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33 シリル視点

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

「シリル! 今すぐラシェルの所に行くから準備をするぞ」



学園であの言葉を聞いた時、仕えるべき王太子殿下の頭を叩かなかったことを誰か褒めてほしい。


私が目下悩まされている問題は、数日前から始まった。

あれは、ラシェル嬢が王都を離れて二ヶ月という頃だったか。

生徒会室にいたはずの殿下が、何故か急に顔面蒼白で「シリル! どこだ!」と私を学園中探し回っていたと聞いた時からだ。


昔から子供らしくない子供だった殿下なので、こんなに慌てた姿を見るのは初めてではないか。

ましてや、人前でこの様に取り乱す姿などかつて見た事があっただろうか。


「どうされたのですか?」

「今すぐラシェルのいるマルセル領に行く。準備をしろ」



は?

誰だこいつ。



まずい、つい不敬なことを考えた。

だが、口に出していないからセーフだろう。

それでも、呆れた目で殿下を見てしまうのは致し方ないと思ってほしい。


というか、今からマルセル領? 殿下は何を寝言言ってるんだ。

学園もあるし、仕事だって山積みだ。

こんな状態で王都を離れるなんて無理を言うにも程がある。


「無理です」

「無理でも何でも行く!」

「あなたは⋯⋯一体どうしたというのですか」


深くため息を吐く私を、殿下は全く気にも留めていないようだ。

何かボソボソと小さい声で呟いている。


なんだ?


「ラシェルの運命の出会いを止めなくては⋯⋯」

「は?」


運命の出会い? 何だそれ。


今までも、優秀が故に殿下の発言の意図が読めなかったことはある。


だが、断言してもいい。

これは絶対に違う案件だ。


殿下にとってはかつて無い重大事件のようだ。

だが、私にとっては相当くだらない用件に付き合わされようとしている⋯⋯気がする。





よく分からないが、その後の展開は嵐の様であった。

殿下は、すぐ様王宮の執務室へと向かうと、急務の仕事を怒涛の勢いで片付けていった。

訳もわからぬまま、私は書類整理をさせられ、使いっ走りをさせられ、食事を取らない殿下の口にパンを押し込んだ。


そんな事を四日続けた後だろうか。



「見つけた⋯⋯」



ひとつの書類を手に妖しく笑う殿下の顔は、かつて天使ともて囃された影は微塵もない。

⋯⋯まさに生贄を目の前にうっそりと笑う魔王のようであった。



「な、何を⋯⋯」


「シリル、ドナシアン男爵と夫人が最近羽振りが良いのを知っているか」

「はい、まぁ」

「どうやら、現地で調べなければいけないようだな」


は?

殿下の手元を覗き込むと、ドナシアン男爵から出された書類だ。不備があるようには⋯⋯あ?


見落としそうになるが、領の収入に違和感を感じる。

何だろうか。

農作物は例年より不況⋯⋯その割に羽振りが良い。


⋯⋯確かに、何かありそうだ。



「ドナシアン領に向かうのは極秘調査だ。男爵が証拠を片付けられる前にすぐに行かなければいけないな。

⋯⋯そうか。ドナシアン領に行くには、マルセル領を通らなければいけないのか」


さも、今気づいたかのように言う殿下。


マルセル領だと。


殿下は顎に手を当て、わざとらしく思案する表情を見せる。だが、仮眠しかとっていない今の殿下の目は座っており、本人はいつも通りの微笑みを浮かべていると思っているだろう。だが、その姿は何かを企んだ悪人にしか見えない。


「さぁ、シリル。明日には出発だ。

私は陛下にこのことを伝えてくる。

お前は護衛の準備と旅支度を。


あぁ、マルセル領主館への連絡も必ずしろ。絶対に忘れないように」


ドナシアン男爵も可哀想に。

マルセル領に行きたいが為の理由付けにされるとは、思いもよらないであろう。


いや、結局この殿下にはその内悪事は見つかっていただろう。時期が幾分⋯⋯いや、相当早まっただけか。



そうこうバタバタしている内に、急いでいるからと馬車ではなく馬を使い、休憩もギリギリしか取らずに進む。

騎士達も殿下の鬼気迫る様子に、自然と重大な極秘任務に同行しているようだと緊張感が覆う。


ドナシアン男爵は、悪事が隠す間も無くこんなにすぐバレるなんて思いもしないだろうから⋯⋯そこまで慌てる必要なんて全くないがな。


とても言えない。

この人、婚約者に会いたいだけですよ⋯⋯なんて。

うん、言えない。

だから、心の中で言っとこう。


あの人、私用のついでに仕事しに行くつもりですからー。


⋯⋯まぁ、幾分すっきりした気もしないでもない。


それにしても⋯⋯殿下に変な事を吹き込んだであろうテオドール様。

貴方のことを本当に恨みます。




マルセル領に近づくにつれ、殿下の表情が曇るようになってきた。

自信満々に王城を出て行ったというのに、マルセル領に入った頃には眉間に皺を寄せて黙ったままだ。



そして、屋敷前で神官が出てきた時。

あの絶望に染まったような唖然とした表情。

乳兄弟として生まれた時からずっと側に居たが、初めて見た。


サリム地区で貧民街を目の当たりにした時でさえ、無力感の中に瞳だけは燃えたぎるように生きていたのに。



彼は殿下にとって、絶望を与える何かがあるのか?


