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2-67

 きっと剣を見せれば私が慌てふためくとでも思ったのだろう。だが、そんなことをしたところで、私はファウスト殿下から目を逸さず視線を真正面から受け止める。


「あなたが私に指一本でも触れられるとでも? 私は闇の精霊王より加護を授けられたのですよ。魔力量も弟君たちよりも少なく、剣術の腕も磨かなかったあなたが、私に何をするですって?」 


 少し前の私であれば、もしかしたらファウスト殿下の脅しに泣いて震えたのかもしれない。けれど、今の私は自分の武器が何なのかをよく知っている。そして、それを扱う術も。

 テオドール様に、リカルド殿下に、そして闇の精霊の地でネル様に、私は魔術の扱い方を一から教えて貰ったのだから。



「あなたより、私の方が強い」



 かつては多いだけで使いこなせなかった魔力を、今は目の前の相手が私にとって取るに足らない相手だということが分かる程度には使いこなせるようになった。


「どいつもこいつも……私を侮辱するな!」


 剣を強く握り締めたファウスト殿下は、それを高く振り上げた。その瞬間、私は体の中の魔力を一点に集中させる。


 そして術の発動のために口を開けた瞬間。



 ――ドカッ!  カキンッ!



 私の真後ろにあるドアが勢いよく開かれた。それと同時にファウスト殿下の剣が、高い音をたてながら何かに弾かれたように遠くに跳ね除けられた。


「そこまでだ」


 その声にハッとし、すぐに振り返る。


 そこには眉を寄せて冷え冷えと下目で、前を睨みつけるルイ様がいた。



「ルイ様! なぜ……」


 後ろから私の肩に腕を回して抱き寄せたルイ様は、剣を弾かれた拍子に尻餅をつくファウスト殿下に剣を向けた。


「動くな!」


 弾かれた剣を取りに行こうと、体を捻ったファウスト殿下に、ルイ様はすかさず剣を振り下ろす。振り下ろした剣の風圧でファウスト殿下の髪が揺れると、ファウスト殿下は顔面を蒼白させて歯をカタカタと揺らした。


「ラシェルが舞踏会へと出掛けた直後、バンクス夫人が訪ねてきた。ファウスト殿下が怪しい行動を取る可能性があると。そう知らせてくれた」


「それと、ここまでは俺が連れてきたって訳」


「テオドール様も!」


 ルイ様の後ろからひょこっと顔を出したテオドール様は、ファウスト殿下の姿を見ると「だっさ」とポツリと呟く。更に、テオドール様がパチンと指を鳴らすと、テオドール様の手の先から現れた蔦が、シュルシュルとファウスト殿下の体を囲み込む。


 テオドール様は、あっという間に器用に魔術でファウスト殿下を拘束していった。


「何だ! おい、取れよ!」


 蔦で手首と腹部、そして足首をキツく巻かれたファウスト殿下は、何とか脱出しようと喚く。だが、もがけばもがくほど蔦はガッチリと体に食い込んで自由が奪われていく。


「はい、いっちょ上がり。これどうする? ……前にちらっと見かけた時より、随分とオーラがどす黒く濁っているな。なんか変な薬物でも摂取したか?」


 テオドール様はパンパンと手を叩くと、顔を横に傾けてファウスト殿下を指し示す。視線を向けられたルイ様は、深いため息を吐いた。


「おかしな薬を使わなければ、精神を保てなくなってしまったのか。……嘆かわしいな」


 ――おかしな薬? ファウスト殿下のこと?


「……薬物? どう言うことでしょう?」


 私の問いに、ルイ様は身動きが取れなくなったファウスト殿下に近づくと、彼の胸元の内ポケットから小さな小袋を取り出した。ファウスト殿下は、その小袋を愕然とした表情で見つめると「なぜ」と驚きに目を見開いた。


「あぁ。とある筋から情報を仕入れたよ。お前が最近手を出した薬物について、な。肌身離さず持ち歩くとは、警戒心がないのでは?」


「貴様に何が分かる! 生まれた時からその座を当たり前のように享受しているような奴に、私の苦悩など分かるはずもない! 無能だと嘲笑われ、役立たずだと落胆され、価値のない奴だと蔑まれる経験などしたことのない奴に」


 ルイ様を憎々しげに睨みつけたファウスト殿下の視線に、ルイ様はハッと鼻で笑った。


「あぁ、分からないな。私は無能でも役立たずでも価値のない奴でもないからな」


「何だと……」


「自分で自分の価値を高めようともせず、欲しいものは人から奪えば良いと思っている奴に、価値なんてある訳がないだろ」


 吐き捨てるように言うルイ様は、ファウスト殿下を冷めた目で見下ろす。


「もちろん、この件は、しっかりと報告させてもらう。覚悟しておけ」


「闇の聖女であるラシェル嬢に剣を向けたことは、ちゃんと俺とルイが証言するから。それに違法薬物の件も、リカルド殿下がすぐに調べてくれると思うよ。オルタ国王は身内にも相当厳しいと聞くから、どんな処罰になるだろうな」


