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3−41

 馬車から降りると、そこは生い茂った木々に囲まれた森の中だった。


 ここがどこで、どこに向かっているのか。皇帝は私の問いに答えないまま、入り組んだ獣道を進んでいく。


 登山に向かない格好で山に連れて来られ、息が上がり足が悲鳴を上げる。それでも、皇帝は時折私がちゃんと着いて来ているか確認する以外、黙々と足を進めて行った。


「まだ、着かない……のですか?」


「……いちいちうるさい奴だ。こんな平坦な道でさえ根を上げるとは」


「へ、平坦? ……こんな山を登るだなんて聞いておりません!」


 魔石を取り返す為とはいえ、黙って着いて行っているというのに、文句の一つは言いたくもなる。だが、皇帝は面倒臭そうに頭を掻いた。そして、こちらに振り返ると手を翳した。


 皇帝の手元から淡い紫の光が私へと流れ込んで来たかと思うと、先ほどまでの体の重みが嘘のように軽くなる。


「これで文句なく歩けるだろう?」


「……一体、何を?」


「簡単な身体強化の術を掛けたまでだ」


 ――出来るなら最初からして欲しかった。


 ガックリと項垂れながらも、足取りが軽くなり皇帝のスピードにも簡単に着いて行けるようになった。


「そこに洞穴があるだろう。あれが目的地だ」


 皇帝の言葉に顔を上げる。すると、草木に囲まれてまるでひっそりと隠されているような洞窟が見えた。


「ここは?」


「この場所は、始祖龍の墓がある場所だ」


 ズンズンと洞窟の中へと進む皇帝とは違い、私は洞窟の入り口で足を止めた。見た目は至って普通の洞窟。だけどまるで目に見えない黒いモヤが渦巻いているようで、言いようのない不安が襲う。


「……早く来い。純魔石を返して欲しいのだろう?」


 足を進めることを躊躇しながらも、皇帝の言葉に背を押されるように恐る恐る中へと進む。


 皇帝が持つ魔石ライトのおかげで、洞窟内はオレンジの温かな光が広がる。洞窟の一番奥、皇帝の視線の先には一メートルほどの岩があった。


「この下に始祖龍は眠っている」


「始祖龍の墓が……これ、ですか?」


「あまりに質素で驚いただろう? それも無理はない。……立派な墓は城のすぐ近くにある。何千年も前から、毎年欠かさず命日に一族揃って花を備え儀式をしているその墓に、誰も眠っていないのだから面白いものだ」


