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3−35

 リュート様と一時的な協力関係となったことは、予想外の影響を私に与えた。というのも、リュート様は自分の持つ情報を惜しみなく私に与えたからだ。

 数日おきにリュート様と図書館で会うようになってから、1人では知り得なかった情報を多々知ることができるようになった。


 今日もまた、リュート様と私は図書館にいた。


「トラティア皇族は、始祖龍から始まります。彼の能力はドラゴンでありながら人間に変化出来るだけでなく、神の力を持っていたのです。その神の力の一部を子孫たちは受け継いでいるのです」


「神の力とは具体的にはどのようなものなのですか?」


「ほとんどは判明していませんが、その本に書かれている通り……過去視や未来視、記憶操作に身体強化。転移、魔力増幅、変化の力……それと治癒なんかもあったようですね」


「……凄い能力ですね」


「言葉だけ並べると凄いですよね。ですが、血も薄まった今は能力自体も始祖の力に比べて弱くなったと考えられます。身体強化といっても威力が二倍とか、変化の力といっても数分から数時間他の人物になれる、とか。その程度の話ですよ」


 他人に変化することが出来る能力もあるなんて。弱くなったとはいえ、そんな神のような能力……。悪用しようと思えばいくらでも出来そうなものだ。


「とはいえ、人それぞれですね。傷を薄くする程度の治癒能力しかない者もいる一方で、マーガレットなんかは皇族でも珍しい未来視で、しかもドラゴンの心臓の在処を見つけることが出来た訳ですから」


「第一皇子の記憶操作がどの程度のものなのか。リュート様の予想を伺ってもよろしいでしょうか」


「僕の見解では、記憶操作というのは龍人の能力の中でもレアになります。つまり、開花が難しく使いこなすこと自体が奇跡のようなもの」


「つまり……第一皇子は、相当の能力者と考えて良い。ということですね」


 リュート様は眉間に皺を寄せて頷いた。


「そうです。人の記憶を永久的に消す能力を開花するぐらいですから。第一皇子を見つけ出し、本人に解術を迫ることが一番容易いかもしれませんが……おそらく、次に会う時には決戦の場になるかと思います。解術しないで術者が死亡した場合もまた、永久に解術は不能となります」


「……そんな。では、第一皇子を探すのと同時に、違う解術方法を探らなければならないということなのですね」


「……そうなりますね」


 リュート様の口調からいって、第一皇子は相当の切れ者であり強者だ。彼が簡単に術を解くとは考えにくい。だが、そんな絶対的な術を解く鍵がどこにあるのか。


「リュート様からお借りした本は全て読みましたが、解術の記述はどこにもありませんね」


「まぁ、そうですね。僕も第三者が術を解く方法など聞いたことも見たこともありませんから。でも、抜け道というのは思いもよらない場所にあるものです。……僕ももう一度調べてみますが、龍人と関係のないあなただからこそ気づけることがきっとあるはずです」


 リュート様はそう言いながら、真剣な表情でこちらをじっと見た。そして、机の上の積み上がった本を指でコツッと叩く。


「もしかしたら、僕もラシェル様もとんでもない勘違いをしていて……全く関係のないと思っていた場所にヒントはある、なんてことも考えられますよね」


「全く関係の……ない場所」


 積み上がった本の中には、始祖龍の伝記やトラティア帝国の皇族について。獣人族や魔獣に関する本に、精霊に関しての本まで。その中の『精霊国の魔力』と書かれた一冊を手に取る。


「僕は今、あなたのドラゴンが前闇の聖女に封印されていた謎も調べています。太古の力に立ち向かうのです。思わぬところから真実が出てくる可能性だってある」


 リュート様の言葉にハッとする。庭園に行く時はクロが、そしてリュート様との約束の時にはロゼが私と一緒に出掛けたがる。そして、ロゼは今も私の膝の上で眠っている。


 ――言われてみれば、精霊とドラゴンは無関係、という訳ではないのかもしれない。


 自国にいる時には見えなかった景色が、もしかしたら遠い異国だからこそ知ることが出来るのかも。


「確かにその通りです。……ありがとうございます。私、やってみます」


「えぇ、互いに頑張りましょう!」


 協力者としてのリュート様は意外にも自分が見えていない部分を多々指摘してくれた。利害の一致の一時的な協力者ではあるが、彼は私にちゃんと歩み寄ってくれているのかもしれない。


 その後、私たちは日が暮れるまで次から次へと無言で本を読み続けた。



 翌日、またリュート様と図書館で約束をしていたが、都合が悪くなったとのことでひと足さきにリュート様は図書館から出て行った。

 扉の前に騎士がいることもあり、私はこの広い図書館で1人、本を読み進めた。


『キュー』


 3冊ほど読んだところで、図書館の中を暇そうに飛んでいたロゼが私の首に巻き付き、甘えるように鳴いた。


「ロゼ、ごめんね。今はまだ遊べないのよ」


『……キュ!』


 眉を下げて困ったように笑う私に、ロゼは気分を害したのか積んでいた本を尾で弾いた。


「あっ、ダメよ! その本はまだ確認していないの」


 小さくても流石はドラゴン。ペチンと弾くと、積んでいた本はテーブルから床へと散らばってしまった。


「こら、本が傷ついてしまうわ」


『キュー』


「分かったわ。あともう少ししたら、一緒に遊びましょうね」


『キュ!』


床に散らばった本を見ながらため息を吐くと、ロゼは可愛く鳴きながら私の額にコツンと頭を寄せた。そんなロゼに困ったものだと肩を竦めながら頭を撫でる。すると、ロゼは満足気にまたどこかへと飛んで行ってしまった。


