3−12 アンナ視点
私の問いに沈黙を貫いたマーガレット様は、徐々に目に大粒の涙を浮かべると、小さな子供のように大声を上げながら泣き始めた。
一向に泣き止まないマーガレット様に焦った私たちは、追い詰め過ぎたことに謝罪をしながら何度も宥めた。それでも、自分が信じたものが一瞬のうちに壊れてしまったマーガレット様を落ち着かせる術はなかった。
マーガレット様は、「あんたたちなんて……あんたたちなんて、ジャガイモになっちゃえ!」という呪詛を吐き出し、そのまま扉の向こうの調理庫に籠城してしまったのだった。
「……サミくん、私がジャガイモになっても、見つけ出してくれる?」
「それは……うん、頑張る。頑張るけど……その時は俺もジャガイモかも」
マーガレット様が消えていった調理庫の扉を呆然と見ながら、私の口からはそんなどうでも良い呟きしか口に出来なかった。サミくんもまた、オロオロと困ったように扉の前を行ったり来たりしている。
「追い詰めすぎちゃったかな」
転生者だと分かって、きっと私はどこか嬉しい気持ちになってしまったんだ。勝手に仲間意識が芽生えたのだから。だけど、マーガレット様にとっては、そうではなかった。
私にとって、この世界がゲームだと思った時は、地獄だと思っていた。前世の世界に帰りたくて、ゲームの世界なんてどうでも良くて。酷い話だが、キャラクターに対しての愛情も愛着も対してなく、理想の世界なんてここにはなかった。
けれどきっと、マーガレット様にとっては違ったのだろう。ゲームの世界は、眩しい光であり、信じたい世界がここにあったのかもしれない。
私を見つめるキラキラとした瞳は、間違いなく自分が愛した主人公アンナだったのだ。それが、自分の想像するアンナとかけ離れたものを急に見せられたら、それはショックに違いない。
「……なんでこんなことにも気づかなかったんだろう。いつも感情で動いて失敗するのに……。また間違えちゃった」
――ラシェルさんにも、自分に任せて欲しいなんて大見得を切ったにも関わらず、こんな結果になってしまったなんて。
俯く私の頭をポンッと温かく大きな手が包み込んだ。顔を上げると、サミくんの優しい目が細められた。
「俺は分かっているよ。アンナが同じ転生者として、マーガレット様に寄り添いたかったってことも」
「……サミくん」
「だけど、そのためには彼女が転生者かとどうか確信を持ちたかったんだよな」
「うん。……でも、誘導するような形を取ったことで、マーガレット様を傷つけちゃった」
「俺はかなり幼い時から前世の記憶はあったし、アンナも色々あったけど十七歳で記憶を取り戻した。あの子……皇女殿下はまだ十二歳だ。俺たちとは違った苦しみがあるのかもしれない」
固く閉じられた扉は、まるで以前の私の心のようだった。頑なに他者を排除して、この世界を受け入れまいとしていた私の心。
この扉をマーガレット様が開けてくれるまで、ひたすら待つか。それとも声をかけ続けるべきなのか。それでも、また間違ってしまったらと思うと、怖くて何も出来ない。
その時、私の両肩をサミくんががっしりと掴み、何かを決意したかのような真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。
「俺、ちょっと行ってくるよ」
――行ってくるって、どこに。まさか……。
「サミくん! 待って、私も」
「アンナはここで待ってて。大丈夫、ちゃんと話を聞いてくるから」
サミくんは私を安心させるように、にっこりと微笑むと、扉ではなくコンロの方へと向かった。
小鍋に牛乳を温め始め、刻んだチョコレートを加えながら泡立て器で混ぜた。マグカップを準備すると、小鍋からカップに注ぐ。仕上げに小指大のマシュマロを数個乗せると、それをトレーに乗せて調理庫の扉へと向かった。
サミくんが私の目の前を通る時、ほんのりと甘いチョコレートの香りが漂った。ほっとする香りは、まるでサミくんの人柄そのもの。
「サミくんは、困った人を放って置けない人なんだよね。ありがとう。……そういうとこも優しくて好き」
「俺も」
ノックをしながら扉を開ける直前、私に対して親指を立てながらにっこりと笑う。その笑顔にキュッと胸が締め付けられる。
サミくんの逞しく広い背中が調理庫の中へと消えていくのを、私はホットチョコレートの甘い香りと共に見送った。





