2‐33 ルイ視点
協力してくれたテオドールたちにラシェルと会えたことについて簡単に説明し、私たちはトルソワ魔法学園を後にした。
王宮に着いた私とテオドールは二人で今後の相談をするために、王太子執務室のテーブルを挟んでソファーに座った。
「ルイの話で経緯はわかった。それで、これからどうする? 当てはあるのか」
「あぁ。ラシェルの話によるとラシェルは今、闇の精霊王の神殿にいるそうだ」
「精霊王の神殿か。光の魔力が強い俺やルイは闇の精霊が住む精霊の地には入ることができないな」
そこが一番の問題だ。
私やテオドールは、闇と正反対の性質を持つ光の魔力が強い。その影響もあるのか、闇の力を感知することが難しい。テオドールほどであれば感知は可能かもしれないが、精霊の地に入るのは難しいだろう。
だが、ラシェルと会えたことでもう一つ思い出したことがあった。それがラシェルに辿り着く鍵になる可能性がある。
「テオドール、今からお前が見るものは決して公言しないでくれ」
「……いいけど、何? そんなやばいもの隠し持ってんの?」
私の言葉にテオドールが嫌そうに顔を歪める。それを横目で見ながらフッと笑みが漏れる。
「やばいってものではないけど、とりあえず着いて来てくれ」
私はソファーから立ち上がり、執務室の壁に取り付けてある本棚の一冊の本に触れながら魔力を込める。すると、本棚がゆっくりと動く。
「隠し通路か」
「お前のことだから、ここにあることは気がついていたんだろう? 一時期興味深そうにこの本棚を調べていたもんな」
「まぁ、薄々。でも解除はしてないだろ」
本棚が元あった空間には廊下が出現した。いわゆる王宮内の多々ある隠し通路のひとつだ。
今出現させたこの通路はさして重要な場所には繋がっていないが、この王太子執務室にはまだ多くのからくりがされている。
また、隠し通路はそのどれもが特殊な術を使っているため、道を全て把握していない状態で入れば、戻って来られなくなる可能性さえある場所だ。
歩みを進めゆく先々に何度も左右に分かれた道が出現するが、私は迷いなく進み続けた。そして、ひとつの扉の前で立ち止まると、ポケットから鍵を取り出して部屋へと入る。
テオドールが後ろから黙って付いてくるのをチラッと振り返りながら確認し、私は目的の場所へと真っ直ぐ歩いた。
「ここは? こんな部屋があるなんて知らなかったけど」
「この部屋は美術品を保管している部屋だ」
「光の術がかけられているな。ざっと見た感じ光の精霊にまつわるものも多いようだな」
「あぁ。テオドールのような例外を除き、光の魔術は王家のみしか知り得ないからな」
テオドールは面白そうに目を輝かせて、あたりの絵画や彫刻をじっくりと観察している。
「相当厳重なんだな」
「もちろんそうだろう。ここに入ることができる鍵は、国王と王太子のみが持つ」
「おいおい、そんな重要な部屋に俺が入ってもいいのかよ」
「……それこそ今更だな。王家しか知り得ない秘密事項をどれだけ知っているんだよ、お前」
思わずため息を吐く私に、テオドールは肩を竦めた。
「あぁ、あった。……見て欲しいのはこの絵だ」
部屋の奥、壁にひっそりと掛けられた小さな絵画の前で私は足を止めた。この部屋に来るのは久々で、王宮に戻って来るまで存在を忘れていた絵がこれだ。
「……っ、まさか」
私の横に立つテオドールが、絵を見て息を飲んだ。
「あぁ、そうだ。闇の精霊王が私を連れて行った場所、そしてラシェルがいた場所がそこに描かれた場所なのではないかと思って」
顎に手を当ててジッと目の前の絵を見続ける。
ラシェルに会えた時は、ラシェルに会えた喜びとタイムリミットが迫る焦りで周囲をしっかりと観察する余裕もなかった。だが改めて思い返すと、ガラスの箱のようなもので浮かび上がった先は、この絵によく似ていた気がする。
「タイトルは……『時空の部屋』か。これを描いた人物は?」
「詳細は全て不明だ」
「このタイトルの由来も?」
「いや、分からない。以前ラシェルがクロと契約した際に、闇の精霊について調べる為に王家のみが閲覧可能な禁書も全て目を通した。だが、時空の部屋というものが存在することは記されていなかった。この時空の部屋がどこにあるのかも知る術はない。それどころか存在の有無も定かではないな」
「だが、この中央にいる人物は闇の精霊王ではなく、光の精霊王だろう?」
絵へと視線を戻すと、数えきれないほどの数多の星を操るように、輝く星に手をかざす光の精霊王の姿がある。
「この絵自体が時空の部屋を描いているのならば、ラシェルがいた場所……つまり私が闇の精霊王によって送られた場所が時空の部屋なのか? ……いや、だがあれは闇の精霊王の神殿だった」
独り言のようにポツポツと自分の考えを口にすると、隣にいたテオドールが一歩前へと進む。そして集中するようにしばらく絵を見入った。
「いや、待て。その可能性はある」
「可能性? この絵とラシェルがいた場所が同じということか?」
「……時空の部屋という名の通りであれば、この部屋は光や闇の力そのもの? いや、部屋の存在理由は今は置いておいた方が良いか」
私の問いかけは集中したテオドールには届かなかったようだ。
何かを考えているように時々深く考え込む素振りをするテオドールだったが、ハッと何かに気がついたようにこちらを振り返った。
「そうか! 光と闇は同じく時を操る性質を持つ。つまりは、時空の部屋は二つ存在するのか。……もしくは、繋がっている可能性もある」
――光と闇に直接つながり合う部屋が存在する?
テオドールの言葉を復唱するように小さく呟く。
「時空の部屋が繋がっている。……それなら希望はある……のか?」
「もしそうだとしてどうする? 光の精霊王は俺たちの呼びかけに応じることはなかった。もう一度精霊召喚の儀をするか?」
「いや、もう一度やったところで光の精霊王は現れないだろう」
「その顔は、もう何か次の手を考えている様子だな」
「あぁ。……これを使おうかと思う」
私は首元を探り、服の下からチェーンを引っ張り出した。通常は服の下に隠してあるが、肌身離さず常に身に付けているものだ。
チェーンを取り出すと、部屋の僅かな明かりに反射するように、王家の紋章を刻んだ銀色のペンダントが煌めいた。そのペンダントは開閉式になっており、銀色のカバーを開けると中に黄色い魔石が鎮座する。
「やっぱりそうか。呼び出すのだな、お前の契約精霊を」
「随分と寝たから機嫌が良ければいいが」
魔石に刻まれた鷹の紋章をゆっくりと一撫でする。かれこれ数年は会っていない契約精霊を思い浮かべると、自然と笑みが零れる。
「さぁ、起きる時間だよ」
優しく声かけながら魔石に力を込めると、魔石からキラキラと輝く光が溢れ出す。その光は大きな塊を形作り、私とテオドールの周りを大きく回った。
『ピィーーー』
「よし、いい子だ。おいで」
部屋に響き渡る甲高い鳴き声を上げながら、その光は私が差し出した腕に止まった。
そして、光は鳴き声を発した精霊自身に吸収されるように徐々に収まると、その姿を現した。
私の契約精霊である、鷹の姿をして。