十中八九ラシェル嬢に関わることだな。



殿下はラシェル嬢にこれから会う。その時に機嫌が戻るか悪くなるかは分からない。だが、今日は使い物にはならないだろう。


仕方ない。わたしがあの神官を調べるとするか。





あの神官⋯⋯名はアロイス・ワトー

父は大神官の補佐、兄二人も王都の聖教会に勤めている。

そして、祖父が前大神官である、と。



ふむ。随分と大物のようだ。

だが、何故彼のように優秀な神官ばかりを出しているワトー家の者が侯爵領とは言え、王都ではなくこんな地方に。



私はドナシアン領に着いた後、宿に届けられた報告書を眺めていた。それは、各地にいる私の情報筋の一人から届けられたものである。

殿下はあの日ラシェル嬢と会った後、やはり使い物にならなかった。


部屋に籠ったきり出てこず、翌日に何とかラシェル嬢に会った後も馬に乗りながら暗い顔ばかりをしていた。

一度、「私は嫌われたと思うか?」などと深刻な顔をして聞いてきたので、「そうですね」と言ってみた。

すると、肩を落として「そうか」と言ったきり黙り込んでしまった。


いや、そもそも貴方とラシェル嬢が何を話したか知りませんから。

少し考えれば分かりそうなものなのに。

ていうか、嫌われるようなことしたのかよ。


このままずっとウジウジされてるのも面倒臭いと思っていたが、ドナシアン領に着くといつもの殿下に戻っていた。


あっという間に不正の証拠を見つけ出し、苛立ちをぶつけるかのようにドナシアン領主館へと乗り込んでいった。

男爵たちは王都にいるため、ドナシアン領には代理人しかいない。

だが、笑顔で相手を追い詰める様は流石としか言いようがない。



これでこそ殿下だ。



私が感心したのも束の間、宿に戻った殿下はまた意気消沈している。


そして、何か気づいたかのように胸ポケットから手紙を取り出した。


あっ、あれラシェル嬢から貰っていたものだな。

マルセル領を出てから何度も眺めていた手紙。

封を開けていないところを見ると、勇気が出なくて開けられていないんだな。



しれっとテーブルの上に置いてあったペーパーナイフを殿下に渡してみる。すると、殿下は反射的に受け取った。⋯⋯さぁ、開けるのか。


あっ、開けた。



殿下の目線は、手紙の文字を追っているようで何度も左右に動いている。

何枚かの手紙を読み込み、更にまた一枚目へと戻って読み込む。


読み過ぎだろう。



いや、でも何度も読むうちに殿下の顔色がみるみる良くなっている。頬は紅潮しており、口元は酷く緩んでいる。


何が書いてあるんだ?



脇に存在感ゼロで静かに立っていたが、気になってそろりと殿下の方へと近づいてみた。

すると、殿下はすぐに射抜くような鋭い目線を私に向け「見るな!」と手紙を封に戻して大事そうに胸ポケットへと仕舞い込んだ。


チッ、駄目か。



「シリル、ここのドナシアン領の用事は明日には片付くか」

「えぇ、後は王都に戻ってから男爵を尋問すればいいでしょう」

「そうか。だったら、お前は先に王都に戻って男爵の尋問をしておいてくれ」

「⋯⋯貴方は?」

「マルセル領に数日滞在しようかと⋯⋯」

「駄目に決まってるでしょう!」


私の言葉に殿下は不貞腐れるような表情をする。

まさか、あの殿下がこんな顔をするとは。


「こんなに頑張った私を労ろうとは思わないのか」

「だったら私を労ってください。あなたの我儘に振り回される私を」

「う⋯⋯」


ほら、心当たりがあり過ぎだろう。


「だいたい⋯⋯」と私が更に小言を言おうとすると、ノックの音が聞こえる。


「ロジェです。殿下、急ぎ伝えたいことが」


ドアの向こうから、緊迫したロジェの声が聞こえた。


だが、ラシェル嬢の側にいるべきロジェが何故ここに。思わず殿下と顔を合わせる。

確かにマルセル領からここまでは馬を走らせれば半日もかからずに着く。

だとしても、何故殿下から護衛を任されているラシェル嬢から離れたのか。


殿下も何かを感じたのか、一気に顔付きが鋭いものへと変わる。


「入れ」


殿下の重々しい声の後、入室したロジェの顔を見て驚く。


ロジェは眉間に皺を寄せその顔を酷く歪めている。殿下の前だというのに身なりも整えた様子がないことから、ここに着いて真っ直ぐに来たのだろう。

かなりの切迫した様子に、私も殿下も息を飲む。


そして、殿下の冷え冷えとした視線を受けながら、ロジェは膝をつくと、頭が床についてしまうのではないかと思う程に低頭の姿勢で口を開く。




「ラシェル様が⋯⋯連れ去られたようです」


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逆行した悪役令嬢は、なぜか魔力を失ったので深窓の令嬢になります6
― 新着の感想 ―
[気になる点] 物語上必要だったかもしれないですけどテオドール最低。危うく婚約破棄になるところでしたよね。私的には神官より印象悪い……
[良い点] こ、ここで終わりかよ終わりかよおおおおおおおおおおおお 先がめちゃ気になるやんけ、
[一言] 王子、そこまでやったのな。 すごい優秀。 シリルは不憫だ。 テオドールは余計なことをしたと思ったけど、結果的には良かったな。 王子、出番ですぜ?
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