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殿下がじっとこちらを見て、何を言うのだろうかと窺っている。

ただ、その優し気な眼差しが何を言っても受け入れてくれそうな暖かさを感じた。


殿下の様子に後押しされ、意を決して殿下を真っ直ぐと見据える。

そして、私は口を開いた。




「領地に戻ろうかと思っております」








遡ること数日前のこと



大分歩けるようになった私は、夕食の時間を食堂で過ごすことに決めた。

そして、食堂の扉を開くと既に母が着席していた。

母は私が歩いて来たことを察すると、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ラシェル、今日は食堂に来られたのね」

「えぇ、お母様」

「精霊様とフリオン子爵には感謝してもしきれないわ。こんな風にラシェルが歩けるようになるなんて!」

「ふふっ、私もクロとテオドール様にはとても感謝しています」

「私には精霊が見えないけど、精霊様には毎日感謝とお祈りをしなくては」


母はそう言うとハンカチを取り出して、涙で潤んだ目元を拭う。これまでの間、沢山の涙を母は流したのだろう。そう思うと胸が苦しくなる。

それとはまた別に、母の愛を深く深く感じる。その確かな愛情に私も瞳の奥が熱くなる。


キィッ、と音がして後ろを振り向くと扉の向こうに父が立っていた。

私と母の様子を見て、父は微笑みながらゆっくりと頷く。



「ラシェル、夕食を共に取れて嬉しいよ」

「お父様、お仕事お疲れ様でした」

「あぁ、お前の顔を見ていたら疲れなんて吹っ飛ぶさ」


父は私の側に歩み寄ると、その大きな胸と腕で優しく抱きしめてくれる。

そして、ゆっくりと私の体を離すと席へとエスコートしてくれ、椅子をひいて座るように促した。



「さぁ、食事にしよう」



車椅子を贈られてからは、朝と昼は食堂で食べていた。だが、疲れがたまる夕方以降は自室から出られなかったので、必然的に夕食は自室で一人で食べていた。


そのため、夕食の家族団欒は本当に久しぶりだ。



三人揃ってこんな風に笑いながら食事をすることが出来る。

これは本当に奇跡的なことなのだ。


魔力が枯渇する前、つまり前の生では当たり前のことであった。

私を大切にしてくれる父がいて、母がいる。

こんな素晴らしいことを私は何一つ大切に出来なかったのだ。だからこそ、あんな風に家族を悲しませる結果となった。


だが、今ここに大切な家族がいる。

それがこんなにも温かく優しく包んでくれるものだと実感した。



「そういえば、フリオン子爵は毎日我が家に来てくれているようだね」

「はい。テオドール様は、私とクロが早く魔力で馴染んで繋がれるように補助してくれています。元々魔力がなくなった私一人では精霊と契約出来ても、馴染むことが難しかったので」

「そうだな。魔力があるということはあたり前のことだと私も思っていた。でも、ラシェルのことがあって私も考えを改め直したよ」

「えぇ」


私の魔力の高さは父譲りであった。父も魔力が高く、過去の私と同じく水の中位精霊と契約している。

あまり姿を現さないが、翼の生えた凛々しい馬の姿をしている。


ちなみに、低位精霊と中位精霊は動物の形をしていることがほとんどである。

高位精霊は人型の子供のような姿で会話することが出来る。ただ、高位精霊と契約している人は、この国でも両手の指で足りる程度しかいないだろう。


そして、精霊王は大人の人型の姿をしているらしい。らしい、というのは今では書物でしか知る人はいないからだ。

王宮に飾られた絵画では、とても神々しく美しい光を纏った人物が描かれていた。



父は持っていたナイフとフォークを一度置くと、少し顔を歪ませ渋い顔つきになる。


「闇の精霊⋯⋯だったな。陛下にご報告したが、とりあえずは発表はまだ見送ることになった」

「はい」

「この国の聖教会の判断を受けてからの発表が良いだろうと」


あぁ、やっぱり。

そうなるのか、という気持ちがまず一番に考えたことだった。

先程父が話した内容はある程度、私も予測していたからだ。



聖教会とは、この国の国教であり光の精霊王を神と定めた教会である。

聖教会の始まりはこの国の始祖と関わりのある聖女だと言われている。そのため、光の精霊王の加護を受けた聖女は一時的に教会が預かることとなっている。


今回の闇の精霊が見つかったという話は、精霊と昔から深く関わりのある聖教会としても、大きな出来事だ。


国でも大きな発言権を持ち、民たちの信仰厚い場所である教会の顔を立てるという意味でも、教会を無視は出来ない。

教会から闇の精霊を認める発表が出来れば、国と教会との軋轢を回避することが出来る、と陛下は考えたのだろう。



父は深くため息を吐き、目の前のワインを一口飲む。

そしてゆっくりと言葉を溜めながら話を続けた。


「それから⋯⋯殿下との婚約についてだ」

「はい」

「陛下は、殿下に任せるつもりだったらしい。もしも、解消となった時には王家が責任を持って、ラシェルの嫁ぎ先を見つけてくれるとおっしゃっていた」


そうだったのか。

なぜ、陛下がこの婚約について解消をするようにと言わないのかと疑問に思っていた。

父とも魔力の枯渇が明らかになってすぐ、殿下との婚約解消を話し合っていたのにも拘わらず。


だが、ずっと何も音沙汰がなかったのは陛下が殿下の意向を汲んでいたから。

でも、何故?


