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サラたちの到着から遅れること1日、オーレリア様が王宮に到着された。
いよいよ面会かと思われたが、オルタ国王と内々で顔合わせを済ませた後、王妃様は長旅で体調を崩されたという理由により自室に籠られてしまった。
そして、オーレリア様の到着から3日後、もうおひとりの方がオルタ国に入国された。
「アルベリク殿下、長旅ご苦労様です」
厩舎でご自分の愛馬を撫でていたアルベリク殿下に後ろから声を掛ける。すると、アルベリク殿下は眼鏡を手で直しながら、こちらに振り向いた。
「ラシェル嬢、わざわざお出迎えありがとうございます」
「いえ。アルベリク殿下がオルタ国に入国されることを知らず、ちゃんとしたお出迎えもできず申し訳ありません」
「お気になさらないでください。オルタ国からの入国許可の返答を貰うや否やすぐにデュトワ国を出国しましたので、兄上やラシェル嬢へのご連絡が遅くなってしまいましたね」
「ルイ様もつい数時間前に知ったばかりで驚いていました。ですが、アルベリク殿下のお顔を見れば喜ぶと思いますよ」
アルベリク殿下は、共として連れていた殿下の騎士に愛馬を委ねると、少し離れた距離でマントの埃を払った。そして、ルイ様の部屋へと案内する私の横に並び、歩き始めた。
だが、アルベリク殿下の表情はどこか強張っている。
「それで、兄上の様子は……」
「ルイ様からはお手紙が届きましたか?」
「はい。対外的には、事故で足を滑らせたという発表をされていますが、オルタ国の後継者問題に巻き込まれたのですよね。一時は命の危機があったとか」
「そうですか……。やはりアルベリク殿下には正直にお話されていたのですね」
アルベリク殿下のどこか沈んだ表情を見ると、きっとルイ様がオーレリア様に何かしらの疑念を抱いていることをアルベリク殿下はご存知なのだろう。
乳母や教育係たちに育てられたルイ様と違い、アルベリク殿下はお生まれになった時からずっと離宮でオーレリア様の手で育った。となれば、誰よりも慕う兄であるルイ様が実の母を怪しんでいるのだから、複雑な心境にあるのだと思う。
「……兄上の頭の中には何が見えていて、何を危険視して、疑っているのでしょうね。私のような凡人には、兄上の考えはよく分かりません」
「それでも、アルベリク殿下はルイ様に協力してくださるのですね」
「もちろんです。兄上が私の知識を必要だと言ってくださるのですから」
迷いなくそう仰ったアルベリク殿下の表情は、どこか清々しく誇らしげにも見えた。
♢
「アルベリク! お前が来るなんて聞いていなかった」
「えぇ、仕事を片付けて早馬で駆けつけましたから。事前に手紙を送ったのですが、私の方が早く着いてしまったようですね」
ルイ様の部屋へと入ると、ルイ様とテオドール様が何やら難しい顔をしながらテーブルに向き合っていた。
だが、私と共に入室したアルベリク殿下の顔を見ると、喜色を露わにした。
ルイ様はアルベリク殿下の道中の異常がないことを確認すると、先程座っていたテーブルに座るように促した。そして、部屋にいる4人皆が席に着くと、一呼吸おいてアルベリク殿下へと視線を向けた。
その瞳は先程までの兄としての親密さと気軽さを消し、仕事中の王太子の顔をしていた。この場にいる皆がその変化を察知し、先程までの和やかな空間は一気にピリッとしたものへと一変した。
「……お前がわざわざ来たということは、分かったのだな」
――分かった、とは何のことだろうか。
アルベリク殿下はルイ様のその言葉で、何を言いたいのかを理解したように、神妙に頷いた。
「そうですね。とりあえず、現ヒギンズ侯爵の協力を仰ぎ、ヒギンズ家の植物に関しては調べてきました」
「ルイ様はアルベリク殿下に、ヒギンズ侯爵家を調べるように依頼していたのですか?」
「あぁ。母上がデュトワ国で一番関わりがある貴族がヒギンズ侯爵家だからね。それに、ヒギンズ家はカトリーナ・ヒギンズの事件を機に、爵位を降格するべきだという声も貴族院から上がったんだ。だが、侯爵位を息子に譲り前侯爵が隠居していたこともあり、現状維持として納めた」
