2‐44
カーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込む。
目を擦る私の首元に柔らかい黒色の毛が触れ、胸元に温もりを感じる。
「クロ、おはよう」
『まだ眠い。クロ、まだ寝る』
「はいはい。それじゃあ、私は先に起きるわね」
体を起こすと、私という布団を失ったクロは寒そうに丸めた体をモゾモゾと動かした。
朝の準備を進める横で、クロは未だに起きる様子がない。クロは普段寝る時間が多い。それは自然の少ない王都で体力を回復する為に必要なことだと、ここ闇の精霊の地に来てから教えられた。
だが、自然が多く精霊にとって過ごしやすいはずのこの地に来てからも、変わらずよく寝ている姿を見るに、ゴロゴロすることが好きなのだろう。
「私は少し出かけてくるわね。すぐに戻るから」
返事は返って来ないと分かりながらも、一応声をかけてから部屋を出る。
向かう先は、もちろんルイ様の部屋だ。朝、準備を終えてからルイ様の顔を見に行くことは私の日課になっている。
ルイ様の部屋のカーテンを開け、空気の入れ替えをするからだ。顔色を見て声をかけることも忘れない。
まだ目を開けることはないと分かっていながら、いつだって期待をしてしまう。今日こそは、目を覚ますかもしれない、と。
――コンコン
「ラシェルです。ルイ様、お部屋に入りますね」
いつものようにノックをし、声をかける。そして一呼吸開けてからゆっくりとドアノブを引く。
「え……?」
カーテンが閉まったままの部屋はまだ薄暗い。部屋のベッドでは、相変わらず麗しい人が瞼を固く閉じて、横になっている。……はずだった。
室内が私の想像していたものと違うことに、一瞬頭が真っ白になる。
――なぜ、なぜ、なぜ……。
ドアを開けた部屋は、自然光に満ちていた。
それもそのはず、カーテンは既に開かれていたのだから。
だからこそ、余計窓際に立つ一人の男性が誰なのか、一瞬で理解できた。こちらを向かずとも、陽の光を浴びてキラキラと輝く金髪が、開けられた窓の風で柔らかく靡いたのだから。
「ル、ルイ……さま……」
消え入るように呟いた声は、ちゃんと届いていたのだろう。背を向けていた彼は、ゆっくりと振り返った。
――ルイ様が……本当に目を覚ましたんだ……。
感極まって思わず涙が溢れ出る。駆け寄ろうと前へと進めた足は、うまく動かすことができない。
だが、振り返ったルイ様の顔を見た瞬間、パリンッとガラスが割れた音が頭の奥で鳴った。
「……何故……君が? これは、夢か?」
振り返ったルイ様は、私の顔を見た瞬間、怪しむように顔を顰めた。こちらを射貫くように見た瞳は、冷え冷えとしている。その瞳は、私の前世で最期に彼を見た時と同じものだった。
何度も何度も考えた。きっとルイ様が目覚めた時、私の顔を見て優しい笑みで『ラシェル』と呼んでくれるだろうと。
だが、それは私にとって都合のいい夢に他ならなかった。
闇の精霊王ネル様から、並行世界の話を聞いてから、この可能性を考えなかったわけではない。それでも、実際にそうだと認めるには、あまりに時間が足りない。
彼は私が待ち望んでいたルイ様ではなく、私が何度も失望させて信頼を失った殿下だったのだから。





