2-34 ルイ視点
「ヴァン、久しぶりだな」
腕に乗った自分の契約精霊である【ヴァン】に声を掛けると、ヴァンは首を傾けた。
そしてすぐに何かに気がついたように、大きな羽をバサッと広げ、テオドールの肩の上へと飛び乗った。
「ははっ、久しぶりだな。よく寝たか?」
テオドールに指で頭を撫ぜられるのを大人しく受け入れるヴァンの様子を見ながら、思わず肩を竦める。
「私と会うのも数年ぶりなのに、相変わらず私よりテオドールに懐くんだな」
『ピィー』
「機嫌は良さそうだ。よく寝たぞって言ってるよ」
「それは何よりだ」
「俺とヴァンが会うのはもう何年ぶりだ? 前に一度だけ会っただけだから8年ぶりぐらいじゃないか? よく俺のこと覚えていたな」
テオドールに優しく問いかけられたヴァンは悠然とした態度で、鳴き声をあげた。私には精霊の言葉はわからないが、その姿は誇らしげに胸を張っているように見える。
「ははっ、『まぁな』だってさ!」
「私の契約精霊に会ったことがあるのは、この国でもごく一部だけだからな」
「まぁ、そうか。王族は兄弟同士でも互いの契約精霊を知らない場合もあるぐらいだからな。お前の場合は、ヴァンのことを知るのは陛下や王妃、あとは魔術師団長や大神官辺り……あとは、シリルだったか」
なんせ他人を信用しないだろうからな、と言葉にせずとも含みをもたせたテオドールの言い分に苦笑する。
「この世界の私はそうだろうな。だが、私は違うよ。一番上の弟もヴァンのことを知っているよ」
「へぇ、あんなにも険悪だったのにな。ラシェル嬢の影響?」
「……まぁ、そうだろうな」
お世辞にも家族仲が良いとはいえない環境の中、兄弟仲も良くなかった。というのも、王太子として幼い頃から私は家族とはほぼ顔を合わせずに育った。私を育てたのは、シリルの母である乳母や教育係だ。
だが私とは違い、弟たちは母の元で母の愛をめいっぱいに浴びながら育った。そのことを不幸に感じたことはないが、常に自分と兄弟たちとの隔たりは自覚していた。
母とも兄弟とも自ら関わろうともしなかった。次第にできた溝は、年々深くなり修復不可能だと思っていた。
「よく自分の契約精霊を明かせるほどまでに関係が戻ったな」
「あぁ。陛下とひと悶着があった時に、陛下より強力な地盤を築くことが大事だと感じたんだ。弟を味方にすることはそのために必要だと思ってな」
感心したように私へと視線を向けたテオドールに本音を明かすと、テオドールは深い溜息を吐いた。
「……そんなことだろうと思った」
「安心しろ。最初はそう考えて近づいたんだが、案外あいつも可愛らしいところがあってさ。
今はたまに剣の稽古を一緒にしているよ」
「それは……さすがに驚いた。やっぱりお前は変わったな」
テオドールの言葉に、私は曖昧に笑った。
「あぁ。元々この国の王族が自分の契約精霊を公にしないのは、それが国の争いの種になるからだ」
「その昔、それで大きな問題が起きたそうだな。確か……魔力が弱かった兄が王太子争いに敗れて国を去ったとか」
「そうだ。それ以降、王族の精霊召喚の儀は大神官と魔術師団長のみが内密に執り行うことになっている」
王族の精霊契約は通常の精霊召喚の儀とは異なる。そして通常、自分の契約精霊を公にすることはない。
全ての王族が光の魔力が強い訳でも、契約精霊が光の精霊だという訳でもない。更にいうと、人によっては精霊と契約できない王族もざらにいる。
魔力の多さや契約精霊が国の後継者争いに影響されないための決定だ。
だが、幼い頃の私にテオドールは
「その服の下のペンダントに契約精霊を隠してあるのか?」
と、直球で言い当てられて驚いた覚えがある。
「テオドール、お前ぐらいだよ。そのタブーに直球で触れてくるのは」
「ははっ、それは相手がルイだからだよ。それに魔石の中からヴァンの声が聞こえてきたからな」
『ピィー』
「悪い悪い、それは秘密の話だったな」
通常の精霊とは違う点がもう一つある。それがこの常に身に付けているペンダントだ。
この魔石は、直接契約精霊と繋がっている特殊な魔石だ。王族と契約した精霊は、このペンダントに直接契約者が魔力を込めることで、呼び出すことができる。
精霊の地と契約者を繋ぐドアのようなものだ。
「で、これからどうする? 俺にヴァンの通訳をしろってことだろう?」
「あぁ。ヴァンにこの場所を知っているかを聞いて欲しい」
テオドールの言葉に頷くと、私は先程まで見ていた目の前の絵へと視線を向けた。
「あぁ、この時空の部屋の絵だな。どうだ、ヴァン」
テオドールが肩に立つヴァンに問いかけると、ヴァンは考え込むように何度か頭を振る。そして渋々といった様子でテオドールへと鳴き声を発した。
「『知っている。が、人間が辿り着ける場所ではない』だそうだ」
「……なるほど。場所は、光の精霊たちが住む森か?」
顎に手を当てて、ヴァンを真正面から見る。
すると、ヴァンはこちらの真意を見透かすように、ジッと射貫くように見つめた。