「……現ヒギンズ侯爵は前侯爵とは随分と折り合いが悪かったと有名でしたね。王家にも協力的なのも頷けます」
「あぁ、彼は新たなヒギンズ家を作ろうと志高い人物だからね。父親の暗部も目を逸らさず受け入れると言ってくれていたよ」
カトリーナ様の兄である現ヒギンズ侯爵は、倹約家で正義感の強い方だという。彼であれば、ヒギンズ家の長年の闇を清算することができるかもしれない。
ヒギンズ家は古い歴史を持つ大貴族だ。下手に潰すよりも、王家と協力関係を結んで上手くやっていく方が今後の為にはずっと良いだろう。
「そうでしたか。……前ヒギンズ侯爵は、麻薬売買の噂があると以前テオドール様が教えてくださいましたね。アルベリク殿下が調べていたのはその件ですか?」
私の問いに、アルベリク殿下は左手の中指で眼鏡を押さえながら頷いた。
「はい。植物は私の専門ですから」
「アルベリク、結果から聞こう。違法薬物の栽培は行われていたのかどうか」
「いえ、ヒギンズ家にはそのような痕跡は残っていませんでした。王都のタウンハウス、領地、親族……どこからも
証拠は見つかっておりません」
アルベリク殿下の言葉に、ルイ様は口元に手を当てながら眉をピクリと動かした。
「残っていなかった? ということは、元々はあったと?」
「……証拠が見つかっていないのでなんとも言えませんが、おそらく。そして、その件と関係しているのかは不明なのですが……。侯爵からの話で気になった点として、前ヒギンズ侯爵が懇意にしていた商人がいたそうなのですが、前侯爵が隠居すると同時に消息を絶ったそうです」
「その商人からどのようなものを仕入れていたのか、詳細を聞くことはできたか?」
「リストは前侯爵が領地に引き籠る前に全て片付けてしてしまったようです。ですが、珍しいものを多々扱っていたそうですよ。魔石や魔道具、身の回り品に薬草、茶葉の類など」
魔石や魔道具はどの貴族もある程度収集している。それ自体は怪しいことではない。だが、それを全て片付けてから隠居した?
「証拠隠滅とかさ、疑ってくださいって言ってるようなものじゃん」
皆が疑問に思っていたことを、テオドール様が代弁するようにため息を吐いた。
「その商人がどんな奴か分かるか?」
「それが……小柄な中年男、東部訛りと額から左目の上に痣があるとしか。どうやら、前ヒギンズ侯爵はその商人と会う時は、息子であるヒギンズ侯爵も使用人も誰も同席させなかったそうです」
「……東部訛り……左目の上の……痣」
アルベリク殿下の言葉に、ルイ様はテーブルの上に置いた指をトントンと叩きながら、何かを確認するかのように独り言のように呟く。
東部訛りで左目の上の痣……その言葉に私は過去の記憶を呼び起こす。その特徴をどこかで見た気がしたから。
――思い出した! カトリーナ様から教えられた薬屋……。そう、私がアンナさんを害そうと毒を購入した男の特徴……それと一致する。
ハッと顔を上げた私に気づいたルイ様は、気遣うように私の肩に優しく手を置きながら、一つ頷いた。
「……どうかされましたか?」
アルベリク殿下が不思議そうにルイ様に尋ねると、ルイ様は眉間を寄せて鋭い視線で前を見据えながら顔を上げた。
「いや、アルベリクが調べてくれたお陰で疑念が確信に変わったよ。……やはりあの事件に関わっていたのは、ヒギンズ侯爵で間違いなさそうだな。そして、それを裏で糸引いていたのはきっと……」
あの事件というのは、私の一周目の死の真相ということだろう。
そして、ルイ様の厳しい表情を見るに、裏で糸を引いていたのは…。
ルイ様のお母様であるオーレリア様だと言いたいのだろう。
前の更新から大変長らくお待たせしました!
待っていただいていた方、本当にありがとうございます。
また更新を再開していきますので、よろしくお願いします。
また、逆行した悪役令嬢〜の書籍版に関してのお知らせになります。
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詳細は活動報告の方にも書こうと思います。
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なろう版、書籍版、コミカライズ版と、それぞれぜひ今後とも楽しんでいただけると嬉しいです。