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「ラシェル!目が覚めたのね、本当に良かったわ!」
扉が勢いよく開かれると共に、母が枕元までやってくる。頬に母の冷たい手が当てられると、もう二度と会うことも無いと覚悟していたため、感動で目元が熱くなる。
「お母様」
「ラシェル、まだ顔色が悪いわ。さぁ、お医者様に診て貰いましょう」
私と同じ黒髪をシニヨンにし、これまた私と同じキツイ目元が更に吊り上がっているのでかなりの美人であるが、とてもキツく見える。
だが、この母は決して冷たい訳でも厳しい訳でもなく、見かけに似合わず愛に溢れて穏やかで優しい人だ。
「さぁ、診てみましょう。まずは全身の診察と魔力の流れを確認しますかな」
母の勢いにのまれて気がつかなかったが、後ろには白い髭を伸ばした王宮医のドナルド医師が控えていた。
更にその後ろにサラが心配そうに覗いていた。
私は目が覚めてからというもの力が入らず、だるさも強いためドナルド医師の温かい魔力が身体中を伝わるのを感じるも、なすがままであった。
「これは……」
「先生、どうされたのですか?ラシェルは回復してるのでしょう?」
深刻そうに険しい顔つきになるドナルド医師に、母はオロオロと戸惑っていた。
私はというと、何となくドナルド医師が言わんとしていることに気づいていた。
そう
「魔力が枯れている」
あれ程漲っていた魔力がほとんど感じられないのだ。
生まれた時から当たり前にあるものがない。それは混乱の最中にいる私でも流石に気づく。
「そんな」
「奥様、お気を確かに!」
「だって、魔力が枯れるなんて聞いたことがないわ」
母は医師の言葉にショックを受けたようで、頭を押さえながらよろめく。
サラがすかさず、母の腰を支えた。
「聞いたことがないでしょうな。私も文献で読んだだけで、実際には初めての経験ですからな」
「どうすれば!どうすれば戻るのです!」
母が医師の腕を掴み甲高い声を上げるも、医師は難しい顔で首を振るのみだった。
私はただ、その様子をぼんやりと眺めていた。母の取り乱しようが、逆に私の頭をスッキリとさせてくれる気がした。
この世界に魔力を持たない者はいない。
貴族は魔力が強い者が多く、平民は少ない者が多い。
多い少ないは、魔力の溜まる樽みたいなタンクの大きさで決まるらしい。
人によっては、洗面器の大きさや井戸の大きさなど様々だ。
私は元々かなり魔力が強いため、湖ほどの大きさの魔力を常に蓄えていた。
それが枯れる、つまり魔力のタンクがなくなる。
そうすると、魔力が足りなくなることで体を守る免疫力も弱まり、風邪なども悪化しやすい。しかも常に疲れやすい状態となることで、自力で歩くことも辛くなることだろう。
洗面器ほどの小さい魔力のタンクでも、そこに魔力が満たされていれば生活には何不自由もない。
ただ、使える魔法の大きさの違いだ。
あぁ、なんだ。許された訳でも、一時の夢でもないのかもしれない。
これは、人を害そうとし、苦しめた私に与えられた罰なのではないか。
前回の生で、私はこの魔力を使って聖女を傷つけようとした。きっと、そういうことなのだろう。
だとしたら、何と幸いなことなんだろう。
苦しむのは自分だけなのだから。
今度は誰も傷つけなくていい。他の人を苦しめる必要もない。
死ぬ必要なんてなかったサラと御者
嫉妬にかられて害そうとした聖女
もしかしたら、本当にやり直せるのかもしれない。
私は、安堵で自然と目から一粒の涙が溢れた。