 ルイ様の言葉に続くようにテオドール様はニヤリと笑いながら、ファウスト殿下の顔を覗き込むように煽る。その表情は笑みを浮かべながらも、今すぐ八つ裂きにでもしてしまうのではないかと思えるほどの殺意が込められていた。


 屈辱にまみれた真っ赤な顔で、ファウスト殿下は今にも飛びかからんばかりに暴れ出そうとする。だが、それを見たテオドール様がすかさず蔦を更に何重にも巻きつけた。


「くそっ! なんで私ばっかり! なぜあいつばかり」


「あいつばかり、か。口癖のようにいつも言ってるのだろうな」


「リカルド……私の幸福を吸い取るあいつは、疫病神だ。なぜ、なぜ……」


 怨念の籠った口調で唸るように呟くファウスト殿下に、ルイ様は一歩近づく。


「誰しもが嫉妬や劣等感を持っている。自分は自分だと割り切れ、なんて理想論を言うつもりもない。だが、お前の不幸は、出来が良い双子の弟がいたことか? それとも、母親からの異常な執着を振り切れなかったことか? 違うだろ。……考えることを止めたからだ」


 ルイ様の言葉は、私の胸にも直接響く。

 考えることを止めたこと。それが不幸の始まり、か。私も王太子の婚約者という立場に固執してしまったことが原因で、嫉妬に狂い、周り全てが自分の敵だと思い込んでいた過去がある。ファウスト殿下のことを、ただの考えなしの行動だと馬鹿にできない。


 ――彼はある意味、昔の私の姿なのだから。


 だけど、そこでファウスト殿下は逃げ方を間違えてしまった。


「甘い言葉を掛けてくれる人間を周りに固め、薬や酒に溺れて、楽な方に逃げたからだ。逃げることが全て悪いことではないが、逃げるのなら心が死なない方に逃げるべきだったんだ」


 俯く私の耳に、ルイ様の真っ直ぐな声が届く。


「……私の苦しみなど、誰にも分かるはずなんてない」


「当たり前だろう。お前の気持ちを知るのはお前だけだ。他人に人の心内など知る由もない」


 ――なぜ私の辛さに誰も気がついてくれないの。なぜ欲しいものを奪っていくの。過去の私もそんな幼児が駄々を捏ねるような思考をして、大切なものを自らの手で手放してしまった。

 いくらミネルヴァ様が足掻こうとも、こんな事件を起こした以上、彼が王太子の座につくことは今後あり得ないだろう。


 過去は変えることができない。だけど、それでも人生は続いていくんだ。ファウスト殿下も、彼が望む人生を歩むことができなくなっても、その苦しみの中で生き続けなければいけない。

 その状況を作り出したのは自分自身の選択だったから。だけど、一つだけ変えることが出来ることがある。


「今からどうするか、です。あなたはずっと嫉妬と憎悪の世界で他者を羨むまま虚しい人生を送るのか、そんな自分を断ち切るのか。あなたの考えと行い次第で変わります」


「綺麗事を抜かすな! 一番欲しいものが得られない人生など必要はない!」


「……それは、本当にあなたが欲しかった人生なのですか? 本当にあなたにはそれしかないのですか?」


「それしか……当たり前だろう。私は……国王になるために生まれ……それ以外は」


「本当に? あなたが、それを望んだのですか? いつからそれを当たり前だと思うように?」


「いつから……。そんなのは生まれた時から……」


 ファウスト殿下は混乱したように、呆然としながらボソボソと呟く。「いつ」「母上が」と小さな呟きだけが耳に届く。


 ――きっと彼は色んなことを諦めた日から、考えることを放棄した。過干渉な母親の言葉が、自分の意志だと思い込むほどに。

 けど、ファウスト殿下の人生は、ミネルヴァ様のものではない。それを本人が気づくことがない限り、本当の人生を歩むことは出来ない。


「ルイ、ラシェル嬢。あとは俺がどうにかするから、先に帰っていいよ」


 ソファーにドカッと腰を下ろしたテオドール様は、長い足を組みながら左手をひらひらと振った。

 それに頷いたルイ様は、「あぁ」と返事をすると私の腰を抱いた。


「分かった。助かるテオドール。ラシェル、もうすぐリカルド殿下が来るだろうから、あとはテオドールとリカルド殿下にに託して、行こう」


「……はい」


 私は荒れた室内と混沌とした状況の中、後ろ髪引かれる思いで屋敷を後にした。

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