4 王太子視点
その知らせを聞いたのは、入学式も恙無く終わり乳兄弟のシリルと生徒会室へと向かう時であった。
婚約者の従兄弟という間柄で、将来の自分の側近候補のエルネストが廊下で声をかけてきた。
「そうか、目が覚めたか」
「はい」
「では、見舞いに行かない訳にはいかないな」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、一応婚約者だからね。顔を見に行けば文句は言わないだろう」
3日程前に体調を崩し伏せっていた婚約者が目を覚ましたとの知らせであった。
ルイは自身の婚約者を思い浮かべ、いつもの朗らかな笑みを消し眉間に皺を寄せる。
背中の真ん中まである黒髪は、緩くカールしており艶やかだ。若干吊り上がった大きな猫目は気の強さを表している。
真っ赤な唇からは、いつも自信に満ちた過激な物言いが多い。
王太子のルイにとって婚約者のラシェルは、何でも卒なくこなす彼にとっては珍しく、会うことが面倒臭いと感じる相手であった。
上位貴族の中でも特に魔力の強い彼女は、成績も優秀でありその能力の高さから婚約者におさまった。
だが、貴族女性にありがちな高慢さとルイに近づく女性に対して、周囲を威嚇し攻撃するかのような態度が目につく。
しかも、国を支えている平民たちを含め魔力の低い者を下に見る物言いがルイを呆れさせていた。
しかし、そこは王太子である自分の努力もあり、疎んでいるとは表情には出していないはず。
ルイは、黄金に輝く髪、蒼い瞳、そして非常に整った甘いルックスを持ち、併せて王族としての威厳をも感じさせる。また、常に微笑みを忘れない姿は、老若男女全てを魅了する。
そう、以前のラシェルはこの完璧な王子とも呼べるルイこそ自分にふさわしいという傲った考えの持主であった。
ルイは気の置けない相手しかいない状況に、いつもの外向き用の微笑みを捨て、ついゲンナリする気持ちが隠せない。
ふぅ、とルイはひとつため息をつく。そして、生徒会室へと向かおうとした踵を返し、玄関へと向かう。
「シリル、マルセル侯爵家に向かう。誰か先に遣いを出しておけ」
「御意」
その言葉にラシェルの従兄弟のエルネストも
「同行します」とルイの後ろを歩き始める。
♢
3人が馬車に乗って、侯爵家へと向かっている道中と同刻
入学式を終えた、新入生らしきピンクの髪をフワフワと揺らした少女が1人生徒会室の前で立ち尽くしていた。
「どうして、入学式後のイベントが発生しないの!
重要な強制イベントなのに、どういうことよーーー!」
悲壮感たっぷりに地団駄を踏みながら叫ぶ姿に、生徒会室前を通り過ぎる生徒も見て見ぬふりをして、足早に通り過ぎる。
この場にいる誰もが、この少女が後に聖女と呼ばれる未来など、知る由もなかった。