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3−2

 卒業パーティーから1週間後、ひとり庭園を散歩していると、足元にふわりと柔らかいものが触れた感触がした。視線を下げると、そこには私の右足に体を寄せるクロの姿があった。


「あら、クロ。一緒にお散歩する?」


 その場にしゃがみ込んで頭を撫でる。すると、クロは満足気に耳を後ろに下げ目を閉じた。


『ニャー』


 クロを撫でていると、ふと私の体を覆うように影が出来た。不思議に思いふと見上げると、そこには陽の光を浴びるルイ様の姿があった。


「散歩日和だね、ラシェル。それに、クロも」


「あっ、ルイ様! ちゃんと出迎えもせず、申し訳ありません」


 慌ててクロを抱えて立ち上がると、ルイ様は私の腕の中に大人しく収まるクロの頭を撫でた。


「いや、今日は急に押し掛けてすまない。時間を作ってくれてありがとう」


「こちらこそ。お忙しい中、わざわざ我が家までいらしてくださり、ありがとうございます」


 ルイ様がなぜここにいるのかというと、1時間ほど前に今日の訪問が可能かと連絡があったからだ。紹介したい者がいるから、時間を作って欲しいと。

 だが、ルイ様の周りには誰もいない。もしかしたら近くにいるかもしれないと辺りを見渡しても、それらしき人物はおらず首を傾げる。


「ルイ様? お客様を連れてくると聞いていたのですが」


「あぁ、彼は後でくるよ。用事が終わり次第、マルセル侯爵邸に向かうとのことだ。だから、それまでは私もラシェルの散歩に付き合っても良いかな?」


「もちろんです」


 ルイ様は嬉しそうに微笑むと、私の腕の中にいたクロをゆっくりと抱き上げて自分の胸へと収めた。そして、片手でクロを抱き、もう片方の空いた手で、私の手を取った。

 突然繋がれた手に、ハッとルイ様の顔を見上げる。すると、ルイ様は眩しい陽を浴びながら、いたずらっ子のようにニコッと笑みを浮かべた。


「こうすれば、手を繋げるね」


 そう言って、ルイ様は繋がれたルイ様の右手と私の左手を満足気に見つめた。

 だが、ルイ様の視線が私の手元に動くと、ルイ様の表情は僅かに曇った。


「やっぱり外れないようだね」


「バングルですか?」


「あぁ。ずっとこのままでは不便なことも多いだろうし、外す術があると良いのだが」


 どうやらルイ様がじっと見ていたのは、オルタ国で闇の聖女の絵画から突如現れたバングルだったようだ。バングルは、あの時古代文字を声に出した瞬間から、変わらず私の左手首に収まったままだ。


「それで、ドラゴンの様子は?」


「相変わらず……ずっと眠っております」


 ルイ様と繋いでいた手を解き、バングルに手を這わして魔力を注ぐ。すると、小さなドラゴンが私の両手の上に出現した。ドラゴンは、時折『キュー』と鳴きはするものの、眠りから醒める様子は一切ない。

 すると、ルイ様の腕の中にいたクロが私の手の中にいるドラゴンの方へと身を乗り出し、近づこうとしていた。ルイ様がクロの自由に出来るようにと、クロを両手で抱えながらドラゴンの近くに寄せると、クロは小さな手でドラゴンをチョンッと触った。


「ははっ、クロはこんな風に、いつもドラゴンにちょっかいかけているのか?」


「そうなのです。結構乱暴に絡むこともあるのですが、それでも全く起きる様子がないのが不思議で」


「闇の精霊王はドラゴンのことを苦手としていたようだけど、クロはそうでもないのだな」


 このドラゴンが出現する直前まで、闇の精霊王ネル様は私たちと共にいた。それにも関わらず、ドラゴンの気配を察知したネル様は嫌そうに顔を歪めながら早々に立ち去ってしまっていたのだった。


「確かに、ネル様はドラゴンを厄介な奴らだと嫌がっていましたね。このバングルをしているせいか、ネル様もあれ以来現れないですし……」


 神出鬼没なネル様だが、このドラゴンが現れてからというもの、めっきり姿を見せない。


「このドラゴンがどこから来たのか。なぜ前の闇の聖女が封印していたのか。バングルは誰が作ったものなのか。その当時何があったのか。……知りたい疑問は沢山あるのに、知る術がないのがもどかしいです」


 腕の中にいるドラゴンの体を優しく撫でる。僅かにひんやりとした感触が指から伝わる。


 ――せめてこの子が目覚めてくれたら、どういう子なのか分かるのに。起きるには、何か条件のようなものが必要なのかしら。


 私はドラゴンの額に当てた手に魔力を込める。すると、先程まで手の中にいたドラゴンは淡い光をまとって、再びバングルの中へと消えていった。


 その様子を黙って見ていたルイ様は、「うーん」と考え込む声をあげた。


「とりあえず、ドラゴンの謎については、まずは帝国のことを知るのが一番早いかと思う」


 ルイ様の言葉に私も頷く。

 やはり、ドラゴンについて調べるのであればトラティア帝国の存在を無視することは出来ない。なぜなら、トラティア帝国こそ、龍の血を引くドラゴンの国なのだから。


「はい、その通りですね。私も文献などで調べてみてはいるのですが……なかなか内情を知ることは難しいですね」


 大陸一の広さと武力を持つ東の大国トラティア帝国は、西に位置するデュトワ国から遠く離れている。トラティア帝国のような大国に比べて、デュトワ国は人口も国大きさも帝国の5分の1程度。あまりにも国力が違う。

 帝国との戦争に巻き込まれでもしたら、デュトワ国は一溜りもない。

 帝国を怒らせて地図から消えた国は数知れず。そのため、距離も遠いことが幸いであるこの国において、帝国と関わりを持とうとする者はほとんどいないだろう。


「私もオルタ国から戻ってから、各所から情報を仕入れてはいるものの、現段階ではトラティア帝国の内情はほとんど知らない。……だから、詳しい人物を招いてみた」


「詳しい人物……ですか?」


 トラティア帝国の関係者など誰一人知らない私は、ルイ様の言葉に眉を寄せた。


「ハリウド伯爵を知っているか?」


「もちろんです」


 ルイ様の挙げた人物――壮年のハリウド伯爵は、狩猟が得意な人物で狩猟大会ではいつだって目立つ存在だった。それに、彼の豪快で裏表のない人柄は、貴族としては珍しく社交界では好き嫌いが分かれる。けれど、個人的には彼のおおらかさと実直さは好ましいものだと思っていた。


「そのハリウド伯爵がどうかされたのですか?」


「どうやら、彼の縁者に帝国に嫁いだ者がいるそうなんだ。しかも、嫁いだ女性の息子は今、デュトワ国でガラス職人をしているようなんだだ」


 その言葉にハッとする。


 ――ルイ様が今日私の元へ訪問したいと言った理由、そして紹介したい人物というのは……もしかして!


「あの、その方からお話が聞けるのですか?」


「あぁ。……あっ、噂をすれば。……どうやら到着したようだね」


 ルイ様の視線の先を辿ると、そこにはサラがいた。彼女は、私とルイ様に会釈をすると、一歩横へとずれる。すると、サラの後ろにいた人物の姿がハッキリと見えた。

 ベージュのハットを被った男性は、私たちの姿を確認すると、背筋をピンと伸ばした。そして、ハットを脱いで胸元に抱えながら、深々と頭を下げた。


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