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3−21

 テオドール様は、皇女殿下を片手で担ぎ肩に乗せると、もう片方の腕を私の腰に回した。


「行くよ。ルイの所まで」


 テオドール様がそう告げると、一瞬の内に私たちをキラキラと美しい光が囲んだ。その光に見惚れていると、ふわりと体が浮くのを感じた。


 ――この感覚、まるで精霊王であるネル様の魔術を身に浴びてるようだわ。


 安心感と安らぎを感じながら、光に身を委ねていると、瞬きをした瞬間に景色が一気に変化した。


 先程までいた薄暗い石の塔から、一気に心地良い風が頬を撫でる開放感に私は驚きに息を呑んだ。


 だが、次の瞬間、必死に瓦礫をどかしながら私の名を何度も何度も呼ぶ愛しい人の姿を見つけた。


「ル、ルイ……さ、ま?」


 もう力が入らないと思っていた足は、私の意志を助けるようにルイ様に向かって進み始めた。絡れながらも、必死に足を動かしながら、私はその大きな背に飛びついた。


 ――あぁ、ルイ様だ。ちゃんと会えた、ルイ様に。


 どんな状況であっても諦めずに踏ん張れたのは、何度もルイ様の存在を思い描いたからだ。ルイ様が側にいなくても、ルイ様に会いたいという気持ちだけで、私は何度だって立ち上がり力をもらえた。


「ラシェル!」


 ルイ様はこちらを振り返ると、ルイ様の両手で私の頬を包み込んだ。


 いつだって優しく美しい蒼色の瞳が、いつもよりキラキラと光って見えるのは、ルイ様の目が僅かに潤んでいるからだろうか。

 それに、素手は真っ黒に汚れ、どの指も血が滲みに痛々しい状態だった。


「ルイ様、手が……」


 ルイ様の手に自分の手を添えると、その手が震えているのを感じる。ルイ様は私の背中に手を回し、力一杯に私を抱き締めた。


「あぁ、良かった……良かった。無事でいてくれて」


「ルイ様、ルイ様……私、私……」


「おかえり、ラシェル」


 この温もりだ。ようやく帰ってきたんだ……。そう思うと、自然と涙が溢れた。


「あぁ、怖かったな。よく頑張った」


 私の頭を撫でながら、ルイ様は何度も私を確認するように、私の顔を覗き込んでは顔を歪ませながら微笑んだ。


「あの、皇女殿下も一緒なのですが……皇女殿下、ご無事ですか?」


「……ラシェル、大丈夫だ。眠ってしまっているのだな。どうやら随分と気を張っていたようだね」


「……そうですね。随分と無理して頑張りましたから」


 ルイ様は私を抱き締めながら、周囲を確認する。そして、ベンチの上に横になる皇女殿下とその隣に控えたテオドール様へと視線を向けた。


「テオドール、ありがとう。お前のお陰だ」


「いや、礼を言うのはまだ早いんじゃな? あれ見た方がいいよ」


 テオドール様の指さす方へと顔を向けると、ドラゴンは何かを探すように、体を回旋させた。


「ドラゴンが方向を変えた。まずい、あっちには街がある!」


「私が気を引きます!」


「ラシェル、これ以上君を危険に晒す訳にはいかない」


 ルイ様の心配も言い分もよく分かっている。私もルイ様の意見に背きたい訳ではない。体だって限界だし、ドラゴンに立ち向かうなんて、正直いうと怖い。


 それでも、私だってルイ様を、そしてこの国を守りたいから。だから……。


「いえ、あのドラゴンは、私の声であれば気がついてくれると思います。他の誰がやるよりも、私の方が成功する可能性が高いです。何より、早くしなくては民に多くの被害が出る可能性があります」


 ルイ様の瞳をじっと見つめると、ルイ様は眉を寄せて瞳を揺らめかせた。だが、私の意思が変わらないと分かると、困ったように眉を下げて微笑んだ。


「……分かった。ならば、一緒に行こう」


「ルイ様! ありがとうございます」




 



