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2‐40 ルイ視点

「あぁ。それともう一つ、ラシェルが入手した薬についてアルベリクが調べてくれたことを話そう」


 緊迫した空気のなか、テオドールが「おっ、これだな」と手にしていた紙をテーブル中央に置いた。


「ラシェルが入手した『呪いの薬』というのは、キャロル嬢が盛られた猛毒とは違うものだった可能性が高いようだな。原産国はやはりオルタ国のものだ」

「オルタ国なぁ。お前がこの世界に来たきっかけもオルタ国のいざこざなんだろう? こっちの世界でもオルタ国の後継者問題は関心を集めているし、何か引っかかるよな」


 私がこの世界に来たことがオルタ国がきっかけだったこともあり、ここに来てまたもやオルタ国の影を感じ、妙なもやを感じていたが、どうやらテオドールも同じだったようだ。


「そういや、お前もオルタ国の血を引くんだよな。あの王子たちとは従兄弟に当たるんだろう」

「そういえば……そうだったな。母上はオルタ国の元王女だから、そういうことになるな」

「おいおい、まるで他人事だな」


 テオドールに言われるまで忘れていたが、オルタ国は意外と自分の血筋でいえば遠くないらしい。かといって、母自身も嫁ぐ前に口止めされていたのかオルタ国の話を直接聞いたこともないし、闇の魔術だって存在さえ知らなかった。

 私自身、光魔法は適正はあれど闇魔法は一切使うことはできない。


「血筋か……母上は王族とはいえ、元々魔力が弱くロウソクに火を灯す程度の火魔法しか使えない。間違いなく闇の魔力も一切使えないだろう。まぁ、だからこそ秘密の多いオルタ国から他国に出しても大丈夫な王族として、ここに嫁いできたのだろうが」


 私の言葉にテオドールは「へぇ」と相槌を打ちながらも、何か思うところがあったのか、顎に手を当てながら真剣な顔で考え込む。

 そんなテオドールをシリルは気にしながらも、ファイルから一枚の紙を取り出し、私に差し出した。


「あの、これは以前この世界の殿下に頼まれて調べていたものです。これだけだとあまり情報としては不十分で、使えないとは思いますが」

「ん? あぁ、呪いの薬の入手経路だな。あの薬局の主人の素性か……だが、随分と中途半端なところで終わっているが、何故途中で調べるのをやめたんだ」


 シリルが渡してきた紙に目を通すが、これといって重要なことは書いていない。薬局は1年前に開店したこと、主人の容姿、東部訛りがあったことなど、目新しい情報は見つけられない。


「宰相だろう? この件はルイが扱うにはあまりにも近すぎるし事が国にとって大きすぎる。何といっても聖女が関係するからな。だからこそ宰相が捜査を前面的に引き受けた。そのこともあって俺は情報を入手することが困難だったんだよな」


 険しい表情のままテオドールは悔しそうに顔を歪めた。


「だとしても、私が途中で調べることを止めたのは事実だ」


 もう一度目の前の紙に視線を向け、中途半端に終わった最後の文字に手を這わす。


 ――こんな状態で、宰相に止められたからといって、一切の手を引いたのは変わることのない事実だ。


 この世界で何度も感じたもう一人の自分に対しての悔しさ苛立ちは、なくなることはない。それどころかこういった形跡を見るたびに、増すばかりだ。


「シリルはどう思う。お前が一番ルイの側にいたんだ。お前が誰よりもルイの近くでルイを見ているはずだ。何故、ルイは調べることを止めたんだと思う?」

「そう……ですね。私は殿下がラシェル嬢に好意的でないことも知っていましたし、この件に関しても面倒を起こしてくれたと相当頭を抱えておりました。ただ、殿下は宰相から捜査から手を引くように伝えられたあとも独自に調べていました」


 ――独自に調べていた? それにしては随分といい加減なようだが。


 それともシリルも知らないどこかに調査した痕跡が残っているのだろうか。そう一瞬過ぎった考えは、すぐに自分自身が一番違うことを理解できる。

 何故なら、シリルでさえ見ることができない隠し棚も全て確認したが、見つからなかったのだから。


「それは本当なのか? 調べた形跡は見つからなかったが」

「えぇ、確かに調べていました。殿下は『庇うこともできない程に証拠が揃っている。本人からの自白もある。だが……あまりに証拠が揃い過ぎていることに違和感を拭いきれない』とも仰っていました」


 だがシリルは「ですが」と気まずそうに視線を落とした。


「ラシェル嬢が亡くなられて、国の混乱を最小限にするために……もしかすると処分されたか、宰相に託されたのか……」

「あぁ、あれか。前に俺がルイに言われた優先順位が違うってやつな」

「前に言われたとは?」

「ルイと絶縁するきっかけだよ。ラシェル嬢の事件を追いたい俺に、黒幕は何年かかっても捕らえるつもりだが、今はその時ではないってさ。国の混乱を収めることが第一っていうルイの言葉も分からなくないけど、俺も俺で頭に血が上ってたから」


