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神殿からルイ様の部屋へと戻ると、そこにはルイ様だけでなく、テオドール様とアルベリク殿下がいた。
彼らはテーブル一面に置かれた様々な小瓶を前に、何やら話し合っているようだった。
「これは何ですか?」
「これはファウスト殿下が所持していた薬物や毒草類です」
「こんなにも多くの種類をですか?」
「はい。ファウスト殿下が使用していたのは、この茶葉とこっちの薬物ぐらいで、あとは何のために収集していたのかは分かりませんが、扱いに注意が必要な毒薬なども多いですね」
アルベリク殿下は、ルイ様から薬物の分析を任されていたらしく、疲れが滲んだ顔で大きなため息を吐いた。
「ここまでの分析を行える専門家が身内にいるって力強いな。そうだろ、ルイ?」
「あぁ、その通りだ。アルベリク、本当に感謝している。何より、ここの薬草類の半数以上はオルタ国でしか採取できないものだったらしいからな。お前がオルタ国の植物にも詳しかったからこそ頼めたことだ」
テオドール様とルイ様が次々とアルベリク殿下への賛辞を口にすると、アルベリク殿下は恥ずかしそうに、それでも満更でもなさそうにコホンと咳払いをした。
「そうやって、兄上は調子の良いことを言いながら、また次から次へと面倒事を私に押し付ける気なことは分かっていますからね」
「ははっ、間違いない! ルイは人使いが荒いからな。シリルなんかは、年中休みなく使われっぱなしだし」
「……人聞きが悪いな」
「よし、じゃあこの辺でちょっと休憩! 休むことも効率の良さには大事な要素だからな。……お? この茶葉は使っていい奴だっけ?」
肩を竦めるルイ様に、テオドール様はからかうように背中を二度叩いた。そして、キョロキョロ辺りを見渡して、淡いピンクの茶缶を手に持った。
「テオドール様、それは駄目です。これも押収品ですから」
テオドール様が手にした茶缶はあっさりと、アルベリク殿下の手に渡った。
「見た目は普通の茶葉なのに、これも違法薬物なのか」
「このお茶は比較的危険性はなく、多少の依存性がある程度です。なので、二十年前に禁止される前は普通に貴族の間でも愛飲されていたようです。まぁ、珍しい茶葉なのでさほど流通されていなかったようですが」
アルベリク殿下が説明をしながら缶の蓋を開けると、まるで蜂蜜のような甘い香りがほんのりと鼻をくすぐった。
「この香り……私……もしかしたら、これを飲んだことあるかもしれません」
「これをですか? ですが、この茶葉はオルタ国でしか扱っていない珍しいものです。……失礼ですが、どこでこれを?」
私はかつての記憶を呼び起こし冷や汗をかく私に、アルベリク殿下は不思議そうに首を傾げた。
「アルベリク殿下、この茶葉にはどんな作用があるのですか」
このお茶を飲んだ時のことを思い出して、嫌な動悸が抑えきれずに、胸の前で両手を組みながらアルベリク殿下に問いかける。
「この茶葉は気分を高揚させる代わりに、感情の起伏を助長させます。つまりは我慢が効かなくなるのです。普通は多少イラッとしてもそれを理性で堪えられます。そのストッパーが外れるようなものなのです」
「……我慢が効かない」
「味は蜂蜜のような甘さなので女性に人気があったそうですが、これを愛飲していた方達が問題を起こす事例が多々あったそうで、禁止になったようです」
「このお茶を飲んでいたことで、後遺症などはあるのでしょうか」
この答えによっては、私の今後が変わってきてしまうかもしれない。そう考えると答えを聞かずにこのまま逃げ出したくなってしまう。
まるで判決を下される前のような心境でアルベリク殿下の答えを待つ。そんな私の異様な様子に、ルイ様やテオドール様も気づいたのだろう。誰かが息を飲む音がした。
だが、そんな緊迫した空気にアルベリク殿下はたじろぐ様子もなく、口を開いた。
「長期間定期的に飲むことで先程説明した症状が出ますが、この茶葉には中毒性はないので飲むのをやめれば症状はすぐに治ります。後遺症もありません」
――後遺症は……ない……。
アルベリク殿下の淡々とした説明に、ホッとするよりもまず、頭でしっかりと理解するのに時間がかかった。だが、徐々に理解できると、ようやく胸を撫で下ろすことができた。
「そ……そうなのですね」
「ラシェル、この茶葉について、何か思い当たることがあるのだろう?」
「……はい。以前、ルイ様にお話したかと思いますが……」
「そうか。ヒギンズ侯爵家で飲んでいたお茶とは、これのことか」
以前、テオドール様とルイ様にはヒギンズ侯爵家で出されていた茶葉について話をしたことがあった。その特徴と全く一致するこの茶葉に、2人もすぐに気付いたのだろう。
「……おそらく」
私がそう答えることをルイ様は既に分かっていたのだろう。腕を組みながら難しい顔で唸った。
「なるほど。オルタ国でも珍しい茶葉を仕入れることが可能だったヒギンズ侯爵家。益々怪しいな。繋がっているのは、オルタ国王家か。……それとも」
ルイ様は最後まで言葉にせず、そのまま押し黙ったが、私は問いただすことはなかった。ルイ様が何を疑っているのかが、言葉にせずとも分かる気がしたからだった。