2‐35 ルイ視点
剣を手に中庭へと向かうために王宮の廊下を歩いていると、目の前からテオドールが歩いてくるのが見えた。
テオドールは私に気がつくと、ヨッと軽く手をあげた。
「おっ、今から稽古か?」
「あぁ、しばらく剣を振ることもできていなかったからな。ちょうどミリシエ伯爵の手が空くそうだから稽古してもらおうかと思ってさ」
迷った時、悩んだ時、私は無心で剣を振ることが好きだ。没頭することで頭を整理することができるからだ。
だが、この世界に来てからというもの必死過ぎてそれどころではなかった。だが、ようやく少しの可能性が見えてきた。だからこそ、今は体を動かしたい気分だった。
「そうか。ルイの剣の師は伯父上だったな」
テオドールは嫌そうに眉を顰める。
騎士団長であるミリシエ伯爵は、テオドールの従姉であるレオニーの父親だ。
「じゃあ、俺は見つかる前に魔術師団に戻ろっと」
「相変わらずミリシエ伯爵から逃げ回っているんだな」
「俺は小さい頃からあの脳筋一家に散々な目にあわされたからな。加減ってものを知らないんだよ、伯父上は」
テオドールは顔を歪めながら大きなため息を吐いた。
「わかるよ。ミリシエ伯爵は人はいいが、剣のことになると人が変わるからな」
「ミリシエ家はそんな人たちばっかりだからな」
うんざりした表情で言い放つテオドールに、私は苦笑しながら頷いた。
その時テオドールが、何かを思い出したように「そうそう」と口にした。
「そういや出立の日だけどさ。1週間後の夜9時にしようと思う」
「……そうか。やはりすぐには無理なのだな」
「あぁ。こっちも準備があるし、何より時空の部屋は光の精霊王が管理しているだけあって、正攻法では絶対に立ち入ることができない」
出立の日というのは、先日見つけた絵に描かれていた場所に向かうべく、光の精霊の地へといく日のことだ。
ヴァンを魔石から出した後、テオドールがヴァンに精霊の地や時空の部屋について知りうることを多々聞き出してくれた。
ヴァンがいうには、やはり絵に描かれていた時空の部屋は存在する。それも光の精霊の地に。だが、大きな問題は時空の部屋というのはヴァン自身も入ったことがないそうだ。
『時空の部屋とは、その名の通り時空を管理する場所だ。だが、私も満天の星空のような場所だとしか知らない』
「時空の部屋が、光と闇の精霊の地を繋げている可能性は?」
『それは十分考えられることだ。光と闇は対だ。未来と過去、見える世界は違っても繋がっているものだからな』
「では!」
『だが、精霊王が協力するかは分からない』
ヴァンの語る光の精霊王は、私の想像する精霊王の姿と一致した。慈愛に溢れ自然を好み、常に心穏やかで精霊の長として精霊たちを導く存在。
だが、一方で人間と精霊との壁を明確にする存在だともいえる。
光の精霊王は人間と精霊の間には協力共存が必要であり、信頼関係がなくてはいけない。だが深く関わりすぎることは注意が必要だと精霊たちに教えているそうだ。
『人間と深く関わることで何かを危惧しているようにも思うが、そこは私には分からない』
ヴァンはそう語った。
そんな精霊王だからこそ、精霊さえ滅多に入ることがない時空の部屋に人間が入ることを認めるとは考えられないそうだ。
「……精霊の地に行くことができても、時空の部屋には入ることはできないということか」
『いや、手がない訳ではない』
「ヴァン、どういうことだ?」
『私は入る必要がなかったから入ったことはない。だが……入れない訳ではない』
私は、テオドールが通訳してくれるヴァンの言葉を聞き逃さないように耳を澄ます。
そして、僅かな期待に私の心臓は、大きな鼓動を響かせた。
先日のことを思い返しながら、ふと息を吐きながら手に持つ剣を強く握りしめた。すると、テオドールが気遣うように「どうした?」と私に視線を向ける。
「光の精霊王の不在を狙って、か。……うまくいくだろうか」
「珍しく弱気だな。まぁ、相手が精霊王なのだから、そうなるのも仕方がないが」
「光の精霊の地に入るだけなら、お前やヴァンがいるから何とかなるだろうと思える。だが、その後は失敗が一切許されない。……とはいえ、チャンスは精霊王不在のその日だけだと考えた方がいいだろうな」
「あぁ。精霊の地を離れることがほとんどない精霊王が、百年に一度開催される精霊王たちの集まりで不在か。……あえて計った様なタイミングだよな」
愉快そうな笑みを浮かべる闇の精霊王の顔がふと思い浮かぶ。【ゲーム】【ヒント】などの言葉を楽しそうに語った彼のことだから、きっと私の行動もある程度読んでいるのかもしれない。
それを高みの見物で眺めているのだろうと思うと、無性に悔しさもある。だが、闇の精霊王がいなければ私は助かっていなかったかもしれないことも事実だ。
複雑な想いに、無意識にギッと唇を噛み締める。
「闇の精霊王のことは深く知らないが、きっと計ったのだろうな。ここで帰って来られなければ、ゲームオーバーだとでも言いたげだ」
「もちろん勝つんだろう?」
ニヤリと笑うテオドールに、私も微笑みを返す。
「あぁ、当たり前だ」
「では、残りの一週間は万全の備えをしておくよ」
「あぁ、頼む」
テオドールは返事をするように、私の肩をポンポンと二回叩いた。そして颯爽と私の横を通り過ぎた。
テオドールの歩き去ったほうへ振り返ると、テオドールはこちらを振り返らずに「伯父上によろしくー」と軽い口調で手をヒラヒラと靡かせた。
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