわね。

注意をしなくては。



それでもハッキリと物を言うアボットさんに尊敬の念が浮かぶ。

やはり過去を清算するには、アボットさんを見習うぐらいでなければいけないのかもしれない。


「アボットさん、ありがとうございます」

「いえ、出過ぎた真似をしました」

「そんな、助かります」

「前から彼女達に一言言いたかったんですよね、私。いい機会でした」


悪戯っ子のような笑みを浮かべるアボットさんに、私も思わずふふっと笑い声が漏れる。


「あの、アボットさん。良ければ授業がどこまで進んでいるか教えて貰えますか?」

「えぇ、勿論」


この機会に、と先程考えていた話す口実を口にすると、アボットさんは快く頷いてくれた。



そのすぐ後、教師が来た為アボットさんとの会話は終了した。

だがその後も、授業の合間に何かとアボットさんと話す機会が出来た。

最初は授業のことを聞いていたが、徐々にお互いの好きな本の話題があがる。そこで本の趣味が似通っていることで思った以上に話が弾んだ。

結果、休み時間も気まずい思いをすることもなく、あっという間に登校初日が終了した。


あぁ、私はなんて勿体ないことをしていたのだろう。

クラスメイトにこんなに素敵な人がいたことを理解していなかったのだから。


ちなみにカトリーナ様は、このアボットさんがどうやら苦手らしい。

何度か視線を感じたが、アボットさんと会話をしている間は近づこうとしなかった。


それでも、無事一日を終えることが出来てホッとした。

この一日で肩に入っていた力も随分抜けた様に感じる。



今日一日を振り返りながら教科書を片付けていると、教室の外が賑やかにザワザワし始めた。


どうしたのかしら。


キョロキョロとクラスを見渡すと、皆揃ってドアの外を興奮した様子で見つめている。


「お迎えが来たようですよ」

「え?」


隣でアボットさんがドアの向こうを指差す。

その声に振り向くと、ドアから教室を覗き込む人影。



「ラシェル」


私が振り向いたら瞬間、ドアから顔を出した殿下が甘い顔で微笑んだ。


わっ。


その蕩ける様な優しい表情に、思わず顔が赤らむのを感じる。


だが、その殿下の微笑みに衝撃を受けたのは私だけではなかったようだ。

クラスのあちこちから甲高い悲鳴とため息が聞こえる。


「もう行ける?」

「あっ、はい!」


殿下の声に慌てて机の横に掛けてある鞄を掴む。一歩足を前に踏み出した後、「あっ」と思い出し身体の向きを変えた。

私が急に振り返ったことでアボットさんは驚いた様な顔をする。


「アボットさん、今日はありがとうございました」

「いえ。また明日」


アボットさんに軽く頭を下げると、アボットさんは優しい微笑みで手を振ってくれた。


それに同じ様に手を振り返す。

何だか少し恥ずかしい気持ちながらも、嬉しくなる。


「はい、また明日」



そして私を優しい笑みで待ってくれた殿下の元へと歩みを進めた。



ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。




カトリーナを間違えて数カ所カロリーナと表記してしまいました。正しくはカトリーナです。

混乱を招き申し訳ありません。

誤字報告ありがとうございます。とても助かりました。

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逆行した悪役令嬢は、なぜか魔力を失ったので深窓の令嬢になります6
― 新着の感想 ―
[一言] カロリーナ……頭痛薬かな?(それはカロナール)
[気になる点] いっそカロリーナさんでいいような。
[良い点] アボットさんの事が一瞬で好きになりました。ちょろい笑
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