 苦笑するテオドールに、シリルは気まずそうに目を伏せた。


「誤解して欲しくないのですが、殿下はラシェル嬢を無情に切り捨てた訳ではありません。修道院での日々で彼女が良い方向に変化することを望み、フォローする準備もしておりました」

「それでも、俺はルイ自身がこの状況を作ったことも事実だと思う。もちろん罪を犯したラシェル嬢はやってはいけないことをした。だが、その状況まで追い込まれた原因は、ラシェル嬢だけにある訳ではない。何がラシェル嬢をそうさせたのかを理解しようともしなかったルイにも問題があった」


 そう、テオドールのいう通りだ。少しずつずれた歯車は気づいた時には修復不可能なほどずれていた。だからといって、それを直そうともせず更に悪化させたのはラシェルだけでなくこの世界の私も同様だ。


 沈む空気の中で、テオドールは自嘲の笑みを浮かべながら、窓際へと移動する。そしてどこか遠くを眺めながらコツンと窓に頭を預けた。


「それに……ルイとラシェル嬢から背を向けた俺のせいでもある」

「私も……私も同じです。殿下とラシェル嬢の関係が悪化していることを誰よりも知っていたのに、何もしなかった」

「この件が片づいたとして、俺に残っているのは何だろうな。少しは前を向けるのか。それとも、更なる後悔だけなのか」


 静かで穏やかな口調ながらも、悲しみと絶望の色が隠しきれていないテオドールに、私は何と声を掛ければよいかと口ごもる。

 だが、そんなこともテオドールはお見通しだったのだろう。こちらへと視線を向けると、柔らかい笑みを浮かべた。


「それでも、これは俺たちの世界だ」


 ――俺たちの世界……それは、テオドールとシリル、そして私の間を明確に線を引く言葉だった。


 だが、それに反してテオドールとシリルの表情は、あまりにも自分のよく知るものだった。いつだってどんな時だって頼もしい仲間の表情だ。


「ちゃんとこの世界のラシェル嬢の最期を俺たちが見つけ出す。真実を必ず明らかにして、ご両親に報告に行くよ」


 テオドールは窓際から私のほうへと歩み寄ると、呆けている私の肩に手を置いた。そんなテオドールをシリルは、同意するように力強く頷いた。


「テオドール、シリル」


 2人の顔を順に見返す。すると、テオドールは「こっちは大丈夫だ」と、念を押すように私に伝えた。


「だから、ルイ。安心して元の世界に戻るんだ」



「元の世界に……」


「あぁ。お前には待っている人がいる。俺がどんなに会いたくても、もう二度と会えない人だ」


 力強い物言いとは裏腹に、テオドールは眉を下げて寂しそうに笑った。


 だが、テオドールとシリルの言葉でようやく腹を括れた気がする。

 もちろんこの世界のラシェル――つまりは私のよく知るラシェルの過去のことを突き止めたい。それは今でも変わらない。

 けれど、それは私がここを発ったとしても、意志を継いで必ず成し遂げてくれる仲間がいる。それが分かるからこそ、今自分がしなければいけない行動に集中できる気がした。


 テオドールとシリルの顔を見ながら、私は肩の力を少し抜いて微笑みを浮かべた。


「テオドール、シリル、ありがとう。お前たちに託すよ」


 私の言葉に、シリルは僅かに目元を緩めた。


「えぇ。殿下はちゃんと元の世界に帰って、大切な人の手を離さないようにしてください」


 シリルに手を差し出すと、シリルは迷うことなく私の手を強く握った。


「この世界にお前たちがいてくれて助かった。一人では何もできなかったよ」

「殿下は背負いこみすぎますからね。あぁ、でも向こうの世界の私をあまり困らせないようにしてくださいよ。くれぐれも休暇をしっかりと与えるように。無理難題を押し付けないように」

「ははっ。わかった、わかった。ちゃんと覚えておくよ」

「言質は取りましたからね」


 私とシリルのやり取りに、テオドールはおかしそうに噴き出した。さっきまでの張り詰めた空気は、一瞬にして明るく和やかなものへと変化していた。


 そんな中、テオドールはパチンと指を鳴らすと、「ヴァン、おいで」と退屈そうにソファーの肘置きに佇んでいたヴァンに声を掛ける。


 ヴァンはその声に反応するようにピクリと首を動かすと、大きな羽を広げた。何度かその場でバサバサと羽を動かしたあと、ヴァンはその場から飛び立ち、私の肩へと飛び移る。


 準備が整ったことを確認し、テオドールはニヤリと口角を上げて口を開いた。


「さて、では行こうか。光の精霊の地へ」


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