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泣いている女の子に慌てる私を他所に、黙って後ろで控えていたロジェがその女の子をヒョイっと持ち上げる。
そして、そのまま肩車をした。
呆気に取られたのは私だけではなかったようだ。
その子もロジェの上で口を開けて、ポカンとした顔をしていた。
泣き止んだ女の子は、今度は嬉しそうに
「お兄ちゃん、ありがとう!たかーい」と嬉しそうな声をあげた。
「なぁ、君は誰と一緒に来たの?」
「えっとね、お姉ちゃんとお兄ちゃん」
「姉ちゃんと兄ちゃんはどこ行ったんだ?」
「お菓子屋さんの前でね、お菓子見てたの!」
「ん?うん、菓子見てたのか」
「そう!」
「一人でか?」
「ううん、みんなで。それで、大っきいお魚いたから走ったの」
「菓子屋から魚屋に行ったのか?」
「うん、そしたら一人だった。悲しかったの」
女の子はしょんぼりと眉を下げた。
つまりは、お菓子屋さんにお姉さんとお兄さんといたけど、はぐれて迷子になっちゃったのね。
それにしても、ロジェがこんなに小さい子の対応が上手いとは驚いたわ。
「お兄ちゃんたちが探してあげるから大丈夫だぞ!こうやって肩車してたらよく見えるだろ?」
「うん!」
一人で不安だったのかこちらから話しかけていくうちに徐々に安心したのか、女の子はどんどん自分からお喋りをしてくれるようになった。
そして、はぐれる前にいたお菓子屋さんを見つけると「あ!あそこ!お兄ちゃん、降ろして!」とロジェに肩車を降ろすよう伝えると、急いで走り出そうとする。
慌てて、女の子の手を繋ぎ
「一緒に歩いて行こう」と言うと、女の子は「うん!」と嬉しそうに笑ってくれた。
遠くから、若い男の人と数人の子供たちが必死に何かを叫ぶ様子が見える。
どうしたのだろう、と目を凝らすと隣の女の子が「神官様だ!」と指差した。
「知っている人?」
「うん、神官様!」
神官様、というと聖教会の人だろう。
この子とどんな関係があるのかしら。
そんな疑問を感じていると、彼らがこちらに気づいたようで「ミーナ!」と叫びながら近づいてきた。
女の子も「おーい!」と私の手を振り解いて走っていくと、神官様と呼ばれた若い青年に抱きついた。
その神官様が私たちに気づく。
「もしかしてミーナがお世話になりましたか」
「この子はミーナと言うのね。迷子になってしまったようで」
「そうなのですね。本当にありがとうございます」
ダークブロンドの髪に、紫色の少し垂れ目がちな優しい目元をしたその神官様は、市場が開かれている広場のすぐ脇の教会の方だそうだ。
「先に戻っていてくれるかい?」と、多分十二歳ぐらいだろうか、その場にいた中で一番年長の子供に伝えた。すると、その少年は数人いた子供たちを連れて教会へと戻って行った。
ミーナは、帰るときに私とロジェの方を向き「ありがとう」とにっこり笑って手を振った。
「あの、あの子たちは」
「えぇ、教会に併設している孤児院の子供たちです」
「では、先程のミーナも」
「はい。あの子も孤児です」
そんな⋯⋯。
だからあんなに大泣きしたのだろうか。
私が迂闊に『お母さんは?』なんて聞いたから。
「⋯⋯私はあの子を傷つけたでしょうね。お母さんはどこ、という質問をしてしまいました」
私の言葉に神官様は、少し寂しそうな顔をする。
「ミーナは、そろそろ自分たちが一般的な家族とは違うということが分かってきているでしょうね。
こういった場に来れば、父親や母親に連れられた同じぐらいの年の子に会うでしょうしね」
「そうですね⋯⋯」
「ですが、彼女たちはそれを乗り越えなければいけないのです」
「乗り越える⋯⋯あの小さな子たちが」
「それが現実ですからね。だからこそ、私はあの子たちが一人でも立ち上がれるように、愛情を注ぎ、知恵を教え、力をつけさせようとしています」
神官様のその言葉に胸を打たれた。
確かに、現状を嘆くのも同情するのも簡単だ。
だが、そんなことは彼らは何も望んでなんていないだろう。
だが、あの子たちの明るい笑顔としっかりとした身体つきを見れば、神官様たちがとても愛情をかけて育てていることがわかる。
「あの、宜しければ今度教会へ伺ってもよろしいでしょうか」
「えぇ、もちろん。ミーナも他の子供たちも喜ぶでしょう」
私の言葉に神官様は優しく目を細めて頷いた。
そして「そろそろ戻らなくては。本当に今日はありがとうございます」と丁寧にお礼を述べてくれた。
去っていく神官様の後ろ姿を見ながらロジェに
「とても優しそうな方ね」と言うと、ロジェも静かに頷いた。
「それにしても、子供の面倒を見るのが上手ね!すっかりあの子も懐いていたもの」
「えぇ、俺も教会の孤児院育ちなんで。下の奴らの世話は年長者の仕事ですからね」
と何でもないことのようにサラッと言う。
「まぁ、でもあの神官様みたいに優しい神官様やシスターに育てられたんで。俺は生い立ちがどうってのは気にしてないですがね。
この国の騎士ってのは、そりゃ孤児は蔑まれたりはしますけど剣一本でどうとでもなれますから」
ロジェの続く言葉に、また更に驚く。
教会が孤児院を併設していることも多いと言っていたが、ロジェもまた教会で育っていたとは。
「そう。ロジェ、話してくれてありがとう」
「いえ」
教会の孤児院は聖教会で管理しているが、財源は国や貴族の寄付だ。
教会への寄付や慰問にも熱心な貴族の領地では、孤児院でも衣食住が満たされ、更に勉学などにも励むことが出来るそうだ。
だが、そうでない貴族のところでは全て教会任せで、環境が良いとは言えないそうだ。
私も教会にはそろそろ行きたいと考えていた。
ただ、今現在の私の処遇が国と教会の問題であるから、自分から積極的に関わってもいいのか悩んでいたことも事実だ。
だからこそ、今日の出会いは一歩前へ踏み出すという意味でとても大きな出会いとなったのではないかと思う。
「さぁ、テオドール様たちのところへ行きましょうか」
「はい」
そう、私はすっかり忘れていた。
サミュエルのことを。
先程の店に戻ると、テオドール様一人が立って待っていた。
「あら、サミュエルは?」
「あいつさ、何だか豆を神みたいに崇めてるから、とりあえず置いてる分全部を領主館に運んでもらうよう店主に頼んだんだよ。
そしたら、準備をしないとって走って帰った」
「走って!?」
「⋯⋯俺も流石に疲れた。早く帰ろ」
「はい。お疲れ様でした」
どうやらサミュエルにとっても大きな出会いを果たしたようだ。
これによって、私の日常生活と食生活もまた少しずつ変わることになる。