 ――可愛いのだけど、本当に天真爛漫な子。


 自然と上がる口角を感じながら、私は床にしゃがんで散らばった本を一冊一冊丁寧に拾い上げる。


「あと一冊足りないわ……」


 さて、どこに行ったのか。とテーブルの下を確認する。すると、テーブルの向こう側に残りの一冊が落ちていた。


 手を伸ばし本を取ろうとした時、それを阻むように大きな手が先に本へと手を伸ばした。


「あっ……」


「こんなところで会うとは。……奇遇だな」


 ゆっくりと視線を上げたその先には、皇帝の姿があった。慌てて立ち上がると、皇帝は私に本を差し出した。


「……あ、りがとう……ございます。……えっ?」


 差し出された本を受け取ろうとしたその時、皇帝はヒョイッと本を自分の顔の前へと掲げた。


「トラティアの系譜か。こんなものを読んだところとて、対して面白くもないだろうな。俺だったら、数ページで眠くなる」


 本の表紙を確認するとフンと鼻で笑いながら、再び私に本を差し出す。


 ムッとしながらそれを表に出さないように注意しながら、本を受け取る。皇帝は、今後こそ差し出した本を取り上げる真似をしなかった。

 

――なぜ、ここに。


 気配もなく現れた皇帝は何の目的があるのか、私が座っていた席の向かいの椅子にドッカリと腰を沈めた。そして、積み上げていた本を確認するように背表紙に指を這わした。


「座らないのか?」


 皇帝はテーブルに肘を付き手の甲の上へ頬を置くと、立ったまま動かない私を不審げに見上げながら言った。


「……いえ」


 ジッとこちらを向く赤紫の瞳が苦手だ。視線を向けられるだけで、体を拘束されているような感覚になる。首元に剣を当てられたような緊迫感に鼓動が速くなる。


 だが、皇帝はそんな私の心情などお構いなしに、「良いから座れ」と目線で私に促した。


 恐る恐る皇帝の前へと座る。すると、皇帝は満足気に口角を上げた。


「リュートから聞いた。ナナの記憶を取り戻そうと必死なのだろう? それで、成果は?」


「ナナではありません。テオドール・カミュ様です」


 私がそう言い返したのが意外だったのか、皇帝は可笑しそうに鼻を鳴らした。


「どちらでも良い。どうせ名を覚える前に殺してしまうのだから」


 皇帝の不穏な物言いに、肩がビクッと跳ねる。


「そう恐れずとも、ナナはまだ殺さない。精霊国一の魔術師は、随分と使い道がありそうだからな」


 全ては目の前の人物の興味次第。その興味がいつまで続くのか。それは本人さえ知り得ないだろう。明日なのか明後日なのか。それとも一週間後か一ヶ月後か。


 ――テオドール様の命をこの人が握っていると思うと、余計に時間を無駄には出来ない。


 焦りからテーブルの下で握った手にじんわりと汗が滲む。


 そんな私の様子を一瞥した皇帝は、興味なさ気に一冊の本を取るとパラパラと目を通す。だが、すぐにテーブルの上へと投げ出した。


「こんなもの何の価値もない。時間の無駄だ」


 皇帝はきっと、私の無駄な足掻きを嘲笑っているのだろう。


 皇帝は、ガタッと椅子を鳴らしながら立ち上がると、そのまま図書館の出入口へと向かった。

 

――何の気まぐれかは分からないけど、ようやく帰るつもりなのね。


 ホッとしたのも束の間、皇帝は扉の前に立ったまま動かない。それどころか、マントを翻しながらこちらを振り返った。


「何をしている。着いて来い」


「えっ?」


 驚きに声を漏らした私に、皇帝は僅かに眉間に皺を寄せた。だが、なかなか椅子から立ち上がらない私に業を煮やすように「早くしろ」と急かした。

 低く響く声に反射的にビクッと立ち上がる。もつれる足で扉の方へと向かおうとするが、すぐにテーブルの上が散らかったままであることに気づく。


「あっ、本……」

「そんなものそのままで良い。後で部屋へ届けるよう手配してやる。……どうせ役に立たないものだろうがな」


 小馬鹿にしたような声色でそう言った皇帝は、本棚の隅の一点を見つめた。


 視線の先には、皇帝が現れてからというもの萎縮したように隠れていたロゼがいた。その場で皇帝が指を動かすと、それに合わせてロゼはふわりと浮き、そのまま皇帝の手の中に収まった。


『キュゥゥ』


「あっ、ロゼ!」


「……こいつも連れて行くか」


 力無く鳴くロゼの首根っこを掴んだ皇帝に、ロゼは緊張したように固まったまま動かない。そして、ロゼを乱暴に掴んだまま、皇帝はもう一度私の方へと振り返った。


「おい、早くしろ」


 乱暴な口調の割に、皇帝は苛立つ様子もない。私が椅子から立ち上がり、皇帝の側に来るまで待った後、ゆっくりな歩幅で図書館を後にした。


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