 まるで何かを懐かしむように、皇帝は始祖龍の墓だという岩に手を添えた。


「死に際を誰にも見せずに、森の奥深くで眠る。……一族の栄華を願い、自分は静かに眠る。穏やかな最期だっただろう」


「陛下は、なぜこの墓が始祖龍の本物の墓だとご存知なのですか?」


「俺は生まれ変わりなのだから、当たり前だろう? だが、生まれ変わりとはいえ、俺と始祖龍は別人格だ。俺はあいつのように一族にも国にも情などない。希望は他にある」


 まるで始祖龍と決別するかのように、岩から手を離した皇帝はこちらを振り返った。ライトの灯りが皇帝の顔をオレンジに染め、赤紫の瞳は怪しく揺れた。


「あなたの……希望、とは?」


「始祖が作った国を生まれ代わりである俺が壊す。つまり、俺は始祖をも超える……という訳だ」


「始祖を……超える?」


「この国も、民も、未来も、俺は何の興味もない。俺は自分が最強である証を示すだけだ」


 最強である証、とは一体何を指すのか。皇帝の言葉に動揺する私に、皇帝は目を細めた。


「あなたを慕うリュート様でさえ、興味がないと?」


「そうだな。あいつは便利だから側に置いているが、利用価値がなければ消すのみ。……リュート自身もそれを分かって側にいるのだろう」


「リュート様は、あなたが大陸の王になる為に何でもすると仰っていました」


「大陸の王になって何になる。俺は皇帝になることだって別段望んでなどいなかった。自分の目的の為に煩わしい者共を消していった結果、俺が皇帝になっただけだ」


 一歩また一歩と砂利の音を響かせながらこちらへと向かってくる皇帝に、私は僅かに後ずさる。だが、まるで術を掛けられているかのように体が上手く動かない。


「龍は精霊の魔力を好むと始祖が言っていたが、それは本当のようだ。お前の存在は不思議だな」


 怪しく笑みを浮かべる皇帝の赤紫の瞳から視線を逸せない。


「その瞳を見ていると、常に己の中にある怒りが一時的に消えていくようだ。……純粋で清らかで、そして蠱惑的な甘さ」


 顎を掴まれて顔を上げさせられる。間近に見る皇帝の瞳に、私はビクッと体を揺らす。


「もしかしたら、本当にお前が俺の運命なのかもしれないな」


「私の運命は既に決まっています」


 ドクドクと脈が体全身に響き渡理、緊張からか冷や汗が止まらない。それでも、上手く動かず震える唇を必死に動かす。


 すると、皇帝は愉快そうに口の端を上げた。


「デュトワ国の王太子か。リュートが言うには、大した力を持たない偽善的な人物だと」


 そう言いながら、皇帝は私の頬へと手を伸ばした。


「ルイ様を侮辱することは、私が許しません」


 ふつふつと沸き上がる怒りを静かに溜めながら、私は皇帝の手を弾いた。


「かつて見た中で一番の怒りのエネルギーだな。ハハッ、共鳴するように純魔石が答えたな」


 皇帝は内ポケットから純魔石を取り出す。その魔石は、皇帝の言う通りキラキラと淡い光を放っていた。 


 魔石を握りしめた皇帝は、笑みを深めて愉快そうに笑い声を上げた。


「それで良い。その力を待っていた。……ついに、俺が始祖を超える時が来た」


「な、何を……」


皇帝はギラギラとした瞳で魔石を見つめると、それを勢い良く胸に押し付けた。


「返してください! それはテオドール様のための魔石です!」


 胸を押さえ込みながらその場に膝をついた皇帝は、苦しそうに肩で息をした。駆け寄った私は、皇帝の胸元から魔石を取り返そうと手を伸ばす。


 だが、それを阻止するように皇帝の胸の辺りから強烈な光が漏れ出す。眩しい光は目を開くことが出来ないほど激しく皇帝を包み込んだ。


 その時。



 ――ズドォォォンッ!



「きゃあ!」


 洞窟に雷が直撃したような轟音の直後、地面が大きく揺れた。その振動に足元を掬われ、私は近くの岩にしがみついた。近くの壁は軋み、頭上から砂や小さな石が舞い落ちた。


 ――一体、何が起きているの!


 辺りを見渡すと、足元に皇帝の持っていた魔石ライトが転がっていることに気がつく。それを拾い、洞窟内を照らそうと顔を上げた。


 すると、目の前に巨大な影が映り、ハッと後ろを振り向く。


「未だ気が付かないのか」


 いつの間にか間後ろに立っていた皇帝が、虚な目をしてニヤリと笑った。いつもきっちりと止められている皇帝の服は、胸元がはだけている。


 そして、鎖骨の中央に埋まったそれを見つけた瞬間、私は驚愕に目を見張った。


「そ、それは……」


 皇帝の胸には、私の作った純魔石が黒く変色し埋まっていた。


「お前は俺に利用されたんだ」


「……利用? 何を……」


 皇帝が何を言っているのかが分からない。なぜ私の作った純魔石が皇帝の肌に埋め込まれているのか。なぜ魔石の周辺に鱗のような模様があるのか。


 ――なぜ、今にも押し潰されそうなほどの強力な魔力が皇帝から溢れ出ているのか。 


「残念だったな」


 皇帝はしゃがみ込む私の腕を掴んで、私をその場に引っ張り上げた。


「この魔石を作ればナナの記憶が戻ると思ったのだろう? だが、龍人の能力を無効化する術は何もない。お前にその魔石を作り出させる為だけに、お前をこの国に連れて来て、ナナの記憶を取り上げたのだ」


「記憶を……取り上げた?」


 ――一体、この人は何を言っているの?


 だって、確かに私は本で読んだ。龍人の能力を無効化するには、闇の聖女が作った純魔石が必要だと。だから、私は……。


「全ては俺の、そして俺の中にいる始祖龍の作り上げたシナリオの通りだ。お前は重要なコマとして大事な役割を果たしてくれた。……俺が龍化するために必要な、最後のピースを」


「な、何を仰って……いるの、ですか。だって、私は資料室で見つけたのです。龍人の……第一皇子の術を解くための鍵を」


 混乱の中で必死に叫ぶ私に、皇帝は哀れんだような視線を向けた。


「そもそも、ナナの記憶を操作したのは第一皇子ではない。なぜなら、第一皇子などとうの昔に俺がこの世から消し去ったのだからな」


 ――えっ? 第一皇子が……既に亡くなっている? では、私は……一体、誰と戦っていたというの。


 皇帝が言っている意味が分からない。だって、第一皇子は皇帝の敵で、テオドール様の記憶を奪った張本人で……。


「では……テオドール様の記憶を奪ったのは……一体……」



 戸惑うように呟いた私の言葉に、皇帝はニヤリと笑みを深めた。



「リュートだ。……リュート・カルリアこそ、記憶操作の能力を持つ龍人だ」


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