 私とルイ様は、ドラゴンを追って森の中へと入って来た。


 森には既に、魔術師団や騎士団が集まっており、消火活動や人々の避難誘導を行っている。


 ドラゴンの炎により、森は随分とダメージを追っており、木々が焦げた煙臭さが充満している。

 それでも、テオドール様や駆けつけた魔術師団たちが森全体の消火をしてくれていたおかげで、私がやることといえば煙が上がっている部分へ水魔法を使うことぐらいだった。


 そして、もう一つ。ドラゴンへの意識を自分に向けさせることぐらいだった。


「止まって、お願い! こっちに気づいて!」


 出来る限り誰もいない場所を選んで大声を上げる。すると、ドラゴンは私の声に反応して、私を探すように方向を変えた。


 次の瞬間、ドラゴンの紫色の瞳と目が合った。

 どこまでも澄んだその紫色には、不思議な魅力があり、思わず魅入ってしまう。目が合った瞬間から私の世界は、ドラゴンと自分以外の存在がなくなってしまったような、不思議な感覚に陥った。


 ふわふわと空を浮かんでいるように夢見心地で、無音の世界。ずっとこのままここに居続けたいと思える、心地いい場所。

 まるで夢のような場所にいた私を、力強い腕が現実へと引き戻す。


「ラシェル! 危ない」


 ルイ様のその声にハッとすると、ドラゴンはこちら目掛けて、炎を口から吐き出した。


 まずい、そう思った瞬間。間一髪、ルイ様が私を引き寄せてくれた。

 しっかりとした腕が私の体を包み込み、ズサッと音を立てながら、大きな岩の奥にある草の茂みへと倒れ込む。

一瞬の内に起こった出来事に、私は呆然とする他なかった。


 だが、先程まで自分がいた場所が轟々と燃えている様を目の当たりにし、ブルッと背筋が凍りつく。 


「ルイ様……ありがとうございます」


「炎の威力が強いな。これではキリがない。大元をどうにか鎮めなければ」


 ルイ様の視線は、攻撃から逃れた後もドラゴンから一切外さず、険しい顔でドラゴンを睨みつけた。

 だが、震える私の様子に、心配そうに顔を寄せた。


「ゆっくり呼吸するんだ。落ち着くまで、少しこの岩場で隠れておいて」


「ルイ様はどこに?」


「大丈夫、ここにいるよ。岩場の前で、ドラゴンがどう動くか監視しておく。ラシェルが落ち着いたら、もう一度ドラゴンに呼びかけよう」


 私の頭を優しく撫でたルイ様は、私を安心させるように、にっこりと笑みを向けた。

 私は、そんなルイ様の言葉に頷くと、岩を背にゆっくりと深呼吸をする。


 胸に手を当てて何度か繰り返すことで、ようやく冷や汗が引き、乱れた呼吸が落ち着いた。


 目を閉じていると、先程までの寒気でなく、ぽかぽかと温かいものに包まれている安心感がする。

 ずっと目を閉じていたいような、そんな不思議な感覚。


 だが、このまま安全な場所で身を隠し続けている訳にはいかない。


「ルイ様、もう大丈夫です」



 そう伝えながら、閉じていた瞼をゆっくりと開いたその瞬間。


 ――世界が変わっていた。



 草の上に座り、背後には大きな岩。


 そして、目の前には燃えた木々。


 一ミリも動いていない私がいる場所は、そこ以外にない。



 それなのに、目を開けた私は、全く別の場所にいた。


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逆行した悪役令嬢は、なぜか魔力を失ったので深窓の令嬢になります6
― 新着の感想 ―
[一言] まだ混乱してる。どうなってしまうんだ!?  名前ど忘れしたけどあの皇女様と一緒に来た公子?もいつの間にか居なくなってるし。 久々に更新されていて嬉しいけどワクワクドキドキ波乱の展開に! 続き…
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