3−25
涙が枯れるまで、どれ程泣いたのだろうか。
私は力の入らない体を、冷たい壁に押し付けながらぼんやりと壁のシミを見つめた。
テオドール様の幻影が消えた後、私は必死にこの部屋を脱出しようと色んなことを試した。
頑丈な扉を魔術で破壊しようと何度も攻撃魔法を使用したり、私に付けたというテオドール様の契約精霊に呼びかけたり。
精霊王であるネル様から貰ったペンダントを通じて闇の精霊の地に移動出来ないかと思い、胸元のペンダントへと手かけた。
だが、いつだって身につけていたペンダントは、どこかで落としたのか、何度首を確認してもペンダントはそこにはなかった。
それでも諦めるなと自分を鼓舞し、考えられる全ての方法を試そうと、果ては今回の原因になったドラゴンを頼ろうとさえした。
だが、そのどれもが失敗に終わった。
――1人じゃなくても、それぞれの出来ることを。
テオドール様のその言葉が、何度も私の頭の中で響き続ける。
それでも、今は体も上手く動かなければ、全ての力を奪われたように体が重い。
この感覚はまるで、魔力を失って目が覚めた時のよう。
その時、ガチャッと外鍵が開けられる音に、重い瞼を開ける。
扉が開いたその瞬間、外の明かりなのか、それとも入ってきた人物の神々しさなのか。
あまりの眩さに、焦点が定まらず、ぼんやりとした輪郭を呆然と見つめた。
だがその人物が部屋の中に一歩踏み入ったその瞬間、一気に室温が氷点下に下がったかのように、全身に悪寒が走る。
――何、この空気!
コツコツと、靴音を響き渡らせながらこちらに近づいてくる人物の異様な空気感に、私は思わず体を縮こまらせた。
空気がビリビリと鳴り、直接肌に突き刺さるような痛みを纏う。
「……こいつか」
地鳴りのような低い声が、部屋に響く。
目の前に来たその人物は、一言発しただけなのに、ブルブルと震えが止まらない。
そっと視線を上げると、眼光の鋭い赤紫色と視線が合う。
目が合った瞬間、ドラゴンが側にいた時と同じように耳鳴りがする。
……いや、あの時とは段違いの耳鳴りだ。ズンッと重苦しい音に、まるで金縛りにあったように指一本も動かすことが出来ない。
――まさか、この人が……。
「随分と騒がしいというから見に来てみれば……見苦しい」
「あなたは……」
重い口を何とか開き発した声は、恐怖に震え絞り出したような見苦しい掠れた声だった。
だが、目の前の人物はそんなことを一切気にする様子なく、私の目の前に膝を着いて、ジッと観察するような無機質な瞳でこちらを見た。
彼が首を僅かに横に傾げると、部屋にひとつしかない小さなランプのオレンジ色と同じ、燃えるように揺れめくオレンジ色の髪がさらりと揺れた。
「本当にお前が、俺の運命だというのか?」
どこか蔑むように言い放ったその人は、アレク・トラティア。
このトラティア帝国の狂人と呼ばれる、若き皇帝に間違いないだろう。