この国の王太子妃は、国にとってとても重要な役割を担う。

私の気持ちとは別に、国のことを考えるとこの状態で務めることが最善とは思えないのだ。



「だが、少し状況が変わった。闇の精霊⋯⋯その存在がどういうものか。民がどんな反応をするか」

「えぇ、そうでしょうね。私も少し調べましたが、書物には何も。物語でも光はあくまで善であることの対比として敵となっていたり、逆に光を支える影のような存在であったり」

「あぁ、何も分からない。だが⋯⋯確かに存在する。だからこそ、陛下もこの婚約をどうするのか決めかねている」



確かに闇の精霊がどういったものか分からなければ、国にとって利があるのかどうかも分からない。

他の水、火、土はその名の通りに、それらを操ることが出来る。



だが、光と闇は謎が多い。


存在はしているが、崇められる対象のみの光。

そして、存在さえ世に幻と思われていた闇。



だが、今私にはクロを介して、しかも全く使うことは出来ないが闇の魔力を持つことが出来た。

そして、自分で歩く術もクロによって与えられた。


本当にクロ様々だわ⋯⋯


でも、今度はもう間違えた道には進みたくない。

だからこそ今日この場で、両親に自分の考えている気持ち、決意を話そうと決めていた。


きっと、二人は話を聞いてくれる。そう思い姿勢を正して、父そして母と順番に視線を合わせた。


「お父様、お母様⋯⋯お話があります」

「あぁ」

「どうしたの、ラシェル」


「私は今まで、自分に何が出来るか何をするべきかなんて考えてきませんでした。ただ、真っ直ぐな道を何も考えずに歩んできただけです。

でも、魔力がなくなって⋯⋯自分が持っていた能力を何かを成し遂げる為や誰かの為に使わなかったことを後悔しました」

「⋯⋯そう」


父は真剣に私の言葉に耳を傾け、母は穏やかな顔で相槌をうつ。



「今度はもう後悔したくないのです。

何が自分に出来るのか、探してみたいのです」



「えぇ、それでどうしたいの?」


どうしたいのか。その言葉に思わずつまりそうになる。


「具体的には何も⋯⋯。私の世界は狭いので、まずは外の世界を知り、自分がこの手で出来る何かを探せればと」


何か動きたい。何か見つけたい。何か、何か。

明確な答えもなく、ビジョンも何も描けていない私に、母はにっこりと微笑んで頷いた。



「分かりました。では、母と共に領地に帰りましょう」

「領地に?」


「えぇ、王都ではあなたは王太子殿下の婚約者として有名です。ましてや、今は病気療養として学園を休んでいます。そんな状態で何が出来ましょうか」

「⋯⋯はい」


確かにそうだ。

学園のことは、体調が落ち着いてきたのだから行くべきなのだろう。

ましてや、父も母も私が一度死んだことなど知らないのだ。


でも、まだ少し勇気が出ない。

あそこには、かつて友人だった者も聖女もいる。

向き合わなければ、前には進めない。

それが分かっていて尚、あの場に踏み出す一歩。

それを、私はまだ持っていないのかもしれない。


私の困惑した様子を見て母は更に笑みを深めた。その様子に固くなった体を少し緩ませることが出来た。

そして、更に説明をしようとする母を見つめる。



「でも、領地は違います。

王都と違って、マルセル領は海の街。あなたは幼い頃からほとんど王都から離れていないから、領民から顔も覚えられていないですし。

きっと、今より自由にあなたの世界を広げてくれるでしょう」


「お母様⋯⋯ありがとうございます。

お父様、良いでしょうか」


今まで、母と私の会話に口を挟まず静かに聞き手に専念していた父は、大きく首を縦に振り頷いた。


「あぁ、分かった。でも無理はしないように。

それと、殿下にはお前からしっかり話すんだよ」

「はい」



父が現状を冷静に見極め、母が提案をしてくれた。

やはり、私にとって両親はかけがえのない大事な人。

今度こそ、その優しさを裏切るようなことはしたくない。

私はこの二人から貰った温かく灯る心の光を、胸に大切に仕舞う。



その後の食事は空気が一転し、笑いの絶えない和やかな場となった。


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